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意外と知らないチョコレートの秘密 なめらかな口どけは油でできているからだった!チョコレート博士の佐藤清隆先生がその不思議な構造について説明します。

チョコレートは油の結晶だった!

 チョコレートは室温では固まっているのに、口に入れた瞬間にスーッととけて、カカオの苦みやフレーバーと、砂糖とミルクの甘みが一気に現れます。それは、チョコレートがカカオ豆の油(ココアバター)の結晶でできているからなんです。
 例えばミルクチョコレートは、ローストしたカカオ豆を温めてすりつぶしてできたカカオリカー(カカオマス)にココアバターや砂糖、粉ミルクを入れてよくかき混ぜ、冷やして作られます。油の結晶が甘みや酸味、苦味など全てを取り囲んでいる状態です。油の中にはフレーバーしかありません。この油の結晶のとける速さがいかに速いか。口の中に入れるとすぐにとけ出してフレーバーがふわっと香るのと同時に、唾液と混ざって甘味、酸味、苦味が広がり、チョコレートならではのなめらかな口どけが生まれます。
 ココアバターが他の油と大きく違うのは、約25℃以下で結晶になるのに、人の体温近くで瞬時にとけ出すこと。食べ物に使われている油の中で、このような性質を持つのはココアバターだけなんです。

くちどけのよさは結晶の形にあり

 チョコレートの油の結晶はとてもクセがあります。1 型から6 型まで6 つの結晶の形があって、おいしいのは5 型だけなんです。例えば「ブルーム」といって、チョコレートの表面に白い粉が吹くことがよくあります。これを食べてもボソボソしておいしくありません。それは、結晶の形が変わってしまって、5 型よりも安定した6 型に移っているからなんです。
 チョコレートを作る際、5 型にもっていくためにテンパリングという複雑な技法があります。とかした約50℃のチョコレートをかき混ぜながら26℃くらいまで冷やし、また31℃まで温めて今度は約20℃までゆっくり冷やします。こうすることで、砂糖やミルクの粒をカカオ豆の油の結晶がきれいに包み込み、おいしいチョコレートが出来上がるのです。また、一度ブルームを起こしたチョコレートでも、再度とかしてテンパリングをすれば、5型のおいしいチョコレートに戻ります。

チョコレート人は体温近くで瞬時にとけ出す。食べ物に使われている油の中でこのような性質を持つのはココアバターだけ

おいしさは苦・酸・甘の“衝突効果”

 チョコレートのおいしさには3つの味が絡んでいます。
 まず苦味。カカオは熱帯で生育しますから、日光は強烈だし、気温は高い環境で酸化を防ぐために、ものすごい量のポリフェノールを持っています。これが苦味のもとです。
 次に、酸味。これもチョコレートの味の一つなんですよ。酸味は発酵の過程で起こる乳酸と酢酸によるものです。しかも、この乳酸と酢酸がないとあの独特のフレーバーは生まれません。少なくとも600種類の分子が寄ってたかってカカオにしかないフレーバーを作っています。
 最後は甘味です。つまり砂糖やミルクの甘さですね。我々は本能的に苦味と酸味を避けるんですが、それを甘味でぐっと引き付けるんです。頭の中では、避けるものと食べたいものがケンカするみたいなんです。そういう衝突効果があって、苦味もおいしさに感じるし、酸味もおいしさに変わる。そういう味は、食べ物ではチョコレートしかありません。

味の決め手となるのは発酵

 収穫したカカオ豆はそのままでは渋くて食べられないので、発酵させます。カカオ豆の周りにあるパイナップルのようなパルプと呼ばれる果肉に含まれる糖分を使って酵母がアルコールを作り、そのアルコールを使って乳酸
菌と酢酸菌がそれぞれ乳酸と酢酸を生成します。アルコールと乳酸と酢酸が豆の中に入っていって生化学反応が起こり、カカオ特有の香りのもとが生まれ渋みもマイルドになります。
 この手順に手抜きがあると絶対おいしい豆はできません。僕に言わせれば、カカオ豆の発酵がうまくいくかどうかでチョコレートの味の6 割が決まりますね。農園では発酵後に豆を乾燥させるところまでやります。その豆が出荷され、チョコレート会社によってロースト、加工されチョコレートが出来上がります。

カカオフルーツ。中にあるカカオ豆がチョコレートの原料となる
木になるカカオの実

チョコレートの長い歴史

 カカオはギリシャ語で「神々の食べ物」を意味する「THEO(神)BROMA(食べ物)」という学名を持っています。もともと人間はカカオ豆でなく、周りの甘い果肉を食べていました。
 また、5 千年前のエクアドルではカカオの果肉を発酵させた酒を造っていたと考えられています。今でもカカオの果汁を発酵させた「カカオワイン」なんていうのがありますね。
 カカオ豆が食べられるようになってからも、カカオ豆を炒って砕いたものと茹でたトウモロコシを水に一緒に入れて飲むなど、今とは全く違う食べ方で食事に近いものでした。
 15 世紀末になるとヨーロッパ人が中南米へやって来て自国へカカオの苗を持ち帰ります。ちょうどその頃、砂糖の大量生産ができるようになり砂糖の供給も進みます。これにより、ヨーロッパでは、カカオに砂糖とバニラを入れた飲み物が生まれ人気になりました。ただ、カカオは飲むまでにすりつぶすなど手間のかかるものでしたから、その後ヨーロッパに入ってきた紅茶やコーヒーの方が手軽に飲めるということで、カカオの人気はなくなっていきます。
 そこへオランダのバン・ホーテンが1828 年にココアパウダーの製造法を発明します。オランダはカカオの最大貿易国でしたから、カカオの需要が落ち込んだのを何とかしなくてはと、バン・ホーテンが悪戦苦闘して、ドロドロのカカオリカーを布でこして絞って油を出せば、粉になることを発見しました。そのココアパウダーにミルクと砂糖を入れて簡単に作れる飲み物としてカカオは需要を取り戻しました。
 一方、カカオの粉を作るときに絞りだした油(ココアバター)は、ろうそくなどに使われたり、捨てられたりしていました。そこに目を付けたのがイギリスのジョセフ・フライです。1847 年に砂糖を入れたカカオリカーにココアバターを付け加えて冷やし固めると、チョコレートができることに気付きます。これがダークチョコレートの原型です。それまで飲み物だったカカオが、食べるチョコレートになったんです。そこからイギリスでは板チョコの大量生産が始まり、チョコレート会社が繁盛します。
 1875 年になると、スイスのダニエル・ペーターがミルクチョコレートを作り出します。そうしてチョコレートの中心がイギリスからスイスに移ります。現在、チョコレートの研究が進んでいる国にベルギーが挙げられます。国家プロジェクトとして世界で最もおいしいチョコレートを作るために、ゲント大学を中心にしてヨーロッパ中のチョコレートを研究開発しています。

話:佐藤清隆さん(さとう・きよたか)さん
広島大学名誉教授。工学博士。専門は食品物理学で、40年以上にわたり食品油脂の物理学的研究に従事。チョコレートについては、1985年頃からの民間企業との共同研究を手始めに基礎と応用の両面で世界的な研究を牽引。佐藤研究室で行われた基礎的な研究が新しい製品開発につながった例もある。著書に『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン』『チョコレートの散歩道』『チョコレートの科学』など。


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