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わたしのイカイ地図③


    第三話
食事を終えると、私たちは地下に降りた。ここには階段らしい階段はなくて、全てがスロープ。そりゃそうよね、彼らにはその方がいいのはよくわかる。
エレベーターもあるのだけれど、そのうち乗ってみたい。何が違うのか、もう好奇心垂れ流し。もしかしたら私の姿はこのイカ、Bにしか見えていないのかもしれないし。
 
フロア2つ分くらい降りると、何やら騒がしい音がしてきた。
けっこう広い通路を抜けると目の前に異世界が出現した。イカの世界。イカで溢れている。
もう空気も違えば、音だって違う。地上と違って色とりどりのイカの服や看板が、自分を目立たそうと必死にもがいている。そんな感じさえする。商店街の万国旗が何本も入り乱れてるみたい。ここが本当の生きたイカの社会なんだ。
天上は高く吹き抜けて青空が見えるけど、そんなはずはない。役所の前は道路でガラスなんてなかった。きっとうまく作られたフェイクの空なんだろう。
じゃBはどうして役所に行く時、ここを通らなかったの?。そんなことを考えている間にBはどんどん先に行ってしまう。
 
そしてフッと立ち止まった。
「まだ頭の中に地図はできていないとは思いますけど、この道、このコーナーを覚えておいてください」
「うん、わかった。この角のお店はご飯屋さんよね。あれは?」
イカが街角に佇んでいる。それも不自然に。
「あれは静止系のストリートパフォーマーです。だいたいあそこにいますから昼間の目印です」
 
街の雰囲気に気圧されて、この街並みの中にはいったいどんな施設があるのか、お店があるのか全くわからないままに歩いてきたことに気づいた。
「ねぇ、あなたたちの服って、その被ってるものだけなの?」
「そうです。ここはあなたたちの胴体に当たる部位。体温の調節のために服を着ています」
「体温調節のためって、寒くないようにでしょ?」
Bが薄く笑っている。
「でもさぁ、地下が生活の中心なら、あまり体温の変化ってないよね。空調も行き届いてるみたいだし」
「その通りです。だから服はあまり発達してこなかったんです。その点、あなた方の服は複雑です。こんなこと言ったら失礼ですが、理解に苦しみます」
「そうかもね。性別はどうやったらわかるの?」
「性の別はありませんよ。雌雄同体です。と言いますか、私たちには雄、雌という概念さえありません。私は知っていますが」
これには心底驚いた。
「じゃ、子どもがほしくなったらどうするのよ」
「子どもを作る選択をした場合は役所に届け出が必要です。以前、自己完結することが多発した時代がありまして、それを避けるためです」
「自己完結ね、それはマズいわ」
「それから・・・」
「まだあるの?」
「子どもを作る前段階として数時間以上、あなた方の感覚でいうと三ケ月くらいは、そのための準備が必要です」
「母となれるよう体を整えるわけね。それはわかる。えっとそれでこの交差点が何?」
「あ、はい。もしここを通ることがあったら、ここから先に行っていただきたくないのです」
Bは腕先を交差点の一方に伸ばし、指し示した。でもそんなんじゃどっちがどっちかなんてわからない。
「どうして?」
「純粋に治安の問題です」
「お金は持ってないし、性犯罪も起こらないとすると、どんな犯罪があるの?」
「体を傷つけるんですよ。大きな社会問題です」
「そうなんだ。どこにでもあるものね。犯罪のタネって」
ここはかなり大きな交差点だけど、どっちを向いても通りの先が見通せない。永遠に続く道のように見える。ここを全部歩いて制覇するとしたら、どれだけの時間がかかるんだろう。
 
こんな巨大な地下街があるんだから、道理で地上に誰もいなかったはず。ここは本当に渋谷か原宿ってくらい人で・・・イカで溢れてる。それぞれが思い思いの帽子を着ていて、それでしか見分けがつかない。だいたい胴体と脚の間にある顔なんてほとんど見えない。どうやってイカはイカを区別しているんだろう。何か人間には見ることのできない光が見えているのかもしれない。赤外線とか紫外線とか。
人間ももしかしたら、異星人からはこんな風に見えるのかな。私たちに例えば、イルカだとかペンギンの区別ができないように。
ここにずっと住んでると、個体差もわかるようになるのかもしれないけど。
 
そんなことに思いを巡らしても、私がもし見えないのだとしたら、私の天下じゃない。
「ではあなたの住居にご案内します」
「え?住居?住むとこ?」
でも少なくともここにひとり、私が見えるイカがいる。
「ここは繁華街ですが、これを抜けると住宅地があります。ラボだと言った私の職場。その前に広い土地があったでしょ?あの地下は住居になっています。安全のために、住居の上には建造物はないんです」
なにもかも理に適っている。ここに街を造るために、しっかり都市計画がなされている。地球とここはどれだけの差が、開きがあるんだろう。地球にあって、ここにないもの。たとえば車とか自転車。東京では外に出かけて車を見ない日なんてなかったけど、ここにはないみたい。それは服みたいに、必要なかったから発達しなかったのだろう。それに椅子もそう。彼らには必要ない。脚を畳んで地面に座るのが彼らの体に適したスタイルなんだから。自分の常識、当たり前を取り去ることが、これほどたいへんなことだとは思わなかった。
 
俯瞰して見たら、ここにはどこにも異常さなんてない。ちゃんと考えて作られた社会。これを宇宙人Aに見せて、地球とどっちに住みたいか?って訊いたら、たぶんこっちだって言うんだろうな。道路が整っていて清潔なのは地上と同じ。靴を履かない彼らにとって、この状態の道は大事なインフラってことだし。
あ私、ここに住むことになったら裸足で生活することになるわけ?それだけは勘弁してほしい。周りがイカだらけだから、誰からも後ろ指指されることはないだろうけど、そんなに足の裏強くないよ、たぶん。
 
ところでここはいったいどこなんだろう。どこか遠く離れた惑星?それとも遠い未来?考えてもその答えを出すのは無理だ。私には訳のわからない模様のような文字が並んでいるだけで、ヒントの欠片もここには転がっていそうにない。
     つづく

  第二話     第四話


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