マガジンのカバー画像

ショートショート

18
運営しているクリエイター

記事一覧

Diorama

恐ろしく風の強い冬の日に、そのジオラマは発見された。そこは使われなくなった朽ち果てた倉庫の地下で、ほとんど人が踏み入れない場所だった。ジオラマは簡単には見つからないように周りを無数にガラクタで囲われていた。しかし、ジオラマの周りは綺麗に片付けられていて、文字どおり塵ひとつなかった。すぐ近くには山積みにされたジオラマの部品が無造作に置かれており、最近まで誰かがこのジオラマに手を入れていることがわかっ

もっとみる

sense

僕は歩いている。走ってはいない。どこを歩いているのかは意識をしない。歩いているということだけ考える。僕はどこへ向かっているのか。そういったことも意識をしない。ただ、僕は歩いている。しばらくすると行き止まりがある。僕は歩くのを一旦やめ、どうやってこの状況を打破するのかを考える。例えば右側に抜け道があるかもしれない。あるいは左側の壁が少し低くくなっていて乗り越えられるかもしれない。少なくとも可能性は考

もっとみる

Starman

彼は死の予感を携えて、その場所に立っている。そこは高層ビルの屋上で、航空障害灯が間近で点滅している。真ん中には大きな「H」の文字。彼は鉄骨で作られたタラップの上に立っている。なぜ彼がここに入れたのか。そのようなことは今は関係ない。彼は今、必要に迫られてここにいる。

ビルの周りは闇に包まれている。いや、このビルが高すぎて、屋上と同じ高さに他の灯りが存在しないだけだ。このビルが発する光だけが彼の周り

もっとみる

CherryBlossoms

「なんだかこの木だけ花が多く咲いてない?」と母が言った。

その通り。なにせこの木の下にはぴーちゃんが眠っているから。ぴーちゃんとは僕が幼い頃に大事にしていたぬいぐるみだ。僕はそのぴーちゃんとのお別れの時、ぴーちゃんをこの桜の木の下に埋めたのだ。なぜそんなことをしたのかはわからない。なんとなく、ぴーちゃんときちんとした形でお別れをしたくて、それで埋めたんだと思う。それからしばらくは、一年に一度ぴー

もっとみる

belief and free

私がその事件を知った時に感じた違和感は間違いではなかった。私はその事件に特別な意味を感じたわけではない。ただ、その男が何かしらの思いを持って行動をしており、だからこそ、その男の行動が最終的にはその男自身を追い詰めると感じたのだ。それは直感と言ってもいい。だから、私は彼を止めたいと思ったのだ。そして、私自身もそう行動したつもりだ。

私がその事件を知ったのは新聞の記事だった。私は文章を書くという仕事

もっとみる

monochrome

今、私の目の前に、両手で顔を押さえ、身悶えしている男がいる。体を小刻みに震わせ、口からは壊れた機械みたいに規則的な呻き声が漏れている。この男が何者なのか、私は知らない。私がこの男と顔を合わせたのがほんの数分前のことだから、当たり前といえば当たり前のことだ。もちろん、この男の名前や年齢、職業も知る由もない。ただ、この男がなぜここにいるのかを私は知っている。いや、知っているつもりだ。そして、彼が今身悶

もっとみる

glimmer

私がその光を見るようになったのは、妻が亡くなって半年が経った頃だった。妻は末期の乳ガンだった。一年に一度、定期的に健康診断をしていたのにもかかわらず、急に胸のしこりが気になるからと病院に行った時には、すでにステージIIIの末期ガンだった。彼女はその時まだ三十五歳で、平均寿命の半分も生きていない。イラストレーターとして事務所から独立して、ようやく一人で仕事が取れるようになってきた矢先だった。彼女から

もっとみる

twins

「あなたが殺したのは双子の妹よ。」私はそう言って嘘をついた。私に妹なんかいないのに。ましてや双子の妹なんて。それでも私はそう言わざるをえなかった。だって、私は死んでいなかったし、彼のことがかわいそうに思えたから。

私は、彼に殺された。いや、殺されかけた。彼はその時追い詰められていて、すべてに嫌気がさし、人生に疲れていた。私は一生懸命に彼のことを励ました。なんとかして立ち直って欲しいとできる限りの

もっとみる

sink

僕は世界がゆっくりと沈んでいくのを見ていた。ここは学校の校庭で、陸上トラックの白線が波うっているのが見える。サッカーのゴールは少し右に傾いているように見える。グラウンドに埋め込まれたホームベースがほとんど見えなくなっている。

この日は秋雨前線の影響で一日中雨で、夜になると雨足はどんどん強くなっていった。僕は心配になって、わざわざ雨具を着て校庭まで様子を見に来たのだ。以前から僕は、校庭の地面が他の

もっとみる

deep

するすると滑り落ちるように沈んでいく。ゆるやかに、そしてゆっくりと。全体的な色彩は薄く透きとおった水色で、その中に溶け込むように光が差し込んでいる。光はゆらめているようにも見え、鮮やかな光の反射がまるで万華鏡のような模様を作り出す。音はほとんどしない。かろうじて聞こえる音も膜を張ったように聞こえ、不快な感じはしない。心地よくゆるやかにすべり落ちていく。

男はその時道を歩いていた。その道は幹線道路

もっとみる

男は初めてこの街に来た。街はもうすでに日が暮れはじめていて、ぽつぽつと街灯に灯りがつき始めていた。休みの日ということもあってか、街には大量の人がいて、暑さも相まって独特の臭気を醸し出していた。歩いている人は皆、暑さのせいかうなだれて、生きることに疲れた老人のように見えた。いつもの通りやってくる夜を、ぼんやりと待ちわびているように見えた。

男はこの街に何の思いも持っていなかった。男は近くの街に住ん

もっとみる

minus

全てはこの救いようのない世界に終止符を打つためだ。私は私自身の手でこの世界を終わらせようと思った。もう救いようがないと判断したのだ。仕方ない、私は私に接点のある世界を少しづつだが削除することにした。なにも世界を物理的に破壊するわけではない。それは相当の手間がかかることだ。それに犠牲もでる。だから、私は私の意識の中にある世界を削除していくことにした。必要か不必要か判断をすることもしない。とにかく目の

もっとみる

construction

私の家の近くに工事中の道路がある。その道は幹線道路に出るちょっとした小道で、迂回路も豊富にあって交通に必ずしも必要な道路ではない。だからか、その道路は常に封鎖されている。道を塞ぐように真ん中に立ち入り禁止の看板が置かれていて、その横には警備員の絵が描かれた看板も立っている。工事の現場は少し奥にあるらしい。現場には厳重に柵で封鎖されていて、何をしているのか窺いしることはできない。

私の家から駅まで

もっとみる

意識

ぼくは彼女と話をしたいと思う。
「久ぶりだね。元気にしていたかい。」

彼女の肉体はもうすでに存在しない。彼女は昨年交通事故にあった。歩道を歩いていたら接触事故を起こした車が突っ込んできた。彼女はその車の下敷きになって、壊れた人形みたくぐちゃぐちゃになった。だから、彼女の肉体は存在はしない。

それでもぼくは彼女と話したいと思う。
「今の気分はどうだい。楽しいかい。」

彼女の肉体は確かになくなっ

もっとみる