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男のつもり、女のつもり XとYだけで性は決まらない~XXが女、XYが男の二者択一ではなく、性はもっと多様なものでした。性決定のメカニズムを研究する黒岩麻里教授が詳しく解説します。

XXだと女性、XYだと男性は必ずしもそうではない?

 私たち人間は、昔から分けたがる、定義付けたがる生き物だと思うんです。文化的にも政治的にもそうだったと思うし、科学的にも分類したがったんですね。それで、染色体の組み合わせがXY は男性、XX は女性と分類しようとします。ところが、実際のところXY だけど女性の方もいますし、XX だけど男性の方もいるんです。

 例えばXY の女性は、生殖器である子宮や卵巣の発達が遅く、初潮が来ないとか、月経が来ないなどの症状があります。子宮や卵巣がないことも多く、精巣があることも。ただ、それは検査をしないと分からない。不正出血があるから、それを生理不順だとずっと思っていたケースもあります。また、不妊治療をするときに初めてXY であることが分かることもあります。見た目では全くXX の女性と変わらないし、積極的に調べない限り本人も気付かない場合もあリます。
 XX の男性は、Y 染色体がないので精子ができません。不妊治療で分かることもありますし、早い時期に見つかる場合もあります。さらに治療を受けない方も実は結構いらっしゃるのではといわれています。 また、マイクロキメリズムという現象で、男の子を妊娠したお母さんに、赤ちゃんの細胞が移ることがあります。胎児のY 染色体が母親の体内に移行する。それは、パートナーのY が移行したということ。それで体に何か変化が起こるのかどうかはまだ分かっていないです。
 このように、女性はXX で男性はXY が絶対ではない、という事例がたくさん見つかっているし、これからもっと見つかると思います

ヒト(男性)の染色体。ヒトは基本的に一つの細胞の中に46本、23対の染色体を持つ。そのうち 44本は常染色体、残りの2本は性別を決める性染色体。ほぼ全ての場合、 性染色体の組み合わせがXYだと男性、XXだと女性

男と女を行ったり来たりもっと自由な構造だった?

 哺乳類はすごく複雑な精巣と卵巣を持っています。そして、それぞれの性能がいいのでたくさん精子が作れたり、より良い卵子が作れたりします。実は精巣や卵巣の元になる器官はXY もXX も一緒なんですよ。それが生殖腺です。例えば遺伝子の働きをドミノに例えると、XY だと右に倒れて生殖腺が精巣になり、XX だと左に倒れて卵巣になる。どちらに倒れるのかを切り替えるのが、性決定遺伝子の役目です。精巣と卵巣は全然違うように見えるけど、元は同じです。

 私たちはそのドミノが一度倒れたらもう元に戻れないと思っていますが、他の生物たちは、簡単にそれを修復し直すことができるんです。1回精巣を作ったとしても、もう1回壊して卵巣に作り替えることができます。その戻り方は、例えば魚でもパターンがいくつかあって、精巣から卵巣は作れるけど、卵巣から精巣は作れないとか、その逆もありますし、両方何回でも作り替えられることもあります。

 哺乳類も元々はそんなにちゃんとした精巣と卵巣を持っていなかったので、性転換はできたはずなんですけど、だんだん作り替えにくく、複雑に進化しすぎたんでしょう。それで、本当は戻りたいけど戻れないから、さまざまな状態ができてくる。それは、もう生物として当たり前のことです。
 性というのは、連続的で行ったり来たりできるはずなんです。実際に雌雄はつながっていて、いろいろな状態があるということです。

卵子にX精子、あるいはY精子が受精。染色体の組み合わせは受精の時に決まる

染色体の組み合わせは、1対1の関係ばかりじゃない?

 ヒトの染色体は基本的に46本といわれていて、精子や卵子を作るときに、これを半分に分けます。そうじゃないと、46本の卵子の染色体と46本の精子の染色体が受精して92本になってしまう。人間は染色体の数が2倍、3倍になると絶対生きていけません。動物や植物の中には、3倍体4倍体になっても全然平気な生き物がいます。でも、ヒトはそれができないから半分に減らします。

 卵子はXX の女性が作るので、X を1本ずつ分けたX を持ちます。男性の場合は一般的にはXY なので、X 精子とY 精子の2種類ができます。このどちらかが受精して、受精卵がXX になるか、XY になるかが決まります。時々この染色体を分ける工程がうまくいかなくて、X が2本入った卵子になることがあります。分裂がうまくいかなかったことを染色体不分離といいますが、染色体不分離は一般男性、女性の作る精子と卵子のうち、何割かは必ず存在しているといわれています。
 例えば、XX という卵子にX精子が受精するとXXX になります。XXXの女性は妊娠・出産も可能ですから全く気付かないこともあります。また、性染色体がない精子や卵子が受精するとX が1本のXO ということもあり、染色体は45本となります。

染色体のメカニズムは不思議がいっぱい?

 常染色体(46本の染色体のうち、性染色体以外の染色体)でも、性染色体と同じように不分離が起きます。ただ、常染色体に関しては、21番の一番小さい染色体以外は3本になったり1本減ったりすると、必ず死んでしまいます。受精卵の段階で死ぬか、生まれても早く死んでしまう。唯一長く生きられるのは21番染色体が3本の状態で、これがダウン症です。

 一方、性染色体は、本数に増減があっても、生まれてくることがOK ですよ、という幅が常染色体より広い。それはなぜかというと、X 染色体の不活性化という現象にあります。Y 染色体というのはとても小さくて遺伝子が50個ぐらいしかない。それに対してX は2,000個以上の遺伝子があるんです。こんなに遺伝子の量が違うので、XX だと4,000以上の遺伝子があるけれど、XY だと2,050ですから、約2倍の差があるわけです。
 X には性を決める以外にも、男女共通で働く遺伝子もいっぱいあるので、そんなに差があると都合が悪い。だから女性のXX のうち1本は使っていません。これを不活性化といって、X 染色体の1本をギュッと抑えつけて、見た目はXX で2本あるけれど実質使ってるのは1本にしています。例えばXXX の3本になっても、1本だけ使うように2本を抑えるんです。XXY だったら、X を1本抑えて、XY の形にします。だから、多少本数が増減してもある程度OK ということになっています。

X染色体とY染色体の遺伝子数の違い

Y染色体が消えるというのは本当? 男はいなくなるの?

 以前からY 染色体がいつか消えるといわれていて、私も実際に消えると思っています。例えば、生まれたときはXY の細胞の男性も、年齢とともに細胞の中のY がどんどん消えてY を持っていないXO の細胞になっている。70代の男性の1割以上でY が消えている、80代で8割ぐらいは血液細胞にY がないことなどが報告されています。最初は年を取るほどY が抜け落ちる加齢現象だと思われていましたが、調べると、胎児でも子どもや青年でもY がなくなることが分かりました。そもそも、Y は抜け落ちやすいことが分かってきています。
 私が研究したアマミトゲネズミは、すでにY 染色体が消えていてX 染色体1本のみのXO 型です。ヒトよりも進化を先取りしている存在ですね(笑)。アマミトゲネズミのオスは普通に生きています。だからY が消失しても何かが起こるわけでもない。オスもいなくなりません。Y がなくてもオスが生まれる仕組みを獲得していれば、Y なんて捨ててもいいという話です。それが生物の基本で、全然問題ないよ、という。

 人間でも、染色体はXX だけれど表現型は男性であるというケースが報告されています。こういったケースは性分化が通常のように進まない疾患として、現在は医療の対象になっている場合もありますが、そういう方たちがいる意義は生物学的にはすごく大きい。私たちがいろんな形に進化できるポテンシャルがあると捉えることができます。多様な性を単に少数派として捉えるのではなく、性の多様性にこそ意義があって、生物として重要な存在であるということが広く理解されることを期待します。

話:黒岩麻里さん(くろいわ・あさと)
1973年京都市生まれ。北海道大学大学院 理学研究院 生物科学部門教授。97年名古屋大学農学部卒業。2002年同大学大学院生命農学研究科(応用分子生命科学)にて博士号取得。日本学術振興会特別研究員を経て、03年北海道大学先端科学技術共同研究センター講師。16年より現職。11年染色体学会賞、13年文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。著書に『消えゆくY染色体と男たちの運命』『男の弱まり』など。

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