sense

僕は歩いている。走ってはいない。どこを歩いているのかは意識をしない。歩いているということだけ考える。僕はどこへ向かっているのか。そういったことも意識をしない。ただ、僕は歩いている。しばらくすると行き止まりがある。僕は歩くのを一旦やめ、どうやってこの状況を打破するのかを考える。例えば右側に抜け道があるかもしれない。あるいは左側の壁が少し低くくなっていて乗り越えられるかもしれない。少なくとも可能性は考える。この状況を改善する術があることを信じる。

仮に右側の抜け道を選択する。その道はひどく狭くて僕は体を横にして、なんとかその抜け道を通り過ぎようとする。だんだんと高さもなくなってきて、僕は前かがみになりながら歩いていく。なんだか小さい頃に行ったアスレチックみたいだ。だんだん楽しくなってきて、わくわくしながら前へ進んで行く。前へ進む時はどんな時でも楽しいものだ。僕は意気揚々と前へ進んでいく。

その道を抜けるとちょっとした広場に出る。がらんとした広場で、大きいわりに何もない。真っ白い大きな箱の中にいるように思える。そして、そこには一人の男が立っている。スーツを着た男で、こちら側を向いて悠然と立っている。彼は僕に対して何しにきたと質問をする。僕はただ前に進んできただけだと答える。男は胸のポケットから拳銃を取り出して、僕に突きつける。お前を始末しないといけない。これ以上前へ進まないようにな。男はそう言って僕を睨みつける。僕もじっと男を睨み付け返す。そして、睨み返しながらなんとか前へ進むことができないか思いを巡らせる。しばらくその状態が続く。まるで空気は凍ってしまったように固まって、時間という流れだけを肌に感じることができる。僕はその間にも考える。なんとかできないのか、なんとかならないのか。でも、答えは出ない。男をうまくやり過ごすことができたらなと思う。しかし、相応の時間が過ぎた後、男は急にニヤっと笑い、あげていた腕を下す。あんたには負けたよ。そう言って拳銃を胸のポケットに入れなおす。僕はほっとしながらも、この隙を逃すまいと男の横を通り過ぎて、そのまま次へと続く道を歩いていく。

歩いていくとその先に扉がある。その扉を開けるとそこには少し開けた部屋になっている。カーペットが敷いてあり、ちょっとしたステレオセットとテレビ、それに中程度のちゃぶ台が置いてある。いわゆる昔ながらの居間で、そこには家という感覚のすべてが集約されているように思える。そして、そのちゃぶ台のすぐとなりに小さな子供が立っている。五歳くらいの男の子で、ニット帽をかぶってダウンジャケットを着て、その場に佇んでいる。僕はなんだか悪い予感がして、その男の子にどうしたんだい、何をしているんだいと声をかける。案の定、その男の子は何も喋らずにじっと僕のことを見つめている。僕はそのニット帽に、ダウンジャケットに見覚えがあることを理解している。そして、その居間に漂う空気、それからその空気から感じられる時代感を理解している。そうだ。その男の子は僕で、そして僕の家で僕を見ているんだ。僕は自分が認識できなくなる。僕が見ているのは僕で、だから僕は自分が透明になったような気がする。僕はつい、考えてしまう。あの時の僕は何を考えていたのだろうか。あるいは今の僕を見てどう思うだろうか。僕は泣き出しそうになる。

僕はそこにしゃがみ込んで、顔を押さえてなんとかこらえようと努力をする。僕は歩いているんだ。前へ進みたいんだ。そう思い直して、もう一度立ち上がって前を見る。すると、目の前には中学生くらいの男の子がいる。その男の子は明らかに僕で、僕と同じ制服を着て、僕と同じようなカバンの持ち方をしている。僕は顔を押さえてなんとかやり過ごそうとする。また、前を見ると今度は二十歳くらいの男がいる。その服装は、僕が成人式をサボって、喫茶店にいた時と同じ格好だ。僕にはすべてが分かる。当たり前だ。僕は僕自身を見ているのだから。そうだ。僕は僕自身を見ているだけなんだ。だから、僕は何も考える必要はない。僕は僕で、僕以外の何物でもない。当たり前だけどそういうことだ。僕は目をつむって、また歩き出す。

しばらくはずっと道だ。平坦な道や急勾配の道やゆるやかなくだり坂があったりする。幅も狭くなったり広くなったりするし、高さも低くなったり高くなったりする。それでも、かわらず道で僕はあるけないことはない。だから、僕は歩くのはやめない。行き止まりがあっても、必ずどこかに前へ進むための手段がある。だから、僕はなんとか前へ進むことができる。そうやって僕は歩き続ける。

でも、だんだんと僕は疲れていることを実感する。息あがり、体が重く感じるようになってくる。今までよりも歩くスピードが落ち、行き止まりが出てきた時も乗り越えることにひどく時間がかかるようになる。僕は、そのことを理解しながらも、それでも歩くことをやめられない。次第に僕は弱音や愚痴を吐くようになる。前へ進むことに何の意味があるんだ。そう思って何度もあるくことをやめようかと考える。そこに座り込み、一歩も動かない自分を想像する。何でこんなつらい思いをしないと行けないんだ。そう思いながらも何とか歩いていく。するとまた行き止まりが出てくる。いつもような行き止まりだ。その行き止まりを抜けるためには、壁をよじ登って乗り越える必要がある。でも、僕は疲れていて壁をよじ登ることができない。何度かチャレンジするが、疲れと苛立ちで途中で諦めて落ちてしまう。もういやだ。もうだめだ。そう思って、僕はその場に本当に座り込んでしまう。やっぱりだめなんだ。歩き続けることなんてできないんだ。僕はうちひしがれて、その場で泣き出しそうになる。

すると、壁の向こうから声がする。壁を見ると一人の女が上の方から僕を見ている。女は言う。壁へ何とか手をかけて。そしたら私が引き上げるから。僕は最後の力を振り絞り、何とか壁へ手をかける。彼女は僕の手を持って、精一杯引き上げてくれる。僕は何とか壁へ這い上がり、壁を乗り越えることができる。僕は彼女に感謝すると一緒に歩いて行こうと提案をする。彼女はそれを受け入れてくれて、僕らは一緒に歩き始める。そして、また力強く僕は前へ進めるようになる。

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