知られざる声の影響力 ~アメリカの歴代大統領から日本の政治家まで、声の分析をしました。

日本人は声に無頓着だと指摘する声の研究家・山﨑広子さんが解説します。エース2022年春号・特集「わたしの声って。」より

声に無頓着な日本人

 長年、声をリサーチしてきましたが、日本では社会的地位の高い職業の人の声に限ってがっかりさせられることが多くあります。企業のトップや医師、教師、弁護士などは人を導いたり、人の人生に介入したりするわけですから、声は大事だと思うのですが、説得力がなく、気持ちの通わない声が多く見られます。
 今はYouTube などで企業リーダーの映像なども見られますから、ぜひ聞いてみてください。原稿を棒読みしているだけの眠気を誘う声、個性
が感じられない無機的な声、病的で弱々しい声、陰にこもった声、短気そうな声。どんなに素晴らしいことを言っても、その言葉が心に響かなかったり、信用できなかったり、あるいは「何かおかしい」と感じたのなら、その直感を信じるべきです。
 一方、アメリカは声の先進国といえます。声の影響力が世界に先駆けて研究されていますし、ビジネスリーダーや政治家は人の心を動かす自分の声を持っています。肉声こそが最も身近で最も力強く、その人自身を表現する手段であり、その表現があってこそ仕事がうまくいくということが認知されています。

声を使ったメディア戦略

 現代のアメリカでは声こそがメディア戦略の要であり、選挙の勝敗をも左右するものだと考えられています。外見などの見た目は脳の視覚野、言語は言語野で意識的に処理されますが、声は無意識の領域で良くも悪くも印象を形作り、人の判断の決め手となるからです。
 フランクリン・ルーズベルトはラジオを巧みに使った政治家です。1929年、ニューヨークのウォール街で株価が大暴落し世界大恐慌が起きたとき、ニューヨーク州知事だった彼は、「ラジオこそが大衆と指導者を直接に結ぶものだ」と、どっしりとした温かい声で国民に語り掛け、救いをもたらしました。
 60年代、ジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンの大統領選でも、声が勝敗を分けたといえるでしょう。当初は支持率からもニクソン勝
利が確実だとされていましたが、大統領選初の試みとして開かれたテレビ討論をきっかけに支持率が逆転。当選したのはケネディだったのです。
ネクタイやスーツの色でテレビ映りを狙ったともいわれますが、当時のモノクロ映像では勝敗に関わるほどの違いは見られません。では、両者は何が違ったのか。
 ケネディの声は張りがあって少し高めです。対するニクソンはソフトで悪い声ではないのですが、演説になると大きく差が出てしまいました。ケネディは顔をほとんど動かさないため、音声が安定しており、大切な単語を最も発声しやすい音程で効果的に響かせています。さらに、単語の切れ目や単語の始めなど、フレーズを意識してまばたきをしていました。まばたきは声のピッチを下げて不安定にするので、フレーズの途中でしないことが鉄則です。
 一方ニクソンは、とにかく無駄なまばたきが多い。話しているときも顔を前後左右に動かすため、声が揺れてしまいます。結果、ケネディの声は自信と誠意に満ちていて、話がまっすぐ視聴者に伝わったのでしょう。選挙では、言葉が大事なのは言うまでもありませんが、声で心を動かしていくということを戦略的に行ったよい例です。

 トランプ前大統領は、俳優に憧れていたこともあり、こう話せば格好よく見えると、彼自身で研究して練り上げた話し方と声を持っていました。うさんくささはあるのですが(笑)、パフォーマーとしての声とみれば、無敵だったと思います。北朝鮮の最高指導者・金正恩氏と会談した際に、意識して相手に温かく響くような、気持ちを開かせるような声を使っていたのも印象的です。

日本の政治家の声は?

 日本でいえば、安倍元首相は滑舌がよくないものの、高めの声でバシッとものを言う人ではありましたよね。それまでは下を向いて話す政治家が多かったですから、プロンプターを駆使した会見映りの良さが支持につながったのかもしれません。
 話すプロといえば、元キャスターの小池百合子東京都知事。声の威力をよく知っていて、声の使い方、出し方、ケアの仕方まで見事だと思います。女性で日本初の首相になるとしたら小池さん以外にいないくらい、声の力を使っています。最近は感情が声に出てしまうところもありますね。都知事選までは本当に見事でしたが、今はあまり体調がよくないのか、覇気や野心がなくなってきたのかなという印象です。
 高市早苗さん、野田聖子さんの声も悪くないですよ。2人ともある程度身長があるので、声帯が長く、地声は低め。そしてその低い声をきちんと使えています。高市さんは、声も含めパフォーマーとして見せようとしているところがあります。やはり政治家は女性も低い声の方が説得力があります。
田中真紀子さんは、父・田中角栄さんの話し方や声の質を継いでいて、ご本人もそれを意図的に見せようとしているところがありました。真紀子さんの話を聞いていると「角さんを思い出す」という人は、郷愁のように、無条件
で票を入れてしまうこともあると思います。ただ、今の若い人で田中角栄さんの全盛期を知らない人には、その独特さから「何だろう、この人」みたいに受け取られてしまうかもしれませんね。

解説:
山﨑広子
さん(やまざき・ひろこ) 
一般社団法人「声・脳・教育研究所」代表。音が心身に与える影響を音響心理学、認知心理学をベースに研究。特に声と心身のフィードバックに着目、3万例以上を分析。著書に『8割の人は自分の声が嫌い』『声のサイエンス』『心を動かす「声」になる』ほか。
https://www.yamazakihiroko.com/

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