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一陣の風  山根さんの企画


本編   【995字】

春の風は爽やかで、そのくせやけに勢いがあった。髪の毛もスカートも舞い上げるほどなのに心地よい。
「見えたぞ」自転車に跨ったタカシだった。
「うそ。そんなに上がってないし」
「そう思うのか?ベージュだろ?」
図星だった。まさかタカシが風を起こした訳ではないだろう。
「忙しいのか?」
「見ての通り。店閉めるとこ。タカシさぁ、卒業してからガソリンスタンドにいたでしょ?それからどこにいた?」
「文房具の営業。デパート回り。つまんねぇ仕事さ。彼氏できたのか?」
「タカシは?」
「うーん、難しい質問。できたっちゃできた。微妙なとこ」
「告ったの?」
「いやまだ」
それで微妙とはどういうことなんだろう。あとワンピース足りないって言うのが微妙なんだという気がする。これじゃまだ麓にいるようなものなのに。
「エリさぁ、しんどいんじゃないの?」
「私?私はいつでもしんどいの!」
「へっ、いつでもか。家業畳んじゃえばいいのに」
「いちおう代々続いてるからね、そう簡単にはいかないよ」
「お香ってたいへんだろ?時代が変わったって言やぁご先祖様も文句言わねえよ」
「意地になってるわけじゃないよ。でも仏壇が家にあるうちは大丈夫」
「そんなもんか。それでやってけんだ」
「やってってるから、やってけんだろうね」
タカシが妙に突っ込んでくる。
「やめたら養ってくれんの?」
「えへへ、養ってやるよ。そんなに稼ぎよくねぇけど」
そんなところだと思った。中小の文具卸が商社に太刀打ちできるはずがない。どこもかしこも同じ。
「俺さぁ。会社やろうと思ってんだ。在庫管理を代行する会社」
どんなこと?と訊こうと思って口を噤んだ。どうせ変なこと考えてるんだろうし、実現には疑問符がつくことに違いないから。
「もう会社立ち上げたんだ」タカシは名刺を差し出した。ータカアセット合同会社ーいかにもそれらしい名前。
「もう市内の5社と契約してる。貯金は全部設備に飛んでったから、すっからかんだけどな。はは」
「へー、がんばってんだ」
「ああ、やっと先が見えかかったってとこ」
「で、私に家業やめて手伝ってほしいって?」
「そうだな」
「でもどんな仕事なの?」
「まぁな。おまえにその気があれば」
「ねぇ・・・」
タカシは妙な笑みを浮かべたまま、一陣の風のように去って行った。
どんな仕事なのよ!私だってしがみついてやってんだから。話によっちゃあ乗ってやらなくもないのに。
「なんだあいつ。煮えきらねぇやつ」
       了


山根さん
今回もよろしくお願いいたします。


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