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鋭利な杓子定規

『この世は舞台、人はみな役者。』

かの有名な大作家ウィリアム・シェイクスピア大先生の『お気に召すまま』からの名台詞。

各々が各々の個性を持ち、それを思う存分発揮できる世界線はとても魅力的である。でも、それをそうさせようとはしない属性も一部には存在する。「ポジティブの押し売り」と「成功体験の押し売り」をする属性だ。そんな属性は、ポジティブこそが正義であり、ネガティブであることは完全に悪であると信じて疑わないのだ。ネガティブの度合いは人それぞれだが、物事を繊細に捉えられることの何が悪い。そんな余計なおせっかいは、鬱陶しいに尽きる。

先日、同業のホステスである歳上女性と3時間半にも及ぶ長電話をした。正しくは、結果的にそうなってしまったとでも言おう。最初は私の仕事の相談に乗ってくれるということで、相手から「電話しない?」という提案があった。最初の30分こそは私の相談事であったが、あとの3時間は相手が喋り倒し、押し売りのハッピーセットであったのだ。そう、「ポジティブの押し売り」と「成功体験の押し売り」である。

私のキャラクターは元より、パーソナリティを全否定してからの語り様であった。「あなたの性格がそんなんだから、そうやって駄目になる。あなた、その歳でそれは人生詰んでるよ。私なんか、こんなポジティブで呆気らかんだから何でも上手くいくのよ。」と意気揚々に語ってきたのだ。歳上と言っても2歳しか変わらない。しかも、私の方が夜の仕事歴は長かった。なのに、なぜそれ程までに偉そうな語り口調だったかというと、彼女の成功体験がそうさせたのである。それまでは波瀾万丈な人生であったが、マッチングアプリで伴侶になる男性と出逢い、ついに婚約するに至ったのだとか。そして、夜の仕事を遂に引退できると、歓びに満ち溢れた声色が伝わってきた。あくまでも「婚約」である。そんな、人生における成功体験をありとあらゆる人に広めたいというような、陰とも陽とも捉え難い感情が伝わってきた。恐らく、彼女にとっては強烈な人生最大の成功体験であったのだろう。

私は終始、感情の伴わない声色と共に「うん」と相槌を打つことしかできなかった。「うーん」と少しでも間を伸ばそうものなら、「あなた、何でもそうやって否定して何がしたいの?」と、怒号とも言える声を浴びせられたからだ。3時間のそれは、とても異様であった。まるで、『朝まで生テレビ!』状態。電話を最終的に終えたのは、明け方5時を過ぎていたからだ。

外はもう明るい。放心状態のまま電話を一方的に切られ、私は床についた。今日のこれは、何だったのだろうと。彼女と出逢ってそんなに月日は経っていないし、2人きりでカフェや食事を共にしたこともない。まやかしか、はたまた幻だったのか。彼女から、「おやすみ」の一言のLINE。そして、目覚めると「おはよう」と言うLINEが入っていた。私は、社交辞令さながら「今朝はありがとうございました。言ってもらったことを意識して日々を過ごそうと思います。」と返した。すると、ブロックされたのである。

足立区女子の『朝まで名前テレビ!』は幻のものとなったのだ。「ポジティブ」と「成功」というものは、度を超えると、時には鋭利な凶器に変わると教えてくれた体験であった。それを防御できる、頑丈なシールドを張ったメンタルをそろそろ構築しないとだな。そして、押し売り伝道師だけにはならないように肝に命じよう。

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