sink

僕は世界がゆっくりと沈んでいくのを見ていた。ここは学校の校庭で、陸上トラックの白線が波うっているのが見える。サッカーのゴールは少し右に傾いているように見える。グラウンドに埋め込まれたホームベースがほとんど見えなくなっている。

この日は秋雨前線の影響で一日中雨で、夜になると雨足はどんどん強くなっていった。僕は心配になって、わざわざ雨具を着て校庭まで様子を見に来たのだ。以前から僕は、校庭の地面が他の場所と違い不安定で緩やかだと思っていた。雨が降った次の日の朝に校庭を歩くと足がずぶずぶとのめり込む印象があった。しばらくすると元どおりになるのだが、そののめり込み方は普通ではなく、特にサッカーゴールのあるあたりは足が深く沈むように感じた。なぜ誰も気付かないのだろう。先生たちが何も言わないのを不思議に思っていた。

もしかしたら僕だけが感じていたことなのかもしれない。なんらかの理由で僕の足だけが皆よりも深く沈み込んでいただけなのかもしれない。次第にそう思うようになった。誰も気にしていないし、誰も何も言わない。僕の気のせいなんだ。そのうち晴れの日が続くとなんとなく僕も誰かに話すタイミングをなくして、結局、事の真偽を確認することもなかった。それでもいわゆる虫の知らせのように、僕の心の片隅にはずっとこの事が引っかかっていた。

今日朝の天気予報では、夕方から記録的な豪雨になると報じていた。僕は、ふとこの事を思い出し、不安な気持ちになった。今まで以上に雨が降ったら校庭はどうなってしまうのだろう。もしかしたら僕が不安に思っていたようなことが本当に起きてしまうかもしれない。つまり、校庭が沼のようにドロドロになって、校庭にあるもの、校舎も含めて全てが飲み込まれてしまうのではないか。その日は日曜日だったから、家にいれば安全だった。わざわざ危険を冒してまで学校に行く必要はないはずだ。それでも僕はどうしても心配になって、雨具を着て様子を見に行ってしまったのだ。

すでにサッカーゴールはすっぽりと地面に飲み込まれて姿がなくなっていた。校舎も一階部分は飲み込まれてしまって、二階部分も半分以上が土の中に埋もれていた。僕は校庭の外周にある道路からその様子を見ていたが、次第にその道路も緩くドロドロになってきた。これは僕の想像以上かもしれない。校庭というレベルではなく、この土地が、この街が、この世界が沈んでいるのかもしれない。もう僕は逃げる場所がないのだ。どこにいたっていずれは土に飲み込まれる運命なのだ。気づくと僕の足はくるぶしあたりまで土に飲み込まれていた。これが世界の終わりなのだ。静かにゆっくりと世界は沈んでいく。僕は、いや僕たち人類は、土の中で静かにその瞬間を迎えるのだ。そう思うと、僕は怖くなった。それでも僕は抗ってみせる。力いっぱい走り、そしてジャンプして地面に飛び込んだ。

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