マガジンのカバー画像

短編

9
運営しているクリエイター

記事一覧

Deadend

その日は10月にしては珍しく暑い一日だった。父は雨男だったので台風でも来るかと思ったが真逆の晴れた一日だった。

父が静かに息を引き取ったその時、僕は空の上にいた。正確には空を飛んでいたと表現すべきかもしれない。19時30分博多空港発羽田空港行の飛行機の中にいたのだ。その日はもともと博多への出張の予定があった。朝、病院から父の容態が悪化している、今夜が山場になるだろうと連絡を受けていたが夜までには

もっとみる

Final View

僕は三つのパン屋を使い分けている。ひとつは駅ビルの中に入っているパン屋で、白金だか青山に本店がある店。有名なパン屋みたいだが僕はこのパン屋を知らなかった。ここは食パンが美味しい。どこかブランド小麦粉を使っていると書いてあったが詳細は忘れた。トーストにすると小麦粉の味がほどよくして、もちもち感もあって美味しい。

もう一つは駅の向かいのビルにあるパン屋だ。ここは鉄道会社のグループ会社がやっているパン

もっとみる

Rapunzel

香苗は考えざるをえなかった。自分の思い描いた未来について。そして、その経過について。彼女を追い詰めているのは彼女自身だった。それは彼女も嫌という程わかっている。それでも彼女はその考えから逃れることができない。そして、次第に自分の中で大きくなっていく、重い鉛のような感情のことを思うのだ。隆史には、おそらくこの感情のことを話すことはないだろうと思う。わかってもらえないだろうと諦めているわけではない。た

もっとみる

memory_reprise

「起きろ。おい、起きろ。」

警官が男の頬を叩いている。

「こんなところで寝るな。起きろ。おい。」

男は高架下のちょうどインクの垂れたタギングのすぐ下に座り込んでいる。足は大きく前に放りだされ、今にも右肩が地面に着きそうだ。男はゆっくりと覚醒するように目を開ける。大きく口を開けたまま警官の方を見る。

「お前何してるんだ。もうそろそろ朝になるぞ。早くおきろ。」

警官が左腕を掴んで、男を無理や

もっとみる

monster

彼女は運転席に座ったまま、しばらく動かなかった。車で駅まで来たというのにお酒を飲んでしまったから酔いを覚ましたいというのもあったが、それよりも今日確定してしまった事実に、彼女自身まだ気持ちの整理がついておらず、落ち着く時間が欲しかったというのが大きかった。彼女は今日の出来事を思い浮かべる。後悔はしていなかった。いずれははっきりすることであったし、その時間がただ早まっただけだからだ。それでも、その事

もっとみる

spacetime

貴子がそれを見つけたのは偶然だった。彼女は何も考えずにその空き地に車を停めたのだ。車を止めたのは泣くためだった。彼女は何か嫌なことがあると車を走らせて、誰もいない林道を登っていって、適当な空き地を見つけて車を停める。そして、人知れず泣き崩れるのだ。今日もいつもと同じように広樹と喧嘩した彼女は、林道を走らせてここまでやってきた。

貴子は生まれつき左腕が短い。右腕の半分くらいしかない。先天的な病によ

もっとみる

Revenge

ここはどこだろうか。穏やかな風が吹いている。空気にはほんのり磯の香りがある。ここは草原だ。ただ広い草原。草原の終端は海になっていて、まるで急に世界が途切れてしまったみたいにストンと崖になっている。むき出しになった岩肌は白く、この崖を特徴的なものにしている。周りには木はほとんど生えておらず、伸びっぱなしの草で埋め尽くされているが、いくらかは土がむき出しになっていて、自然の気まぐれを感じさせる。地面は

もっとみる

grounded

どうやら僕は浮いているようだ。空中に一個体として浮遊している。地面からの高さは三十メートルくらい。そこそこの高さだ。何かにぶら下がったり、固定されているわけではない。僕はまるでその場のその瞬間に、自分とその周りの空気が固まってしまったように、ビタッとその場所にとどまっている。浮くという言葉から、ふわふわとその場をたゆたうようなイメージを持っていたがそうではないらしい。釘で打ち付けられたようにその場

もっとみる

レモンボマー

例えばここに檸檬があったとする。僕はこれでどんなことをするだろうか。

まず、檸檬は果物だからかじってみる。口の中が酸味でいっぱいになるだろう。唾がたくさん出て、顔をしかめることになる。でも、この酸味は心地よく、またかじりたくなる。そうやって何度かかじって、口の中が檸檬の汁でいっぱいになる。なんだか胸が重たくなってくる。胸焼けしたのかもしれない。それでもなんとなく元気が出る。

次に、置物にしてみ

もっとみる