大学教員公募書類の内容公開: 不採用時と採用時の書類の比較 (教育への抱負)

世の中に、公募書類書きへのノウハウが書かれた記事はそれなりにありますが、じゃあ自分の書類はどこが悪くて、どう改善すればいいんだ?と、実際の文章と対面すると分からなかったりします。今回は、自分がどのような所をどのように改善してきたかを具体的に示すため、自分の公募書類を可能な範囲で公開し、どのような表現が良くなかったかなど議論したいと思います。ただし、「これまでの研究の概要」や「これからの研究計画」などは、かなり個人に寄ると思いますので、より多くの人に共通しそうな「教育への抱負」に関してのみ取り扱いたいと思います。

まず、私自身の実績としては、国公立大の公募は全敗ですが、私立大の場合は任期無し職、または任期無し転向可能性ありの職で、書類審査3勝3敗となっており、勝率5割でした。私立大学の公募書類に関しては、参考になる点があるかもしれませんが、国公立大に関しては当てはまらない可能性がありますので、予めご了承ください。研究分野は物理学の実験系です。教育経験は浅いので、若い人の方が参考になるかもしれません。また、「教育の抱負」などでネット検索をすると、いろんな分野の書類がヒットします。より自分の分野に近い表現を探すのも良いと思います。

具体性がなく、共感を得られない表現の例

まず、公募を書き始めた時、一番やりがちだったなと思う点を紹介します。特に最初の頃は、教育経験が無かったり浅い状態で「教育への抱負」に向き合うことになると思います。私の場合は、はじめは何を書くべきか本当に分からず、とにかく埋めるぐらいの気持ちで書いていました。今、改めて読み直してみると、「どのように考え、どのような教育をして(行動を起こして)きたのか?」という情報が全く無いなと思いました。

まず最初の以下の例文を読んでみて下さい。これが学部教育への抱負の一文でした。
「申請者は、日頃から○○実験や○○の設計、○○実験、自ら計算プログラムを書いて○○計算などを行なっている。そして、それらの技術を直接大学院時代に後輩に教え、ポスドク時代には大学院生に教えて来た経験がある。例えば、○○大学の物理学実験にある多くは日頃の研究の内容と直接関連するるため、採用後すぐに複数担当できる。実験的なアプローチが如何に物理学において重要で魅力的なものかを伝えられるような授業を心がけたい。」

上記の文章では、メッセージが2つあると思います。ひとつは「経験があり、教えられる」という事と、もうひとつは「魅力的な授業にしたい」という事だと思います。そして、この文章には一つも良い点が無いなと今は思います。
まず第一に、「経験があり、教えられる」という情報は、ほとんどの場合効果的ではない気がします。実際に、大学に着任したら、自分で好きな科目を選んで教えるわけでは無いですし、ほとんどの授業は、教員の多くが学び直しながら教えているのが現状だと思います。そして、教えられそうな人を少なくとも面接に呼ぶはずなので、あえて「教えられる」という情報は言う必要がないと思います。前提として「教えられる」はずなので、「どのように教えてきたのか?」をちゃんと語るべきだと思います。この時、やはり具体的なストーリーがあると良いです。特に、個人的には「苦労した経験」が共感を生むと思います。私大で教えている人で「教育は簡単だねー」って言っている人は、おそらく居ないと思います。皆さん難しさを感じながら、試行錯誤を繰り返しながら日々教育をしています。なので、苦労話は教育をちゃんとしてきた証なので、胸を張って書くべきです。そして、重要なのはその苦労をどう乗り越えてきたのかです。その困難を乗り越えてきた自分独自のノウハウみたいなものが、その組織での教育現場でも活躍しますよ!と宣伝できると効果的な文章になると思います。そして、そういった文章を書くためには、その組織でどんな教育をしているかを知っていることが前提になります。
もう一点「魅力的な授業にしたい」みたいな願望も、誰でも書けてしまう具体性の無い文章です。そもそも「魅力的」と言う言葉が曖昧です。例えば、「〜の結果、授業アンケートでは、90% 以上の学生が面白かったと答えてくれ、魅力的な講義として??にも取り上げてもらった」みたいなエピソードがあればもちろん良いですが、そうでない場合は、書く意味のない内容だと思います。とにかく、自分の経験やエピソードを持ち出して、説得力を持たせる文章を意識すべきだと思います。

教育現場での教育の経験がない場合は、研究活動を通した学生への指導でどんなことを考え、教育してきたのかを書くのでも良いと思います。何でも良いです。とにかく、どんな事を理想として、どんな指導をしたのかを可能な限り思い出しながら、その組織が目指す教育と何か共通することが無いかを考えてみて下さい。そして、上記の通り苦労話やその改善策みたいなストーリーがあると良いです。

一方的な表現の例

「申請者は〇〇を含む様々な海外研究機関と共同研究を進めており、学生が海外で活躍できる機会を提供できる。例えば〇〇実験などは、小規模な国際チームで、短期間に開発/観測/解析を進めるため、国際力を高めながら研究能力を高める絶好の機会である。必要な時は直接海外へ渡ってもらい、国際色豊かなチームの中で研究を進めながら、研究力/国際力の高い学生を育成したい。」

これらの情報は、基本的には「研究室独自の教育の強み」になると思います。もし、その所属組織が明確にこういった国際力を求めている場合は、書くべきだと思いますが、書くとしても具体的な情報が少なく良い印象は与えられない文章だと思います。結局は、国際共同研究をやっている人であれば、誰でも書けちゃう文章になっているのが問題点です。国際力の有無だけなら、実際は論文に並ぶ名前を見るだけで判断できます。その中で、確かな経験 (教育に繋がるもの) が無いのであれば、書かない方がベストだと思います。

書く場合は、より具体的に「国際チームの中で、学生をどのように成長させてきたか」みたいな情報を書くべきです。どのような方針でどんな教育をし、結果としてどのような学生を育成できたか、また、困難だった点はどんなことで、今後の教育でどのように改善していくのか、それは本当にその新たな組織で現実的な教育であるのか?など、そのような問いをしながら、このような文章は準備すべきです。基本的には、相手の組織で教育することを想像し、そこの教育方針にフィットするように自分の経験を元にした方針を書くべきで、単に自分の強さを表現したいのであれば、それは教育への抱負には向かないと思います。教育は、双方的なものであるので、どんなキャッチボールをしてきたかが重要かなと私は思います。

実際に審査を通った「学部教育への抱負」の例

これまで色々とダメ出しばかりしてきましたが、実際に書類審査を通った文章がどんなものだったかを見てみたいと思います。

「現任校で教育する中で、主要企業へ多くの学生を輩出する私学は、日本社会における人材の宝庫であり、私学教育に大きな可能性を感じてきた。そのような環境下でも、学生の学問に対する興味・やる気・能力は様々で、同じプログラムを通して教育する事の難しさを実感している。この経験を踏まえて、個性を尊重し、得意分野は更に強く、苦手分野も一定水準以上まで伸ばすことを理想に、学部教育に力を入れたい。
特に実験の授業では、複数の実験が同時に進行するため、うまくいく学生とそうでない学生が必ずいる。その中で、「サポート教材」の提供がとても有効だと感じた。例えば現任校では、全員が授業内に遂行できる課題は設けた上で、自力で問題解決できるための補足資料と発展的な課題を準備する事で、進度が異なる学生それぞれへの対応が行き届く、新しい授業形態に改革した。結果として、うまくいかない学生からも「すごい!」や「面白い!」という言葉が出た際には、その都度、学部教育の重要性ややりがい、物理学の面白さを再認識する。授業内容を自身の物理学として消化できるきっかけは一人一人異なるため、そのチャンスを広く散りばめた授業を目指し、改善を続けたい。」

この内容は、「学部教育への抱負」と自らセクションを組んで書いた内容を全くそのまま公開しています。大したことを書いていないように見えるかもしれませんが、とにかく意識したのは、読んでくれるであろう教授陣が共感してくれる文章です。「私学教育への前向きな姿勢」「その中で難しさを実感」「それでも理想を掲げ、改善を続ける」みたいな要素が見られると良いかなと感じました。また、あからさまには書いてませんが、大学の掲げる教育像とマッチするように書いています。

私大の場合、教育上の困難の一つとして一番使いやすいものが「学生の幅の広さ」だと思います。私が所属した私大の全てで、教員の皆さんがこのことに関して口にしていました。トップの学生は、とても優秀でやる気もありますが、下位の学生は本当に (本当に) 勉強が苦手だったり、全くモチベーションを持てずに大学に所属している場合があります (病んでしまっている場合も多い)。特に、その成績下位の学生の教育をどうするかと言う点は誰もが悩んでいるところで、接し方は人それぞれです。そして、答えもないので、ちゃんと悩みながら改善できる人だ、と思ってもらえると、大きく信頼を得られるのではないかと思います。個人的には、非常勤講師でもいいので教育経験を積まないと、個人的なエピソードが書けないので、こういう点が教育歴の有無で差がつくところなのかなと思います。

実際に審査を通った大学の知名度向上を目指した抱負の例

私立大学と国立大学では、少子高齢化に伴う影響への危機感が全く異なります。今後 20年で、多くの私立大学が運営困難になるはずです。ですので、高校教育との連携や市民講座などを通した顧客との繋がりは、重要な大学運営のひとつとなります。そこへ強く貢献したい、出来るという事を示すことは効果的だと思います (内部には、このような仕事が得意な人も苦手な人もいるので、得意なのは強さになります)。特に、「この組織だからこそ、自分の理想的な教育が可能」であることを、可能な限り具体的な事例を出して、プレゼン出来ると良いと思います。私自身は下記のような文章を準備していました。

「私が○○大学の教員を志望する理由は、○○を身近に感じてもらう教育を実践するために素晴らしい環境だと思ったからである。(中略) 貴学でも、(あるサークル・部活) は ○○年以上も歴史があり、○○人にも及ぶ学生が充実した活動をしている。キャンパスのすぐ側には「(ある施設)」もあり、私も家族で訪問した際、多くの市民が自然科学の魅力に惹かれている姿に感銘を受けた。このような環境で市民や学生に根付いた○○への好奇心に、私は大学教員として応えたい・伝えたい事がたくさんある。(中略: 大学開催の市民講座への自分の分野の強さ、具体的な経験の例をあげる) ○○大学だからこそ、近い距離から市民や学生の声を拾い集め、大学での科学教育のあるべき姿を模索し続けられると感じた。」

学部教育と同様に、具体的な自分の体験・経験も踏まえながら、なぜこの大学だと良いかを言えるように構成するよう心掛けました。多くの研究者の方がアウトリーチの経験があると思いますので、それらを「一般市民への教育活動」として、大学で実際に行われている活動と並べながらアピール出来ると良いと思います。私の場合、自分の強みと大学側の具体的な活動や方針がうまくマッチするように書けたなと思う書類は全て通りました。文章の構成としては、悪くないと思いますので、もし少しでも参考になるのであれば、嬉しいです。

教育への抱負は、私の場合はこの「一般市民への科学教育への抱負」と「学部教育への抱負」「大学院・研究室での教育への抱負」の三部構成で書いていました。広い所から徐々に専門的な内容の教育へ向かうイメージです。最後の大学院での教育の話は、分野特有の話題も多いので、割愛します。

最後に

私立大学において教育は、自分の研究への「投資」だと私は思います。国立大と比べると受け持つ講義の量は多いですが、これは逆に言うと「将来の共同研究者を丁寧に育てられる」という利点があると思います。幅の広い学生の学力分布の中で、上位の学生さんが集まると、研究室の研究推進力は国立大に匹敵する(場合によっては超える)ものになると考えています。私自身、そのように考え始めてから、教育への意識が変わりました。

大学教員に着任する際、恩師が「人を育てるのが一番難しい」と言っていた事がとても印象に残っています。「研究だけしていたい!」とポスドク時代は考えていましたが、教育も研究に繋がると考えると、一人でやるよりも楽しいかもしれないと思うようになりました。教育はこうあるべき、みたいな事をいう教員になりたいとは思いませんが、自分なりに悩みながら、学生さんと楽しく研究できる環境を作っていきたいなと思っています。

また、結局は公募への専門分野のマッチングと業績が第一に大きいとは思いますので、そこを上手く伝える事が最初かなと思います。そして、今回の教育への抱負で議論した内容は、研究内容に関する書類にも関連するところもあると思います。一人でも多くの大学教員を目指す人の参考になると嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?