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チャリダーアキの自転車世界旅行 オーストラリア一周編(3)


キングスキャニオンへ続く道にて
 
 Alice Springs(アリス・スプリングス)は砂漠の真ん中に突如として現れる人口2万人を越える大都市だ。エアーズロックを目指す多くの人々が拠点として利用するため大抵の物があり、高級ホテルまでが建てられている。街の周辺には美しい観光スポットが多くあり、エアーズロックの混雑を嫌う方々や既に見終わった方々が車やツアーで回っていたりする。
 ここからエアーズロックまで、舗装路を走れば良かったのだろうけど、僕とタイテンくんは西へ向かいキングスキャニオンを目指すことに決めた。これが大間違いだった。しばらく西へ走ると、道は未舗装路に変わった。世界には、まだこんなにも酷い道が残っていたのだ。
 
 若い頃にピックアップトラックに乗って走り抜けた、カンボジアからタイの国境へと続く道を思い起こさせる。砂が多い分、今回の道はたちが悪い。

 とんでもないことになってしまった。僕の自転車のタイヤは27インチ(700x35)というやや細めのタイヤのため、アスファルトを走るのには適しているが砂の道となるとまるで安定しない。砂の深さが20cmもあろうものなら、ハンドルが切れなくなりバタリと転倒してしまう。バタバタと転倒を繰り返し、1日で15回も転倒を繰り返してしまった。
 一方タイテンくんは26インチの太めのタイヤのためか、砂地でもペダルを踏み込む力があるためか、一度も転倒していなかったように思う。

未舗装路のタイテンくん
3日続いた未舗装路


 
 翌日からはサドルを下げ、タイヤの空気を少し抜き、左右の荷物のバランスを均等にして出発した。相変わらず砂で出来た未舗装路が続くが、転倒する回数は劇的に減った。
 タイテンくんは相変わらず転倒すること無く、キングスキャニオンまで続いた3日間の未舗装路をぐんぐん先へと進んでいった。僕のはるか前方を進む彼を、
 
(迷惑かけちゃってるなぁ。)
 
 と思いながら眺めていた。

ざっくりした地図です


 
 
深夜テントの中で考えること
 
 キングスキャニオン観光中、僕はタイテンくんに、
 
「西海岸は1人で走るつもりだ。」
 
 と伝えた。
 元々、砂漠越えのために仲間を集めたが、砂漠の後は再び1人旅に戻すつもりではあった。
 2人旅もほぼ1ヶ月経過し、お互いに相手の性格にも慣れてきて旅も楽になってきた。荷物は2人で使う物や食料などを分けて持てるので楽をしているのだろう。実際、重い缶詰を全て彼が持ってくれている。
 
 それなのに、なぜ僕は再び1人に戻りたいと言ったのだろう?なぜ?
 彼はいつも僕を“さん”付けで呼び、僕の意見や考えを尊重してくれている優しさがある。一方で、3日間続いた未舗装路では、僕のはるか前方を走る力がある。アスファルトを走る時も、いつの頃からか、彼の方が僕のスピードに合わせてくれていたようにも感じる。
 
「もう彼には僕が必要ないし、僕自身1人の方が気楽だから。」
 
 無理矢理答えを文章にしようとすると、こんな感じなのであろうか?でも実際は違うような気もするし、僕には上手く言葉にする能力もない。
 とにかく、伝えたのだ。伝えはしたが、自分自身の心の整理がまだついていない。自分勝手で矛盾だらけの男なのだ。
 
 今は道路脇で堂々とキャンプをしているが、1人になると心細くてこうはいかないだろう。また寂しくなるし、今より過酷になるだろう。
 
 
エアーズロックと自転車旅をする理由
 
 オーストラリアの内陸は平らな大地がどこまでも広がっていて起伏が殆ど無い。自転車で走っていても何日も平らな道が続くのは当たり前で、信号機を見ない日も当たり前にある。
 エアーズロックが近づいたある日、珍しく上り坂があった。頂上についた時にあることに気が付いた。
 
「あれ、エアーズロックですかね?」
 
 前方の遙か遠く、タイテンくんが指さす先に、それらしき岩を視認した。地図を見ると直線距離で160kmくらい離れている。東京や千葉から富士山が見えるのだから、160km離れた丘からエアーズロックが見えたとしても何の不思議も無いだろう。シドニ-から自転車を来る日も来る日もこぎ続けること59日。ついに見えた。坂を下ると一度は見えなくなるが、しばらく走ると巨大な岩は再びその姿を現した。そこからは前方にエアーズロックを見ながらの走行となった。遠くに見える巨石はなかなか大きくならず、もどかしいが確実に近づいているはずだ。
 この日はエアーズロックの見える場所にテントを張り、夕日に照らされて鮮やかに色を変えていく様を眺めながら野宿をした。
 
 翌日到着したエアーズロックリゾートのキャンプ場には、ものすごい数の観光客がいて驚かされた。この国を訪れた殆どの人達が、一度は訪れるのであろうから当然のことなのかも知れない。
 
僕には思うことがある。僕が勝手に思っていることだ。
 
「この巨大な一枚岩を見て人々は何を思うのだろう?どれ程感動するのだろう?」
 
飛行機でエアーズロックを見に来た人と、バスで見に来た人の感動の大きさは同じなのだろうか?同じだと言うのであれば、友人でお金を出し合って車を買って、ここまで来た人達と比べればどうであろう?最終的に見る物は同じであるとしても、感動の大きさは人それぞれ違うのではないだろうか?
 
これこそが僕が自転車で旅をする理由だ。
 
「人は目的までの過程が困難であればあるほど、目的を達成した時の感動が大きい。」
 
 勝手にそう思っている。カナダを自転車で横断した時の感動、達成感が忘れられなくて自転車旅を止められない男のたわごとかも知れない。少なくとも、山を登る人や冒険をする人達は近い考えを持っているような気がする。

エアーズロックと僕


 
 エアーズロックには登った。アボリジニの方々の聖地であるこの一枚岩には“登るべきではない”という考え方が広まり始めた頃である。現在は登岩禁止になっているはずだ。いざ登岩口に行ってみると、まるでゾウに群がる蟻のように人間達が岩に貼り付いている姿が見えた。
 “べきではない”では駄目だ。登ってほしくないのであれば、“禁止にすべき”なのであろう。現状では全く人間は欲を抑えることが出来ていないように思う。
 暫くの間、岩に貼り付いている人間の群れを見ていると我慢できなくなり、腰と足の痛みが酷かったにもかかわらず、無理して登らせて頂いた。
 

頂上にて

 エアーズロックに登って1つ驚いたことがある。なんと!翌日、筋肉痛になってしまったのだ。どうやら、岩に登るときに使う筋肉と自転車を漕ぐときに使う筋肉は違うらしい。たぶん……

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