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あびちゃん

 彼についてはどこまで話していいのかわからない。
人は「話しても大丈夫な程度の、でも別に話すこともないせいで秘密と化していること」をみんな持っていると思う。私は彼がそれを人より少し多く持っているのではないかと感じているのだ。(さらにそれを各各会話相手に少しずつ分配している)
それ故に彼が話してくれた中になにかしらの地雷があるかもしれないので私は私の倫理観を総動員させ彼を話す。
2行で終わったらどうしよう。

 まず何きっかけで話し始めたのかよくわからないけど、話したその日、彼が持っていたフランスパンを雑に口に突っ込まれたことだけはちゃんと覚えている。それがバンド界隈で「あび」と呼ばれている子とようやく合致。周りに変な人たちが多かったからまともじゃないとは思っていたけどつぶあん&マーガリンにして欲しかったな。
別なイベントではパジャマで頭部にキャベツを貼り付けて(首から上がキャベツ)現れた。むしって食べたりしていた。みんな。宮崎は陸の孤島呼ばわりされて地帯ごと磁場が狂ったんだなと感じました。

福岡での主催イベントにも出てくれた。場所が勝手知ったるといった会場+客は身内ということで終始ほえ〜っとしていた。閉園後に出演のお礼を言いに行くと「気負わんようにね」と声をかけてくれた。こやつめ、と思った。

私が東京に来てからはもうほぼ顔を合わすことがなかったが、どうしようもない恋愛に手詰まっている時必ずあびちゃんに連絡する。意味はないが、なんでかあびちゃんに話す。どうして欲しいわけでもなくこういうことがあって〜みたいに。あびちゃんは大体「つらwww」「いやそうなんですよ」みたいに笑ってくれる。最終的に私たちは湿度の高めな、しかし下ネタと言うのは違う、人の性癖についての話になる。いやずっと笑ってるけど。本当もれなくそうなる。そして、ま、頑張ろう、生きような、と終わる。

彼がバンドしていなかったら何をしてたんだろう。漫画家?勤め人?漫画家の方があり得るかもしれないけれど、絵も上手だし。だけどそれはそれで今私たちが見ている彼の人当たりはこれほどではなかったと思う。私も彼を名前だけ知ってる人、あるいは存在も知らない人だったかも。あびちゃんがバンドしてて良かった、少ない友達が減らずに済んだ。

とっくにお互いいい歳だけどこんな風な思春期の放課後の一コマを過ごせるのは、人たらしの彼がなせる技なのかも知れない。

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