256.悪巧みのこと①
新年度になって数日が過ぎた頃、私は4月下旬に出張に行くことが決まった。
でも彼の住んでいる場所の方向ではなかったので「ついで」に会いに行くことはできない。
彼も私も今回は無理だと諦めかけたけど、悪巧みはポンポンと思いつくもんで。
彼は彼で、仕事柄泊まりになることがあるので、それを口実に泊まりで会うことも可能になった。
結局、私は2泊するということにして(実際の出張は前泊からの翌日終了)彼の家の方向へ向かうことにした。
私の行ける時間に合わせて彼もこちらの方向に向かってきてもらうことにして、彼は新幹線で3時間かけて来てくれた。彼と私の家は約1,000キロ離れているけど、その直線上で落ち合った。
デートの待ち合わせでは、反対の改札で待っていたり、なぜか出会えないことが多かったので無事に会えるか少し心配だったけど、土地勘のない駅でもすぐに会うことができた。
約1ヶ月ぶりとはいえ、teamsやらFaceTimeで顔を見て話してたし、毎朝自撮り写真を送ってくれていたので、そんなに久しぶりという感じはしなかった。
ただ、柔軟剤の匂いは単身暮らしをしていたときと変わっていたので、やっぱり家族のもとで暮らしているのだなとつくづく感じた。
普通のホテルは2人で泊まると高いし、せっかくなら2人でお風呂に入りたいと思って、ラブホテルを事前予約していた。その名も「LOVE」という名前なので、タクシーで行き先を告げる時に「ホテルラブまでお願いします」と言うのは憚られ、彼はホテルの住所を運転手に伝えた。
タクシーの後部座席に乗り込むと、彼はそっと手を握ってきた。出張の話などをしながら、10分くらいで
目的地に着いた。
私が支払おうとして1,000円札を先に出すと、「僕は小銭係で」と言って小銭を出してくれた。
遠距離になってからは、会うために必要な経費はすべて私が出すと彼に宣言していた。2人の交通費、宿泊費、食費、どこかに出かけたらその費用も。
一度に会うと何万円もかかるけど、会うためなら惜しまない。
彼のお小遣いは月に2万円だから、ちょっと飲みに行ったらあっという間になくなるし、タバコやジュースを買ったらギリギリだろう。私より彼の方が年収が高くても自由に使えるお金はほとんどない。
これまでもデートの時は私の方が多めに出していたけど、それについて彼は「男なのに」と卑屈になることもなく「ありがとうございます」と素直に受け入れていた。私はそのほうがありがたい。
それに月2万円しか使えない人が外に女を作ることなんてできるはずがないと普通なら思うだろうから、奥さんが浮気を疑いづらくなるのもちょうどいい。
大きな荷物を持った中年男女が、手を繋いでラブホテルの中に消えていく。タクシーの運転手はきっと不倫だと気づいただろう。
ホテルにチェックインして荷物を置き、近くのお店に適当に入って夕飯を食べた。彼はビールを飲むのは久しぶりだったようで、「やっぱりマイさんと飲むビールはおいしいなぁ」と嬉しそうだった。
彼は3月までの都会暮らしとは一変した。平日は飲みに行くこともなく家と職場の往復、休日は暇なのになかなか一人になる時間もなく、ここへ来る新幹線の中で3時間の「ひとり時間」がとても貴重に感じたという。
仕事も本社のときと比べると忙しさはなく、6年ぶりに古巣に帰ってきたらだいぶ働き方改革が進んでいて驚いたらしい。
落ち合ったのが20時半だったから、少し飲んで食べてホテルに戻ったのは22時半頃。
イチャイチャはするけど、「まだ夜は長いですから」となかなかセックスまで辿り着かなかった。
つづく。