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【長編小説】 パリに暮らして 18
――深夜のうちに現場視察を行ったオランド大統領は、翌日フランス全土に非常事態宣言を出した。丸顔で小太りの、普段はどこかお人好しのお坊ちゃまのような風体の柔和な顔をした現大統領は、この日ひどく怒りに燃えた、強張った表情を浮かべていた。
各界の著名人が哀悼の意を表明し、市民達もテロの現場となった場所に赴いて祈りを捧げた。夥しい数の花束やキャンドル、メッセージカードが供えられ、世界中のSNSはパリへ
【短編小説】 淡紅色の夕空
「リコ、来て来て」
リビングのほうでマルテンの声がした。
「何ー? ちょっと待ってよ……」
台所にいる莉子は眉間に皺を寄せ、ふくれっ面で返事をした。調理中に邪魔されるのは大嫌いだ。いま彼女はコンロの前に立ち、野菜炒めを作っているところだった。
「いいからいいから、ちょっと来て」
やけに昂揚した声で、またマルテンが誘った。まったく、何なのか……。野菜の固い芯の部分を先に炒めておいて、これから
【長編小説】 パリに暮らして 17
――アパルトマンに戻ると、柊二さんは電話台のところに駆けて行って電話帳を引っ張り出し、パリ中の大病院に片っ端から電話をかけ始めた。
「最後に美術館で会った時、リザはコンサートに行くと言ってた」
なかなか繋がらない病院への電話にイライラした様子で、柊二さんは言った、
「今夜。バタクラン劇場にね」
その夜は、イーグルス・オブ・デス・メタルというロックバンドのコンサートが行われるということで、その
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【長編小説】 パリに暮らして 15
――折しもパリは、移民問題で揺れていた。
一月に勃発した出版社の襲撃事件以来、街ではイスラム教徒の女性が頭に被るスカーフを剥ぎ取られる事件が起こったり、国会では移民排斥を声高に唱える極右系の政党が着実に票を伸ばしたりしていた。連日さまざまな種類のデモが繰り広げられ、テロ防止の警戒に当たる警官が跋扈し、街全体に不穏な空気が漂っていた。
「やっぱり、行かない方がいいんじゃないか?」
そう言
【長編小説】 パリに暮らして 14
――「流石に冷えてきたね」
柊二さんが言った。
葡萄畑の斜面を吹き上がってくる風は、今や耐えられないほど冷たくなっていた。抱き合っていてもガクガク震え始めた体をいったん離し、私達は連れ立って部屋の中へ入った。ベッド脇のサイドテーブルの上にある置き時計は、午前二時を指していた。
私達は、ショールをベッドの上にかけて、掛け布団の中に潜り込んだ。軽い、上質な羽毛布団が有り難かった。それはぴった
【長編小説】 パリに暮らして 13
柊二さんが、話を聞いてくれるかい? と言ったのは、その時だった。
「君は、実に三十年ぶりに巡り合った日本人女性なんだ」
柊二さんはぽつりと言った。
「えっ? 三十年間、一度も日本人女性に出会わなかったの?」
私は驚いて聞いた。柊二さんは笑いながら答えた。
「いや、勿論、パリに住んでいれば、日本人の女性と会う機会は沢山あるよ。だけどその中で誰かと知り合って親しくなったりするっていうのはなかなか
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【長編小説】 パリに暮らして 12
部屋に辿り着くと、酔いつぶれた柊二さんをベッドに横たわらせた。柊二さんは目を閉じたまま、熱い息をふーっと吐いて、そのまま動かなくなった。こういう状態の時に無理に動かされるのがどんなに辛いかをよく知っている私は、柊二さんをその姿勢のまま寝かせておいて、壁際にあるソファの方に行って、部屋に備え付けのミネラルウォーターの蓋を開けて飲んだ。黄色い色調の壁を、傘付きの間接照明が夕焼けのような色に染めていた
もっとみる【長編小説】 パリに暮らして 11
――貴腐ワインの甘い酔いの匂いにむせ返りながら、私達は部屋へ戻った。さんざん飲んで、さんざん喋って、大騒ぎの宴へと発展した会食がお開きになったのは、夜の十一時を回ってからだった。
柊二さんは、今まで見たことがないくらい酔っていて、かろうじて歩けたけれど、右に行ったり左に行ったりしておぼつかなかったので、私が肩を貸して支えなければならなかった。フランス人の老夫婦は、流石に顔を真っ赤にしていたがご
【長編小説】 パリに暮らして 10
夜八時のレストランは、閑散としていた。先に来ていた何組かの家族連れやカップルは、既にそれぞれメインディッシュやデザートに辿り着いていた。
案内された席に座ると、すぐに見学ツアーで一緒だった老夫婦がやって来た。私達のテーブルは窓際で、夜間にはかなり冷えてくるこの時期には、もう壁際に取り付けた対流式のストーブを効かせていた。
窓の外にはテラスがあって、その向こうに葡萄畑が広がっていた。ちょうど月
【長編小説】 パリに暮らして 9
ワイナリーツアーには、柊二さんと私の他に、フランス人の年配の夫婦が参加していた。夫は総白髪で、ふさふさした白い眉毛の下に隠れたような、縁無しの眼鏡をかけていた。妻は彼より少し若そうに見えたが、美しい金色の髪を上品にセットして、滑らかな艶を放つライトブラウンの皮のコートを着て、首に赤いスカーフを巻いていた。
シャトーの主が私たちを醸造所の中へ案内した。十七世紀に建てられた修道院であったその頃か
【縣青那の本棚】 ピルザダさんが食事に来たころ ジュンパ・ラヒリ 小川高義 訳
短編集『停電の夜に』に収載されている作品である。表題作に続く2話目の小説だ。
ボストンの大学で教鞭を取る父と、銀行窓口でパートタイムで働く母。二人の出身はインドのカルカッタ。
語り手である10歳の娘リリアはアメリカで生まれ、アメリカの教育を受けている。
アメリカ生活のもの寂しさから、大学便覧を調べては同郷らしきインド人の名を見つけて夕食に招待する習慣のあった両親が、1971年の秋に誘ったのが、
【長編小説】 パリに暮らして 8
――ボルドーにあるそのワイナリーは、海を臨む高台にあった。大西洋からの風が吹きつける傾斜地に一面の葡萄畑が広がり、その土地全体を見下ろす小高い丘の上にシャトーがあった。それに隣接して小さなオーベルジュがあり、ワイナリーのオーナーが家族で経営しているということだった。
「今日はここに泊まるのね」
私は言った。柊二さんは微笑むと、黙ったまま私の背中を小さく叩いてエントランスに入って行った。
柊二さ
【エッセイ】 万年筆
万年筆の〝味〟について、書いてみたいと思う。
この頃は文章を書くというともっぱらパソコンを使って書くので、〝手を使って〟書くということは滅多に無い。ましてや、万年筆を使って文字を書くなどということは皆無だった。
家の断捨離をしている時に、大量の万年筆のインクが出てきたのをきっかけに、買ったはいいものの全然使わずペンケースの中にしまいっ放しになっていた万年筆を引っ張り出して、縦書きの文章などを書
【長編小説】 パリに暮らして 7
――その日の夜遅く、携帯が鳴った。柊二さんからだった。仕事が片付かなくて、明日まで帰れそうにないとのことだった。
「さっきはすまなかった。せっかく来てくれたのに、本当に悪かったと思ってるよ」
柊二さんは申し訳なさそうに言った。
私は正直、何と返答していいかわからなかった。仕事が片付かないということは、無論、オーナーであるリザも一緒だということだ。仕事もだろうけれど、きっと話がこじれているに違
【長編小説】 パリに暮らして 6
――その週は、秋のパリにしては珍しく、暖かい日が続いていた。この時期のヨーロッパの平均気温は十七℃、明け方など一日の内で最も気温が低くなる時間帯には、平気で氷点下まで下がる。
ところがどういう訳か、その週だけは、天の恩恵のように、連日午後には気温は二十℃を越え、陽光が街に優しく降り注ぎ、通りや公園のパリッ子たちは喜び勇んで肌を露出させた。
水曜日、私はモンマルトルにある柊二さんの仕事場を訪ね