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イノマコ君、世界を救う。

猫田が部屋に戻ると巨大な人?が待っていた。

背丈はおそらく2メートルはあるだろう。ガタイもいい。その長い髪なのか触覚なのかわからないものをひとつに束ねている。

おおよその風体は人なのだが、どこか違う。言い表せない違いがある。

「僕のことはイノマコくんと呼んでください。あっ、返事はYESかハイか喜んででお願いします。」よく通る声でそう言った。

猫田がぽかんと口を開けていると間髪入れずにイノマコくんは「そんなに驚かずに。別に危害は加えませんよ。さぁドアを閉めて。」そうよく通る声で言った。

猫田は圧倒されるまま、プレモルと鯖缶が入った袋を床に置きとりあえずはドアを閉めた。いや、正確には閉めさせられたと言ったところだろうか。

「ねぇ猫田さん」イノマコくんは言った。

「留守に勝手に家にあがりこんで申し訳ない。しかし、こうする他になかったんです。とりあえずプレモルでも飲みませんか?ちょうど帰る1時間ほど前にグラスと一緒に冷やしておきましたから。」

これは誰かのイタズラだろうか?それともただのヤクザだろうか?いや、ヤクザならもうやられているだろう。そのくらいの圧がある。しかしどう見てもイノマコくんは人ではない。言葉では言い表せない違いがある。

「少しは落ち着きましたか?」とイノマコくんはプレモルの2杯目をよく冷えたグラスに注ぎながら猫田に尋ねた。ラベルはきっちり上を向いていた。


「えぇ、まぁなんとか。イノマコさんは」そう言いかけた時、イノマコくんは膝に置いていた手をゆっくりと肩まであげて指を一本だけ立てて「イノマコくんです。」と訂正した。

「えっ?あぁイノマコくんは何か用があっていらしたんですよね?ご用件は?」イノマコくんはゆっくりと口を開いた。「もちろんです。本来ならアポイントを取らなければならないところを申し訳ない。それほどまでに我々にとって重要な問題が差し迫っているんです。」

と、イノマコくんは膝に手を置いてしっかりと、そして申し訳なさそうに語った。

「重要な問題?それはどのような問題ですか?イノマコさんだけでなく」だけでなくを言ったか言わないかのタイミングでひとつ指を立ててイノマコくんは「イノマコくんです。」ともう一度訂正した。

「あぁ、イノマコくんにとってでなく私にとってもそれは大きな問題なのでしょうか?」にっこりとイノマコくんは微笑み、「そうです!あなたにとっても私たちにとっても重要な問題です。」と机に両手を広げて語った。

猫田は自分の手が震えているのに気づいた。自分はこれまで色んな修羅場を潜ってきたつもりだ。だけどもこのイノマコくんはそれ以上なのだろう。中小企業のオヤジでもこれほどの圧は感じたことは無かった。

与信をミスって上司から貸せないと言ってこい!と言われた時よりも変な汗をかいている。脇から伝う汗を感じながら猫田は震える唇で尋ねた。

「重要なとは?まさかあなたはヤクザではありませんよね?」振り絞るような声を出した猫田を見てかイノマコくんは「はっはっはっはっ」と大きな声で笑った。

「確かに風体はヤクザに見えるかもしれませんが私は妖精なんです。このまとめてる髪のように見えるのも実は触覚なんですよ!」と無邪気な子供がまるでイタズラしている時のように笑いながらイノマコくんは猫田に言った。

猫田はきょとんとしながら、そうか最初に感じた違和感はこれだったのかもしれないな、などと考えながらナカマコくんが冷やしていたプレモルを飲みつつ思考を回していた。

「猫田さん」急に真剣なトーンで指を一本立てながらナカマコくんは語り出した。

「我々はひとつの種族なんです。我々は人の幸せを啄んで生きています。そしてその幸せからチャレンジ精神を産んでいるのです。」

猫田は辺りを見回した。しかし隙間から嫁や娘が覗いているわけではなかった。ドッキリの類では無いと少しの確信を持ちながらもう一度質問してみようと「イノマコさん」と言葉を吐いたと同時に「イノマコくん。」とまたも指を一本だけ立てて否定された。

「すいません。イノマコくん。幸せを食べるってことは人間の幸せの総量を減らすってことかい?それなら我々人間にとってはすごく嫌なことではないでしょうか?気を悪くしたならすみません。」

イノマコくんはとんでもない!といったような手ぶりで顔の前で両手の手のひらを左右に振りながら「私たちは幸せを少しいただくだけです。その上でチャレンジ精神をこの世に産み落としているのです。人間が前進するための大切なファクターはチャレンジ精神ですよね?もしそれがなければ、あなた達はいまだに世界の端に行けば落っこちると思ったままですよ!」とイノマコくんは言った。

そして猫田の目を真剣に見ながら「猫田さん。あなたは人の幸せを考えたことがありますか?」と、今まで以上に圧を感じさせながらイノマコくんは言った。

「人の幸せですか?」「そう。人の幸せです。あなたはSNSでフォロワーを9800人持っています。それは人の幸せの数です。だからこそあなたのような人に我々を助けて欲しいのです。」とイノマコくんは言った。

なぜSNSのフォロワーの数まで把握しているのか?社内では隠している事実をなぜイノマコくんは知っているのか?などと考えているとイノマコくんは先ほどよりも目を開きながら語り出した。

「人の幸せは相対的に感じるかもしれませんが、幸せというのはそう思うから幸せなのです。自分が幸せだと決定するから幸せなんです。そしてその量は年々減ってきていてます。」猫田はぼんやりと哲学的だと感じながらイノマコくんに「減っている?」と聞いた。

「はい。減っているのです。それはもちろん社会的な要素もあるかもしれませんが、我々の宿敵いぐあなくんのせいでもあるのです。」と部屋が震えるような大きな声でナカマコくんは言った。

猫田はまた新たなワードに戸惑いながら「いぐあなくん?そいつが人の幸せを減らしているんですか?」と尋ねた。「はい!そうです。」ナカマコくんは続ける。「イグアナくんは人の幸せを啄んで安定を生み出します。それは人の幸せを奪うものです。安定は思考を愚鈍にさせます。なぜなら外敵を感じないからです。いや、感じられないと言った方が正確でしょう。」

猫田は少し考えながら「安定は幸せを増やさないのですか?」とイノマコくんに言った。

イノマコくんは少し淋しそうな顔を見せながら「そうです。安定は幸せを減らします。なぜならイノベーションが起きないからです。イノベーションが起きれば幸せの総量は増えるのです。個別具体で見れば減るように見えますがそんなことは決してありません。イノベーションはいつの時代も幸せの総量を増やすのです。」

例えば、と言いながらイノマコくんは辺りをキョロキョロしながら続ける。

「例えば、電球もそうです。明かりを灯すのに電球を使うことにより蝋燭職人や松明の木を切る人の仕事を奪ったかもしれない。しかし幸せの総量は確かに増えているはずです。蝋燭職人や松明の木を持ってくる人だって楽になった。より人間らしい暮らしを営むことができるようになったはずです。全ての人は過去のイノベーションの上に立っているのです。」そう力強く語るイノマコくんを見ながらそうかもしれないと猫田は感じた。

「しかしながらイグアナくんは安定をもたらすのでしょう?ならば人間にとってはいや、多くの人にとっては良いことなのではないでしょうか?」とフォロワーには聞かせられないなと思いながらイノマコくんに質問した。

イノマコくんはなるほど。というような顔をしながら口を開いた。「我々には多種多様な仲間がいます。まず鳥っぽいやつ。コイツはまず人を煽ります。」「煽るんですか?鳥なのに?」ナカマコくんは「はい。煽るんです。チャレンジしないやつの背中を押す役目ですね。次にバラの花束で人をしばき倒す奴がいます。」「バラで?!しばき倒す?ちょっと何言ってるのかわからないです。」と猫田はもっともな意見を言った。

「はい。私もちょっとよくわかりません。そしてイケメン。」「イケメン?バラの人は終わり?」「そう。イケメン。優しい。そして次に小型船舶を動かせて、管理栄養士でもあり、カフェを経営していたものもいます。」「んっ?今の1人のことですか?」「はい。そうです。そしてまだまだ様々な妖精が揃っています。」

猫田は今までのナカマコくんの哲学的な説明からは感じられなかった妙な親近感を感じながら素敵な仲間が居ることは理解した。

そして猫田は気になったことを質問した。「イグアナくんはどんな妖精なんですか?」イノマコくんは「プリキュアが好きでプリキュアの話になると早口でまくしたてます。あとはよくわかりませんがイグアナくんです。」

猫田は「イグアナくんは別に悪いやつでは無いんですね?」とナカマコくんに尋ねた。

イノマコくんははっきりとしたトーンで「そうですね。良いやつか悪いやつかなんて結局は自分がどこに立っているかによりますからね。イグアナくんのことはよく分からないけど私たちの反対に居るだけで悪者ではありませんからね。」と言い放った。

イノマコくんは続ける。「しかし、我々は闘わなくてはならないのです。これは思想の違いだけかもしれません。だけど我々は人の幸せにはチャレンジ精神が必要だと思っている。だからこそ良い悪いではなく闘うと決めたのです。」とイノマコくんは今までよりも大きな声で言った。

猫田は「わかりました。私もイノベーションは必要だと思います。それになんだか親近感が沸きました。ただ私は具体的にどのように助ければ良いのでしょうか?私のようなか細いオッサンではなく若くて強い武闘家の方がいいのでは?」とイノマコくんに尋ねた。

イノマコくんは大きく目を見開きながら「闘うのは私が引き受けます。肩もあったまってますし。あなたはイノマコくんがんばれ!大丈夫!君が正しい!君なら勝てる!と声をかけてくれるだけで良いのです。」

イノマコくんは大きく両手を広げ、それを両膝にピシャリと乗せた。

「私だってイグアナくんと闘うのは怖い。しかしやるかやらないかではなく、やるか必ずやるかこの2択なのです。勝つまで辞めない。なぜならイノベーションを私は人を人にするものだと信じているからです。」とイノマコくんは言った。

「そしてもう一つ」と言いながら顔の前で指を一本立てながらイノマコくんは「闘うとは誰を幸せにするか決めることでもあるのです。人間でもそうでしょ?みんなで幸せを少しづつ啄むことはできるけど、正しいと思うことのために争っているではないですか。我々もそれと同じなのです。」と言った。


猫田は頭を掻きながら「そうですね。確かに。我々人間も自分で選択しているのかもしれません。幸せになる人を。それがある種の強さなのでしょうね。」それを受けイノマコくんは「強さではなく弱さなのではないでしょうか?我々も人間も種として弱いからこそ、選択するしか生き残る方法を知らないのです。」と眼を瞑りながら一言一言を噛み締めるように語った。

猫田は圧倒されながらも「弱さですか。しかしながらそこが人間くささや美しさを感じますね。そう考えるとあなた達も私たち人間も同じなのですね。」そう伝えるとイノマコくんは少し照れくさそうに「そう言って貰えると嬉しいです。」と答えた。

「それでは具体的にお話しします。」とイノマコくんはガタッ、と音を立てながら椅子から立ち上がった。

「まずあなたの銀行のボイラー室がありますよね?そこに地下に通じる梯子があります。そこから地下に降りて私とイグアナくんの闘いを見届けてください。その時はイノマコくん頑張れ!大丈夫!君は正しい!君なら勝てる!と応援し続けてくださいね。それが私の力になるんです。それさえあれば私は負けない。」とイノマコくんは説明を終え、椅子にゆっくりと深く腰掛けた。

猫田は「わかりました。あなたを信じます。あなたのことを心から応援します。人間が前進できるようイグアナくんと私も戦います。」とはっきりとした力強いトーンでナカマコくんに伝えた。

イノマコくんは「ありがとうございます。それでは明日の23:00に地下でお会いしましょう。」とだけ伝えその場から霧のように消えた。緩くなったプレモルだけがイノマコくんがいた痕跡をつたえる。

「今日は5月6日だから5月7日の23:00に銀行 ボイラー室っと。」猫田はそう自分に言い聞かせながらスケジュールをiPhoneに伝えた。

翌日、猫田はスーツに着替えて会社に向かっていた。仕事場も確かに闘いの場ではあるが、こんなにも緊張をしているのは久しぶりな気がする。猫田は少しの恐怖と微かな高揚感を感じていた。

その時だった「ドン!」っという音とともに猫田はそこにうずくまった。頭に強烈な痛みを感じる。1メートル先に黒の雨具を着た男が立っている。イグアナの尻尾のようなものが微かだが見えた気がした。

猫田は朦朧とする意識の中「ごめんよ、イノマコくん。今日は行けそうにないや。でも大丈夫。君は正しい。君なら勝てる。」そう呟きながら意識を失っていった。

目を覚ましたのは病院のベットの上だった。

横に座る妻に「今の日付と時間は!?」と伝えると妻は「5月8日の朝」といつものトーンで返された。

そして妻は「あなたずっとイノマコくん頑張れ!君なら大丈夫!君は正しい!君なら勝てる!って言ってたけど部下の名前かなにか?キモっ」と猫田は罵られた。いつものことである。

猫田は「俺頭撃たれたん?」と妻に尋ねると「撃たれたわけないじゃん。突然道で倒れただけよ。飲み過ぎじゃない?」と冷静なトーンで返された。

その時テレビが「今日からコロナは5類になります。インフルエンザと同じ扱いになります。」と伝えた。

すでに病室には猫田以外はいない。1人になった病室で「イノマコくんは勝ったんだなぁ。人間はまたこれから進歩していくんだ。」そう、呟いた。目の端にソフトクリームを食べるイノマコくんを感じながら、ゆっくりと猫田は眼を瞑った。

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