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銀幕スターから大使夫人まで、きものがつなぐ豊かな出会い

きもののプロ富澤輝実子さんが語る、『美しいキモノ』編集者時代の撮影エピソードや海外のお茶会、きものを通じた豊かな体験に愛と学びがいっぱい です!

 私が『美しいキモノ』編集部に配属されたのは昭和48(1973)年、きもの業界が華やかなりし頃。岡田茉莉子さん、星由里子さん、司葉子さん、岸惠子さん他、名だたる銀幕のスターがモデルとして登場してくださいました。
 「女優の顔は触らせない」という暗黙の了解があり、フルメイクで現場に入られるのですが、もう息をのむほどの美しさ! 日頃、監督にしごかれているからか体の隅々まで意識が行き渡り、すべての動きが絵になるのです。しかも秋山庄太郎先生の撮影は4×5フィルムで1カット4シュートのみ。圧倒的な美の瞬間がそこに凝縮していました。

忘れられない表紙

 どの表紙も思い入れがありますが、中でも印象的だったのが栗原小巻さんの振袖姿。からし色と栗皮茶の染め分け地に黒で草花風景模様が描かれた大変立派なきもので、提供は「八王子・荒井呉服店」とあります。そう、ファンの方はお察しの通り、ユーミンのご実家です。それまでの「振袖とは清らかで華やかなもの」という固定概念を覆すような一着で、あのシックな振袖姿の衝撃は今も忘れられません。

富澤さんが忘れられない表紙がこちら。
『美しいキモノ』 1973年秋号 撮影/秋山庄太郎  モデル/栗原小巻 婦人画報社刊

女優は肩から振り返る

 女優のきもの姿は第一に足元が違います。足に吸い付くような足袋姿! 誂えた足袋を持参されていて、しわが寄っていたり、余っていたりする方は一人もいません。私もお茶会では外反母趾が矯正されるぐらい、きつーい足袋を履いているんですよ(笑)。
 あとは振り返り方が違いますね。肩を落とし、ゆっくりと仰ぎ見るように、肩から振り返るのです。たったそれだけなのに本当に素敵。ぜひ、皆さんもお試しになって。きものだとお辞儀や頭を下げて見上げるしぐさも雰囲気が出るから不思議です。洋服で同じように視線を送れば、「何を上目遣いしているんだ、生意気だ!」となりそう(笑)。

バルト3国やロシアへ

 裏千家茶道正教授の桂宗裕(そうゆう)先生に誘われ、美容家の松原志津枝先生と私の3人、海外で日本文化のデモンストレーションを行ったこともあります。エストニアから始まり、ラトビア、リトアニア、ベラルーシ、ロシアへ。ボランティアの学生たちにきものを着せてあげたら大変に喜ばれて。
 きものは「布を巻いて結ぶ」というのを繰り返す単純な構造なので、かなりボリュ―ムのある体形の方でも実にうまくいきました。
 また、私たちが和装でレストランを訪れると、若者たちから「オーッ、ヤーポン、ヤーポン!」と歓声が上がり、レッドカーペットのようにパーッと
目の前に道ができたことも。愛好家とも出会い、海外でのきものパワーを実感しました。

ロシア・サンクトペテルブルクのレストランのスナップ。エレベーターの扉が開くと歓声が上がったのはこのとき。左が桂先生、中央が松原先生
リトアニアでのデモンストレー ションでお手伝いしてくれた子大生と。大柄な方が多くても着付けはばっちり

世界の民族衣装の今

 現在、『美しいキモノ』で各国の駐日大使夫人に自国の民族衣装を紹介していただいた後に、きもので撮影するという連載があります。次号で35カ国目ですが、普段から民族衣装を着ているとお答えになったのはインドとインドネシアぐらい。ほぼ、民族衣装は日常にはなく、取材のためにわざわざ借りてくださる方もいて。そんなときは互いに切ない気持ちになります。ガーナの女性大使が「民族衣装は自分が何者であるかを証明し、民族の誇りを表すもの。だから、大切にしなければならない」と話されたことが深く心に響きました。
 今は世界のどの国を見てみても、民族衣装は着たい人と着なければならない場がある人がまとう服になっているようですね。フィリピンでは毎週月曜日、政府の役人が民族衣装で仕事をする日を設け、伝統技術を未来へとつないでいるそう。

日本らしい魔法の言葉

 私の場合、きものを着ていく場は主にお茶会ですが、ここできもの上級者が四季を通して何をどう着るかを学びました。きものの決まりごとに違反するときにうまい言葉があります。「おばさまがこうしていたのよ」と添えればいい。相手も「そうなの」としか言いえない魔法の言葉です(笑)。

 また、かつては百貨店の番頭さんがつづらを持って各家を訪問し、奥さまやお嬢さま、お嫁に行ったおばさままで皆が集まっている前で、反物をくるくると流して広げる光景もありました。お目当てのきものが決まったらおじいさまを呼びに行き、同意を得て帳簿につけて買ってもらう。おじいさまが「そのきものはちょっと……」と思ったら、「家風に合わないね」と一言。似合わないとか、センスを悪く言わずNO のサインを送れます。これも曖昧だけれど野暮ではない、誰も逆らえない魔法の言葉ですね。

改めてきものの魅力とは?

きもの畑を歩いて50年以上。好きすぎてうまい言葉にできませんが、「きものは日本そのもの」だと私は思います。

富澤輝実子さん(とみざわ・きみこ)
1951年、新潟県越後湯沢生まれ。染色・絹文化研究家。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社し、『美しいキモノ』編集部に配属され、副編集長を経て独立。京都芸術大学非常勤講師、日本シルク学会会員。著書に『あのときの流行と「美しいキモノ」』。「水曜日のダウンタウン」の企画番組「すてきに帯らいふ」にも出演。


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