見出し画像

私の中の「人を喜ばせたい」の源流。

「人を喜ばせたり、笑わせたりするのが好きな、サービス精神旺盛な性格です」

大学時代、就職活動のエントリーシートの自己PR文冒頭に、私はそう書いていた。
一体何枚書いただろう。

要領がよくないことは、「優先順位を考えなさい」と頻繁に怒られていたアルバイトで知ってしまったし、サークルなどで上に立ってメンバーをまとめたりなどの華々しい経歴もない。

「職場の雰囲気を悪くはしません」という超微弱なイメージしか持ってもらえなさそうだけど…これしかアピールポイントが思いつかなかった22歳。

だけど、私、それまでの人生で、一体誰を「喜ばせたり笑わせたり」してきたんだっけ…?と20年以上前の記憶を必死にさかのぼる。

全然、思い出せない・・・。

私の話で、友達が爆笑してくれて、嬉しかったことはあったかもしれないけど、その友達の顔にはモヤがかかっている。

誰かに何かをして喜んでもらった経験なんて、何かプレゼントをあげた時くらいじゃないか…?

「人を笑わせたり喜ばせたりするのが好き」

…これは、もともとは、好きというよりは、たぶん、家族のためにやっていたような。
特に、母親のためじゃなかったか。

物心つく頃から両親の仲は良くなくて、3歳上の兄は、友だちと遅くまで遊んで帰ってこないことが次第に多くなった。

私だけでは、父と母の諍いを止められない、と緊張しっぱなしで、私が修学旅行へ行ったら、我が家で事件が起きちゃうんじゃないかと不安を抱えているような小学生だった。

それで、少しでも母を笑顔にしたくて、私が何か言って母が大笑いすると、漏れそうなくらい嬉しかったのを覚えている。夜になると、泣いている母を知っていたから。

「お母さん、人生の選択を後悔しているの?私が何かすれば、それは晴れるの?」
もし今、言語化するなら、そんな気持ちだったかも。

そうして、「人を笑顔にできない自分じゃないと、居場所がない、価値がない」と、気づかない間に、自分を追い込んでいったかもしれない。

書きながら気づく。
もう乗り越えた、もう昇華した、なんて思っていたけど、この時の感情を思い出すとちょっと疲れるな、と思うのは、まだ自分のなかで、決着がついてないのかな。

まぁ、つけなきゃいけないこともないか。

今、父にも、母にも、
「私という素晴らしい娘がいてよかったね。いや、本当に、よかったよね」
くらい言えちゃう図太くなった自分がいる。
言ったらきっと両親は笑うだろう。
笑顔を想像できることが幸せだと思う。

「人を喜ばせたい」という思いの源流は、幼少期のネガティブな体験だったかもしれないけど、気づいたら、自分の人生で叶えたいミッションになっていることもあるんだな、と思う。

まるで、何十年かかけて長い川を旅しながら磨いてきた思いが、今、ちょうど海に放たれて、ここからまた、揉まれたり変化したりしながら、新たな活かし場所を見つけていくんだろう、という期待すら感じる。

明日、地域の民生委員の仕事で関わっているイベントの第1弾がある。
子どもたち、来てくれるだろうか。

来てくれた人には
「来てくれてありがとう、会えて嬉しい」と、遠慮なく言いたいと思う。

誰もが、誰かに必要とされて、私の居場所はここだ、と言える社会を実現したいという私の夢

もう、人のため、とか、自分のため、とかに分けることも難しいくらい、私の喜びは、人との関わりでしか生まれないことが分かっている。

寄せて返して、波のように。
喜び合って、応援しあって、初めて、人生はより豊かになっていくと信じている。


おしまい

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


今回、チェーンナー (CHAINER/クサリみたいにつなぐひと)さんの、
「バトンリレー企画2023 ~人生は人喜ばせ合戦」
で、バトンをいただいたので、絞り出すように書いてみました!

企画への参加は初めてでしたので、良い機会をいただき、ありがとうございますm(‘▽`)m
(10日間ほど構想期間(笑)をいただいてしまい、すみません)

そして、次のバトンを、胡麻タム子さんに託したいと思います。
大学生の彼女のnoteからは毎回、凝り固まった私の社会通念を壊して、新たな境地への入り口を教えてもらっているような感覚を覚えています。

タム子さん、どうぞよろしくお願いいたしますm(‘▽`)m ♡ m(‘▽`)m

スキとコメントが何よりの励みです!