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おばあちゃんの昆布巻きが食べたい。

母方の祖母が亡くなって、今月で丸8年が経った。 

93歳で亡くなったから、今も生きていたら101歳なんだ。

身長が138cmという超小柄な体型で、しかし、とても働き者の祖母だった。

ボタンが取れた~とかいうと、瞬時に「ばあちゃんがやろっか?」と言ってくる。
遅寝早起き、昼寝もせず、常に忙しく動き回っている人だった。

私が同じ年になったとき、あんなにチャキチャキ動けないだろうなと、大人になってからは会うたびに思ったものだった。

可愛い小物や人形、ぬいぐるみが大好きで、
「おばあちゃんは少女趣味だよねぇ」と私はふざけてよく言っていた。

祖母は生まれも育ちも鹿児島で、その生涯を閉じるまで、鹿児島以外に住んだことはなかった。

祖母の旦那さん―――母の父、私の祖父であるが、心臓が弱く、戦争には行けず、洋服の仕立て屋をして生計を立てていたと聞いている。

戦後すぐに生まれた長男を1歳の時に自家中毒で亡くし、そのあとに生まれた長女(私の母)は、すくすくとおてんばに育つが、母が3歳の時に、祖父は病気で亡くなった。母は、自分の父親の顔を覚えていない。
そのとき、祖母のお腹には次男となる男の子がいて、その後、女手一つで産み、育てる。

子どもの頃から聞いていた話だが、母親になってから改めて聞いて、どれだけの悲しみと苦労を乗り越えてきたのだろうと、想像を絶するものがある。

その母の弟(私にとっての叔父)も、私が大学3年生のとき、50代半ばで、この世を去ってしまった。

そのため、祖母を案じた母が、私が社会人になったタイミングで、北海道から、鹿児島に出戻ることとなったのだった。

(↓少しこちらの記事でも触れています)

幼少期は数年に一回しか会えていなかった祖母だが、大人になってからは、会う回数は意識して増やしていた。

3世代で上海旅行にも行き、私が上京してからは、さらに行き来も増えた。

芯は強いものの、女手一つで子ども2人を育ててきたとは思えないほど、性格が優しくて可愛らしい祖母で、ときどき気の強い母に何か言われてしゅんとしているときの祖母が不憫で、私は極力おばあちゃんに優しくしようと思っていた。

祖母には孫が4人いたが、私が唯一の女の子だったこともあり、晩年は孫と言えば私、というくらい親密だったと思う。

「おばあちゃんの昆布巻きが食べたいなぁ」と言えば、喜んで作ってくれて、手のかかる、サバの骨取りも手間を惜しまず丁寧にしてくれた。優しい味つけで、大好物だった。

私が喜べば、祖母はその何倍も喜ぶ。そんな人だった。

2012年、私が東京で結婚式を挙げた際には、北海道にいた父方の祖母は認知症が進みすぎて参列は叶わなかったが、鹿児島の祖母は、黒留袖を自分で着付け、幸せそうな笑顔で映る写真を何枚も残してくれた。

私が2014年に長男を産んだときは、母と祖母が鹿児島から駆け付け、1ヵ月間、東京で一緒に過ごした。初ひ孫ではなかったけれど、それはそれは、私の長男の誕生を喜んで、可愛がってくれた。

思い返せばとても幸せな時期だったのに、私は初めての出産・産後で神経質になっていたこともあり、祖母が縫物をしていた針をソファに落としていた時は、激怒して責め、母とともに、祖母に呆れるような態度をとって孤独を味わわせてしまった。あの時は、どうしようもなかったのだけど…祖母に関する一番の心残りのエピソード。思い出すたびに、ごめんね、と思う。
こちらの祖母もまた、認知症が進んでいた。

その祖母が、2015年に肺炎を患い入院した。
容体が良くないから来てほしいと母から言われ、復帰したての仕事を調整し、1歳の長男を連れて夜遅く病院に駆け付けた際、祖母は自分の置かれている状況がよくわかっていなかったのか、起き上がれないのに、戸棚を探すようなそぶりで、
「お茶を入れてあげたいんだけど…ごめんね、これが邪魔なの」と酸素マスクを煩わしそうに触った。

「おばあちゃん、大丈夫だよ、おばあちゃんの大好きなこの子も連れてきたよ、こないだ1歳になったんだよ」と話すと、片目をつむりながら、少し苦しそうに、でもはっきりと
「しっかり、育ててね、お願いね」と私に言った。

そのあとからは、もう会話ができなくなり、約10日間ほどの昏睡状態を経て、天国へ旅立った。

祖母の最期の言葉を、あれからの8年間で、子育てを投げ出したくなるときに思い出す。
祖母のすべての思いを集約するかのように、渾身の力を振り絞って、届けてくれたはず。

おばあちゃん、私はあれからもう2人産んで、順番は違うけど、おばあちゃんと同じ2男1女の母になったんだよ。

次男がよく、「〇〇ちゃんがやろっか?」と仕事を欲しがるのだけど、その口調がおばあちゃんにそっくりで笑っちゃう。優しくて、誰かの役に立ちたがるところも似てる。遺伝子ってすごいよね、面白いね。

そんな様子を見て、おばあちゃんも喜んでくれてるだろうなと思うと、私もその何倍も嬉しい。

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