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物語食卓の風景・シングル女性の悩み③

 フリー編集者、長沢美紀子は今、後輩のフリーライター、立花真友子の悩み相談を受けています。久しぶりに家でネットフリックスを観よう、と思っていた美紀子の予定はもろくも崩れ去り、真友子の話は続きます。前回はこんな感じでした。

  美紀子は、真友子が一息ついてケーキを食べたところで、切り出します。「それで、実家に帰ってお母さんの様子を見るかどうかでしょ、本題は。真友子はどうしたいの?」

「先輩は、どうしたらいいと思いますか?」

「いや、それは真友子が決めることでしょ」

「そうなんですよね、確かにそうなんですよ」

「迷っているのは、困ったお母さんと対決したくないから?会いたくないから?迷うということは、帰った方がいいとどこかで思っているからでしょ」

「さすが先輩、鋭いですね。だって自分の生まれ育った家に愛着を持っているお父さんが家を出ていくって、何があったのかと思うんですよ。リタイヤ後は趣味のサークルで出歩いてたとは聞いてたけど、そこで誰か好きな女性ができたのかもしれないし。といっても、お父さんなんかを好きになる女性がいるとは思えないけど」

「お父さまのご趣味って何?」

「えっと、確か郷土史研究サークル。といっても研究自体は、専門の先生がいてずっと地元を研究してこられたんですって。サークルは、その先生に教わる勉強会と、実際に現場を歩いて歴史を体感することらしいです」

「リタイヤした男性が好きそうな趣味の一つかもしれないわね。でも、そういうリタイヤ組の集まりで、出会いがあるの?」

「全部、香奈子からの又聞きなんですけどね。一度、お父さんから『一緒に参加しないか?』って誘われたらしくて。それでLINEでむっちゃ嫌そうに連絡が来て、いろいろ聞きだしたら、割と若い人もいるらしくて。だから、女性もいるんじゃないかと。私には、趣味を持ってアクティブに動くお父さん、というイメージがわかないんですけど」

「なるほどね。昔のお父さんはどんな感じだったの?」

「週末になれば、疲れた疲れたと言って、テレビで囲碁やらゴルフやらマラソンの番組をだらだら観ている人。それでも子供の頃は、遊園地や動物園に連れて行ってくれたけど。百貨店へ行くときは、お母さんの買いものにはつき合ってられないって言って、だいたい喫茶店で買いものが終わるのを待っている。なんで買いものにつき合わないのに、梅田まで一緒に来るんでしょうね。ご飯おごらされるからか。あ、パチンコはよく出かけた」

「典型的なサラリーマンね。リタイヤすると、会社時代とは見違えるように元気になる人もいるからね」

「先輩、フリーランスなのによくご存知ですね!」

「それこそ、リタイヤした人たちの第二の人生を盛り上げる、とかいって趣味のサークルの取材をして、ウエブマガジンでレポートする仕事をしたことがあるから。真友子に頼んで断れたことあるでしょ」

「あ、そういえば。すみません、あの取材の日、ブライダルの仕事とバッティングしてうかがえなかったんですよ」

「そう。リタイヤした人たちの取材ではあるけど、イベントが週末に行われることがあるから、週末の取材が多かったのよ。で、ブライダル雑誌でレギュラーの真友子は無理そうだな、と別のライターさんにお願いしたの。でも取材は毎回同行するから、いろいろな趣味があるなということと、会社員時代より元気になった、人生が面白くなったっていう人に結構出会ったの」

「そうなんですね。そういえば、父は歴史好きかもしれなかったです。家には司馬遼太郎の本がいっぱいあって。全集だったかな。箱入りで扉のついた本棚に大事そうにしまってた。読んでるとこはでも、見たことないけど。大河ドラマも必ず見てたかな。でもあんまり話をしないというか、おとなしい人だから、歴史について話を聞いた記憶はないなあ」

「真友子、お父さんについては、それほど嫌いじゃなさそうね。お母さんの話をするときと全然違う」

「嫌いじゃないっていうか、どうでもいいっていうか。よくわかんない人なんですよ。遊んでくれたのは小学生の頃までで、その後は家族サービスのたぐいもあんまり。ファミレス連れて行ってくれたぐらいか。でもとにかくしゃべんない人で」

「で、出奔の原因も見当がつかないと」

「そうなんです。だって交流ないし。お父さん、家が好きだと思ってたし」

「家が好きなの?」

「よく縁側でぼんやり庭を眺めてたんですよ。それがなんか、寂しそうとか所在なさげというのじゃなくて、何となく思い出に浸ってるっぽい感じで。楽しそうに見えたんですよね」

「へえ。まあ育った家だったら思い出もたくさんあるでしょうね。お父さんから子どもの頃とか昔の話を聞いたことは?」

「だからないですよ!しゃべんない人ですから。お父さんの子ども時代!そうか、お父さんもずっとお父さんだったわけじゃないですものね」

「そうよ、当たり前じゃない。うちの両親は、たまに自分が子供だったときにどうだったこうだったみたいなこと話したからさ」

「母はよくしましたよ。というか、うちの母は自分大好きで、もしかすると自分にしか関心がないかもしれない。だって……」

 しまった。また真友子が母の話に戻ってしまった。この長い話にどう収拾をつけるべきか。美紀子はぼんやり聞きながら、整理の方法を考え始めた。


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