見出し画像

#15【ゲスト回】 エクサウィザーズ創業者!大企業役員からスタートアップ経営者を経た粟生万琴さん

Acompanyは3月12日(火)、3名の社外取締役就任を発表しました。
これを記念し、AcompanyのPodcast番組『アカン経営トピック』では、3回連続で、新たに社外取締役に就任した方々と高橋との対談を公開しました。

こちらの文字起こしは、第三弾として収録した、株式会社LEO 代表取締役 CEO 粟生万琴さんの回です。


株式会社LEO 代表取締役 CEO 粟生万琴

エンジニアとしてソフトウェア開発に従事した後、株式会社パソナグループで社内ベンチャーを立ち上げ、Webアプリ開発に特化した事業を手掛ける。TECHカンパニー女性初の役員に就任、自社WEBサービス事業分社、産官学連携スタートアップ推進プロジェクト責任者として従事。2016年、株式会社エクサインテリジェンス(現 株式会社エクサウィザーズ)を創業。取締役COOを経て、株式会社LEOを創業、代表取締役CEO就任。「なごのキャンパス」プロデューサー、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授等を務める。2024年2月、株式会社Acompany社外取締役に就任。

粟生さんの自己紹介

高橋
今回はいよいよ最後のゲスト回となりました。最後のゲスト回となる第3弾は、エクサウィザーズの創業者でもありCOOを務められた、粟生さんにお越しいただいております。
前回の植木さんの会に続き、粟生さんには2月よりAcompanyの社外取締役へ就任いただきました。
後ほど、粟生さんより自己紹介をしていただきますが、僕の方からどういったご経歴の方なのかを簡単にご紹介させていただきます。
粟生さんは元々、ソフトウェア開発のエンジニアとしてキャリアをスタートされました。その後、パソナグループで新規事業をなどを担当し、テックカンパニーで女性初の役員になられました。さらに、その中で、スタートアップ関連、特にディープテックに関わってる方だと馴染み深いかもしれませんが、経産省NEDOのスタートアップ推進プロジェクトなどの事務局責任者などを務められまして、その後、AIベンチャーの株式会社エクサインテリジェンス(現 株式会社エクサウィザーズ)の創業に至る、というようなキャリアを歩んでこられました。
かなり実績豊富な方になるんですけども、今日はその粟生さんを、外に出ていない情報も含めて、いろいろ深掘りしたいと思っております!
では、粟生さんよろしくお願いいたします!

粟生
よろしくお願いします!

高橋
まず、僕からキャリア面を簡単にご紹介させていただいたんですが、粟生さんからも最近やってることなどを含めて、簡単に自己紹介をお願いいたします。

粟生
はい。私は会社員を15年経験した後に、AIのスタートアップ、エクサインテリジェンス、現在はエクサウィザーズの創業からジョインさせてもらって、COOとして仕事をしていました。
直近は、株式会社LEOという会社を名古屋で立ち上げまして、スタートアップ型というよりはスモールベンチャー型なんですけれども、地域社会に貢献できるような新規事業の伴走や、今までのバックグラウンドとは全く違うサウナ事業、なごのキャンパスというAcompanyも入居しているインキュベーション施設のプロデュース・運営、スタートアップ支援、なども手がけています。よろしくお願いします。

高橋
よろしくお願いします!
名古屋だと粟生さんのことを知らない人はいないんじゃないかというくらい有名人ですよね。でも、粟生さんはエクサ時代の話を良くも悪くもあまりされていないですよね。今やっていることを全面に出されるという感じで。
今日、いろいろ深堀りをする中で、「粟生さんってこんな人だったんだ」といことを初めて知る方も多いと思っているので、非常に楽しみにしているところです。
まず、せっかく粟生さんに来ていただいてるので、粟生さんの知られざる一面というのを聞いていければと思います。
元々粟生さんは、名古屋工業大学出身なんですよね?

粟生
そうですね。ただ、大学院を1年で途中退学し、富士通グループで5年間働いたのが最初のキャリアです。

高橋
当時、特に女性でエンジニア職って結構珍しかったんではないかなと思うんですけれど、どんな感じだったんですか?

粟生
当時はまだIT関係で働く女性は少なかったです。

高橋
やっぱり、そうですよね。

粟生
そうですね。私のITのきっかけは2つあるんですけど、1つは13歳のときの中学校の技術で、プログラミングの授業がたまたまあったんですよ。
当時、まだWindowsが出ていなかったんで、マイコンとかオフコンの時代だったんです。関数をプログラミングしたら代わりにコンピュータが計算してくれて、「これやばい」みたいなのが最初のきっかけです。
2つ目は、当時従兄が創業したばかりのソフトバンクに入社したり、もう1人の従妹が米国留学後、VCに入社していたこともあり、最初、大学時代に「それ何の仕事」って聞いたぐらいなんですよ。
なのでもしかしたら、血筋的にも新しい物好きだったのかなと、当時を振り返ってみて思います。

高橋
今考えると、すごい先見性のあるキャリアを周りの方が歩んでいるんですね。

粟生
VCって当時知らないじゃないですか。

高橋
そうですよね。

粟生
1995年ぐらいにVCで初めて聞いたときに、当時日本にはジャフコと日本アジア投資の2つしかなかったらしいんですよね。身近な従妹の話というきっかけは結構大きかったかなと思います。

高橋
すごいですね、面白い。そこからエンジニアキャリアをスタートして。
でも、ずっとエンジニアをやっていたわけではないんですよね。

粟生
そうですね。5年間、いろんな仕事をさせてもらったんですけど、データベースやミドルソフトの導入SEや、プログラミング教材の開発や講師などを担当していました。

高橋
すごいですね。プログラミング学習とか、今ですらホットワードとして出てくるぐらいなのに、めちゃくちゃ先見性がありますね。

粟生
自分が13歳のときに初めてベーシックとかUNIX触ったという原体験も、初めて知ったことを学ぶ方法とか、体系的にわかりやすくする方法とか、変数と定数の教え方みたいなものとかも、自分の中で頭に体系化がきてたので、教材開発は意外に向いていたなって思います。

高橋
面白いですね。

粟生
今、大学の教員をやってるのはもしかしたら、その原点なのかなって。年取って振り返ったりしてます。

高橋
なるほど、粟生さんは教育者でもあるという。

パソナでの新規事業

高橋
そういえば、富士通グループで5年間勤務されていたといういうことですが、次はパソナの方に移られてるという経歴を伺いました。ここは同じように、エンジニアミッションで転職されたという感じだったんですか。

粟生
ここはエンジニア採用ではなく、総合職採用で入りました。当時、パソナグループの中のパソナテックという技術系に特化した子会社の、名古屋支店の立ち上げというポジションで入社をしました。

高橋
立ち上げから入られたんですね。

粟生
そうですね。やったことのない営業や、エンジニア採用とか、ここでキャリアを積みました。

高橋
ここがもしかしたら、スタートアップを立ち上げたときに、めちゃくちゃ生きているポイントかもしれないですね。

粟生
そうですね。今、言われるとそうかもしれないです。ただ、何もやったことがないことに対して飛び込む怖さみたいなのは、元々なかったかもしれないですね。

高橋
すごいですね。支店の立ち上げは、どのくらいの人員でやられていたんですか。

粟生
最初は支店長と呼ばれるマネージャーさん1人と、あと内勤の女性1人。私が3人目で入りました。

高橋
3人での立ち上げなんですね。ゴリゴリの立ち上げ中核メンバーとしてスタートしたんですね。

粟生
そうですね。ただ、今考えると、スタートアップとの違いは、本社機能があるので広報、マーケの機能や、人事採用の機能は、東京側にヘルプを出せることができたため、助かっていました。その意味では、純粋な事業の立ち上げというよりは、東海地域のマーケットをどうやって取っていくのかみたいな戦略を立てながら、営業や採用をしていました。

高橋
なるほど。未経験のところから営業活動をスタートしたということですが、立ち上がりはどんな感じだったんですか。

粟生
海外エンジニア採用プロジェクトが立ち上がり、チームでトヨタグループさんに提案し、採択していただきました。

高橋
いやあすごいです。全社的にもインパクトがある取り組みに感じますが、社内的な評価はどうだったんですか?

粟生
社内的にも、全社的にも、新しい企画だと評価されました。ただ、我々名古屋の支店の人間が3人だけでやったわけではなく、本社の海外事業部の力を借りたりとか、あとパソナは中国に5拠点を展開していましたので、現地のパソナグループの社員の皆さんの力を貸していただいたりとか、総合力で新しい企画を立ち上げました。
かつ、営業的にいうと、世界のトヨタグループの口座を開設したということを、非常に高く評価していただきました。

高橋
すごいですね。その後、粟生さん自身はパソナの中で、女性初の役員になるところまでいかれていますが、こういったプロジェクトは大きく影響したものだったんですか?

粟生
そうですね。まず営業的に言うとMVPで、売上伸長率でご評価いただきました。しかも、個人だけではなくチームで評価していただいたので、最初3人で始めた東海地域の拠点を、名古屋支店、豊田支店、あと岐阜に開発のラボを作りまして、多分総勢100名ぐらいのチームにして、年間売上も二桁億まで伸ばしたので、そこが評価されたポイントかなと思います。
そしてですね。

高橋
まだあるんですね(笑)。

粟生
はい。幹部候補生制度のジュニアボードという、役員候補生として選出されたのを皮切りに、役員として認めていただいたり。あとは新規事業のビジネスコンテストに応募しました。

高橋
パソナの中の新規事業プロジェクトみたいな。

粟生
そうです。パソナグループは南部代表が大学3年生のときに創業した元祖ベンチャーなんですけども、その創業記念の日に全社員が応募できる新規事業のコンテストがあり、それに応募しました。

高橋
それが立ち上げに繋がっているんですか?

粟生
そうです、そうです。今、世の中的にも大企業がよく新規事業を社内でやられていると思いますが、それの走りでビジネスコンテストで入賞すると、3年間は赤字掘ってもチャレンジできる制度があって、そこで立ち上げを経験させてもらいました。

高橋
すごいですね!
そのパソナの中での活躍がありつつ、自分でもスタートアップを作っていくと思うんですけど、この間はどういうことがあったんですか?

粟生
最初は自分が提案した新規事業アイデアでWEBアプリやサービスを作っていました。ただ役員になったときに、グループの新規事業を集約する動きがあって、自分が起案したアイデアじゃない事業も自分の担当になりました。
その中の1つに、日本の政府が研究開発型ベンチャーを立ち上げるNEDOのプロジェクトがあって、これを日本総研さんとパソナグループでベンチャー支援をやるという新規事業プロジェクトへ位置づけることができたんですね。

高橋
なるほど、面白いですね。

粟生
なので、合計10個ぐらいプロジェクトをやっていたんですけど、自分が立ち上げた事業と、いろんな人が立ち上げてきた新規事業担当者が私のチームに集められました。そして、その中の1つが、NEDOの研究開発型ベンチャーの立ち上げでした。

高橋
なるほど!こういったSTS(シード期の研究開発型スタートアップ)に対する事業化支援の助成事業の立ち上げ事務局と、実際に技術系ベンチャーを創業するというところは関連しているんですか。

粟生
はい、関連してます。なんと、研究開発型ベンチャーの大学生をシリコンバレーに引率したんですね。

高橋
このプロジェクトの関連で、ですか。

粟生
そうです、そうです。
当時、早稲田大学と多分東京工業大学の学生ベンチャーをシリコンバレーの研究所へ2週間引率するプログラムがあったんですが、それに付いて自分も同じ授業を受けさせてもらい、感化されたというのが1つですね。

高橋
付き添った大企業の役員が、ものすごく刺激されたわけですね。

粟生
そうです。Siriを作った研究者に会ったり、あのシスコのTCP/IPの原型作った人に会ったりして。そこから自分の13歳の頃の思い出みたいなのが湧いてきて。2014年15年の頃に、AIのスタートアップがもう何社もいたんですよ。

高橋
シリコンバレーの現地で、ですよね。

粟生
そうです。あと、シリコンバレーの帰りにSXSWに寄ったんですね。あのTwitterが資金調達したと呼ばれる、日本で言うIVSやICCみたいな、もっと大きいカンファレンスです。そこでスタートアップピッチを見たときに、「あれ私何やってるんだっけ」と思って。

高橋
なるほど。

粟生
確かに会社員として新規事業にチャレンジさせてもらっているけれども、このテクノロジーの節目みたいなの見たわけですよ。そこで「AI来るな」と。私の大学時代って、第2次AIブームで、まだ全然AIが実用化されてなかった。でも第3次ブーム来てるわけですよ、その当時のアメリカには。
でも、日本にはPreferred Networksぐらいしかいらっしゃらなくて。20年たった今でも、情報格差とかスタートアップとか経済格差ってあるんだということに驚いて。やるなら今かなと思い、日本に帰ってきてその次の日に辞表を出しました。

高橋
すごいですね!

粟生
ちょっとやばいですよね。アメリカで感化されてミーハーな奴みたいな感じでした。

高橋
だって結構なポジションにいるわけじゃないですか。

粟生
はい、役員として事業を任せてもらってたんですが。

高橋
いや、すごいですね!粟生さんらしさを感じるというか(笑)

粟生
でも、不思議ですよね。責任ある立場、マネージャーになりたいとか、裁量労働したいとかビジネスを自分で立ち上げたいと思って転職し、それをパソナグループでは実現させてくれました。
この目標を達成すると、また次、まだやったことがないことをやりたいと思ってしまった。13歳の頃の純粋な意欲が戻ってきた感じです。

高橋
面白いですね(笑)

エクサウィザーズの創業について

高橋
新たに事業をやるためにまずパソナをやめようと辞表を出して、AIでやる気持ちは固まっていたと思うんですけど、どうやってやろうとか、その当時は頭の中に構想があったんですか?どういうふうに立ち上げていったんですか?

粟生
辞表を出したら、早まるなって止められるわけです。取締役の立場ですぐ辞めれるわけないぞって言われて(笑)

高橋
そうですよね。

粟生
そうですよねってなるじゃないですか。そもそも取締役って、もう既に社員ではないわけだから1回退職してるのに、「何言ってんだ」って言われたんですよ。
そこで「事業プランはあるのか」と聞かれて、「ないです」ということで、もう1年パソナの役員を延長してもらいながら、1年間AIを学び直そうと思っいました。人工知能学会じゃなくて学生が有志で何か勉強会やるみたいな、京大と阪大でやっていた人工知能研究会というのがあったので、そこに参加しました。

高橋
なるほど。当時は活動拠点として東京だったんですか?東京ではなくて、関西の方だったんですか?

粟生
名古屋と東京の2拠点居住です。

高橋
京大と阪大でしたっけ。

粟生
そうです、京都大学と大阪大学。

高橋
それはオンラインだったんですか。

粟生
違います、オンラインは当時なくて。

高橋
通っていたということですね。

粟生
京都は名古屋から新幹線で45分ぐらいで行けますからね。なので、京都に行って受けました。

高橋
そうなんですね。

粟生
そこで1年間考えました。ちゃんと学び直して、かつ、AIでどう勝っていくのかを。
あと私、いろんな人に言っていたんです。「AIを使って何か起業したい!」って。そんなことを言いまくっていたら、NEDOの審査員で、当時DeNAの会長だった春田真さんと、あと東大発ベンチャーの各務茂夫先生と、日本総研の東博暢さんとたまたまお話しする機会があって。「じゃあ、春田さんとやればいいじゃん」みたいになった感じです。

高橋
すごいですよね!ここでまたとんでもない大物が出てくるわけですけれど。

粟生
そうですね、大物しかいなかったですね、気づかなかった(笑)。

高橋
いや、すごいですよね。すぐ創業してやっていこうとなったんですか?

粟生
半年ぐらいです。

高橋
準備期間が半年ぐらいあって、創業して。2015年創業でしたか?

粟生
2016年の2月ですね。会社を登記したのは2016年の2月ですけど、準備としては2015年度にいろいろリサーチしたりとか、どういう仲間と何やるかみたいな。でも春田さんとのきっかけが大きかったです。

高橋
なるほど。22年の末に上場もされたということで、創業してから成長していく会社になっていったのは、もう今の視点からだと明らかだと思うんですけど、当時はどんな感じでスタートしていったんですか?

粟生
当時は春田さんがCEOで、私がCOOで、京大生と阪大生のマスターとドクターと一緒に立ち上げたという形です。最初の合宿の写真が何か大学生と保護者2人みたいな写真で。未だに残ってて笑っちゃうんですけど(笑)
学生たちはとにかく論文読んで実装する力あるんですけど、AIが果たして世の中のどの課題解決に使われるか、あたりがつかないわけですよね。技術はあるけど、どこに刺せるかがわからなかったので、1年ぐらいはずっとマーケットリサーチ兼ねてPoCをひたすらやっていた感じですね。
春田さんが元々DeNAのご経験があるので資金調達をリードされて、それ以外は全部私みたいな感じでやっていました。エンジニアやBizDevの採用だったり、コーポレート、営業周りは1人で最初やってたのが1年目ですね。

高橋
なるほど。もちろんAIが実際にどんどん使われるようになったことが大きな成長のドライバーだとは思うんですけども、いろんなプレイヤーも当然出てくるわけじゃないですか。エクサウィザーズがその中でも際立って成長していった要因は、粟生さんの視点から見たときにどういう強みや観点が特別だったんですか?

粟生
2つあって1つは、「最初から大きな、ビッグピクチャーを描け」みたいによく言うじゃないですか。最初から富士山登るぞなんて言ってなくて、最初から私達はエベレストに行くことを決めていた。とにかく高みを目標設定に置いてたというのは、全然違うなと思いました。

高橋
それは本当に大事ですよね。粟生さんにお話伺ってる時にも言われたし、確か海外の探索でインドとか、試行錯誤してスタートしたとお聞きしたことがあります。

粟生
そうですね。目指す山が大きかったので、最初から海外に行くことも決めていました。日本を攻めてから海外に行くんじゃなくて、両方同時にやるというやり方になる。
Acompanyさんもそういう描き方なので、共感したポイントの1つでもありますね。高橋さんのビッグピクチャー、バックキャスティング型は非常にエクサの経営スタイルに似てたので、Acompanyの秘密計算からプライバシーテックへのピボットを見たとしても、元々見てる山が大きいので、途中は険しくても何とか登りきっていくみたいなところは共感ておりました。

高橋
いや、なんかちょっと嬉しいですね。ありがとうございます。

粟生
高橋さん、2年目か3年目で既に、Beyond Next Venturesさんを通じて海外とかも見ていらっしゃった。そこがまず1つ、共感ポイントでもあり、エクサの勝ちのポイントだったかなと。
当時は私も途中でひるんだんですよ。「いや、そんないきなりエベレスト無理だから一旦、富士山で立てましょうよ」って言ったら、「そんな最初から富士山って言ったら、富士山も登れなくなる」と言われたんです。「それだと高尾山で終わってしまうから、最初からエベレストって決めるんだ」って言われたとき、「なるほど」と思ったのが1つ。

高橋
それは春田さんがおっしゃったのですか?

粟生
春田さんです。春田さんのDeNAの経営スタイルですね。南場智子さんと春田さんと守安功さんが作った、「時間かかるかどうか以上に僕たちは、どこを目指すのか」、というようにDeNAさんも結構苦労されたじゃないですか。本とか読むと苦労してるじゃないですか。

高橋
『不格好経営』とかですよね。

粟生
そうそう。なので、「それでもいいからとにかく登り切る」みたいなことを春田さんから教えてもらいましたね。
あと2つ目の勝ち筋でいうと、プロを巻き込んでいます。
創業時から京大の情報学の先生と早稲田大の情報学の先生に、創業3ヶ月ぐらいでジョインしてもらってます。会社が成長するにつれ、静岡大学発ベンチャーのデジタルセンセーションと合併をして、MITで人工知能を学んできた竹林 洋一教授や、リクルートのAI研究所の石山洸さんが経営に参画してくださったり、AIの分野で先導を切ってる方々を巻き込めた。最終的にはオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授、人の仕事の80%をAIに置き換えるっていった方とかも顧問に巻き込んでいったりという意味で言うと、AIの専門家の方々を巻き込むスピード感も勝ち筋になるのかなと思います。学術的にもちゃんと見ながら、研究開発もしながら、マーケットにフィットするものを作っていく会社ですよというアプローチですね。

高橋
面白いですね。僕らも転換点なったのは専門家をちゃんと巻き込めるようになったときだったので、今の勝ち筋を聞いたときに、少し自信がついたなと思いました。

粟生
すごく似てますよね。Acompanyさんの歩んでる道は、私達が歩んだ道に非常に近いのかなと思います。

高橋
ありがとうございます。実際、エクサウィザーズさん出身の方も多かったりするところもあるかもしれないですね。

粟生
山登りってつらいじゃないですか(笑)
山登りをチームで登り切らないと、エベレスト登れないでしょ、間違いなく。その感覚だと思います。

高橋
本当にその通りですね。ありがとうございます。

粟生さんから見たAcompany

高橋
ここでまたトピックを変えて、粟生さんから見たAcompanyがどんな会社なのかを聞けたらと思うんですけど、こちらの観点どうですか?

粟生
先ほどお話にも出ましたけど、海外を最初から見てるところに共感をしています。プライバシーテック領域は海外が先行してるじゃないですか。あと、ハイプ・サイクルで見たとき、これから伸びていく左下にいる時から始めている、しかも海外を見ている。そこが最も御社の強みだと思うし、そこに私も共感をしています。

高橋
ここはそうですね。本当に開拓して勝負していきたいところでもありますし、元々僕らの技術の起点になっている秘密計算は、実は日本が強い技術だったりするんですよ。秘密計算のISOの規格は、実はNTTが設計しています。
そういった日本発の技術、強みを持った技術でグローバルで勝っていくところは、僕らとしてもめちゃくちゃ頑張っていきたいと思っているところですし、そう言っていただけるのは、同じ方向を向いていけるポイントなんだろうと思っております。
また、今お話いただいたエクサウィザーズの経験にもあるように、新しい技術かつデータ系の領域でのスタートアップの経営経験ももちろんですし、個別の部分でも、特に事業開発だったり、組織を作るところや経営目線みたいなところで、僕らがどんどん身につけたいと思うところを、粟生さんはすでに持たれています。
海外含めて、いろいろなカットで相談させていただく中でも、心強さを感じていたこともあり、ぜひ粟生さんに社外取についていただき、一緒にAcompanyの成長にコミットいただきたいなと思い、お願いをさせていただきました。社外取締役就任についてもご快諾いただいて大変嬉しいですし、Acompanyの成長角度も上がるんじゃないかなと思っています。
粟生さん視点で見たときに、社外取を引き受けていただいた理由とか、そういった観点もぜひ聞きたいなと思っているんですけども、こちらはいかがですか?

粟生
私、今御社入れて2社目なんです。今回も含め、まず相対的に見たときに、自分がやりたい事業領域の社外取締役を引き受けさせていただいています。1社目はMaaS系のスタートアップで、東海地域から新しいモビリティのスタートアップが生まれてほしいし、自分も移動に対する興味があったのでお引き受けしました。
御社の場合は、AIの次にくるデータマネジメントとプライバシーテック領域を歩まれています、この領域は必ず必要になってくるだろうと思い、私自身も学び直しを通じて役に立ちたいという思いです。
でも、知らなかったことをより知りたいというのも大きいですかね。

高橋
いいですね!

粟生
このプライバシーテックの領域がどういうふうに作られて、どういうふうに広がっていくんだろうというところにも興味があります。

高橋
ぜひここのスタンダードを一緒に作っていけるように引き続き、ぜひぜひよろしくお願いします。

粟生
はい、ありがとうございます。

社外取締役就任の抱負

高橋
最後に粟生さんから今後のAcompanyへの期待と、あとは社外取締役に就任いただくという視点から抱負も聞けたらと思います。

粟生
はい。プライバシーテック領域は、国内で4社でしたか。

高橋
そうですね、ちょっといろんな面の取り方はあるんですけど。

粟生
なので、Acompanyさんは初のスタートアップとしてプライバシーテック領域でぜひ世界に羽ばたいてほしいというのが一番の期待です。
これはAIもさっきの秘密計算もそうですし、例えばChatGPTが出てきたじゃないですか。でも、日本語のコーパスデータってどこよりもNTTの研究所が持っていて、総務省のNICTとかが技術開発でやると、先行してたにもかかわらずビジネスでは負けていることがやっぱり悔しいので、ぜひこの新領域でAcompanyさんに勝ってほしいと、日本をもう1回元気にするような会社として育ってほしいと思います。

高橋
ありがとうございます。

粟生
社外取締役としての抱負は、私が得意としてるエンジニア採用の部分だったりとかでもお役に立てればなと思ってます。

高橋
はい、ありがとうございます。今日、粟生さんにいろいろお話を伺ってきて、聞いていただいてる方も粟生さんのパワフルさだったり、強さみたいなものを感じていただける回になったんじゃないかなというふうに思っています。
粟生さんがAcompanyのチームに加わっていただいて、Acompanyがより一層強くなったことも感じていただける良い回だったと思っております。
粟生さん今日は本当にありがとうございました。

粟生
ありがとうございました。


Acompanyでは共に働く仲間を募集しています!

Acompanyでは、「2035年までに世界No.1の偉大なプライバシーテックカンパニーになる」をBHAGに掲げ、プライバシーテックの社会実装を目指しています。BizDevやバックエンドエンジニア、フロントエンドエンジニアなど、多岐にわたる役割で一緒に働くメンバーを求めています。

採用ページはこちらから💁

ご応募お待ちしています!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?