エーミールは許さないし、兵十は引き金を引く

今回は、国語という教科の「読む」という領域について考えていこうと思う。

「読むこと」は、細分化すると「語彙・文法」「論理(文脈)」「語り」の3つと「常識」。この4つに分けられるのではないだろうか。例えば、次のような文があったとしよう。

私は試合に負けて、涙を流した。

(オリジナルの文)


「語彙・文法」とは、この文に出てくる「試合」「負ける」「涙」「流す」それぞれの辞書的な意味や、「私は」が主語で・・・、といった日本語のルールのことで、それらを理解し、この文に当てはめることが「読むこと」に求められる。

「論理(文脈)」とは、例えばこの文の後に

高校生活最後の大会ということもあり、試合が始まる前からすでに目頭は熱くなっていたが、敗退するまでは泣くまいと、必死にこらえていた。

(これもオリジナルの文)

という文があった場合、「私」は「高校生活最後の大会だったので、終わってようやく涙を流せている。」つまり、「負け」たことと「涙を流した」ことは因果関係ではなく順接関係にあるのだ、などと考えることができる。このような関係性は「論理(文脈)」として、「読むこと」の一つの側面と言えるだろう。

「語り」とは、この文は「私は」と書かれているので、「試合に負けて、涙を流した」人物=「この文を語っている人(=「私」)」という構図が成り立つ。そしてこの文は、「涙を流した。」という過去形になっているので、「私」という人物が「涙を流した」のはこの文が語られたよりも以前のことだ、と考えられる。このような人称や時制について、「語り」としてまとめてみた。

この「私」は、イコール「この文の作者」とは限らない。作者が創り出した架空の人物の手記をもとに展開される物語、という設定かもしれないからだ。

「語り」は、先に述べた2つと比べると難しいような気もする。しかしながら、国語の教科書に掲載されている文章(文学的文章)は、この点について考えさせるようなものが多い。例えば、ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」では、「私」のもとを訪れた「友人」が、ちょうの標本を見て、「もう結構」と言ったシーンから始まり、その後「友人」に語り手が交代し、(「友人」が「私」になり)物語が進行していく、という構成になっている。また、井上ひさし「握手」でも、「私」が死ぬ前の「ルロイ先生」と会った場面は過去であり、その中に「私」が「ルロイ先生」の孤児院にいた頃の回想があり、最後に「葬式」という少し前の過去があり、最後に現在地点に戻ってくる、という構成になっている。

これら3つー「語彙・文法」「論理(文脈)」「語り」ーについて考えることが「読むこと」のすべてである、と言ってもよさそうだが、最後の「常識」は重要である。 

例えば「涙」とは「目から出てくる無色透明な液体」のことだが、私たちはそれが「悲しい」ときや「悔しい」とき、「感動したとき」に流れるものだと知っている。また、「高校生活最後の大会が終わる」ことは「感動すること」だということも知っている。さらに、特に明示がなければ、「私」というのは「私さん」という固有名詞ではなく一人称であり、この文章を実際に創り出した実在の人物であることがまず疑われる、ということも知っている。こうした事柄は、最初にあげた文を読むときに無意識に前提とされている。これらを「常識」という言葉でまとめてみた。

「常識」は、ある程度使わないと文章を読むことすらままならないが、使いすぎるのも「読むこと」にとってはよくない。例えば、「私は試合に負けて、涙を流した」理由を問われたとき、後の文に「高校生活最後の大会だったので」云々、という文が続いていたとしても、それを読まずに「試合に負けたから悔しかったのだろう」と「常識」によって早合点して誤読してしまう可能性があるからだ。

とはいえ、「高校生活最後の大会だったので」云々も、後の文を読むまでもなく、「常識」の範囲内で想像できてしまうといえばできてしまう。「文学」とは、読者に共感や親近感をもたらすものが多いため、それは当たり前といえば当たり前である。

では、安易に「常識」を使わせないように「読むこと」を実践させ、その他の「語彙・文法」「論理(文脈)」「語り」にもバランスよく目を向けるようにさせるにはどうすればよいか。私は、「古典」が国語で用いられる理由の一つがここにあるのではないかと思う。異なる時代・異なる価値観の文章を前にすると、現代の「常識」が通用しない場合がある。(「語彙・文法」も一部通用しないが)

平家物語「弓流」の一部を引用する。

与一鏑を取つて番ひ、よつ引いてひやうと放つ。
小兵といふ条、十二束三伏、弓は強し、鏑は浦響くほとに長鳴りして、過たず扇の要際一寸ばかり置いて、ひいふつとぞ射切つたる。鏑は海に入りければ、扇は空へぞ揚がりける。春風に一揉み二揉み揉まれて、海へさつとぞ散つたりける。皆紅の扇の日出だいたるが、夕日に輝いて白波の上に浮きぬ沈みぬ揺られけるを、沖には平家、舷を叩いて感じたり、陸には源氏、箙を叩いて響めきたり。

あまり感に堪へずと思しくて、平家の方より年の齢五十ばかりなる男の、黒革威の鎧着たるが、白柄の長刀杖につき、扇立てたる所にたちて舞ひ締めたり。伊勢三郎義盛、与一が後ろに歩ませ寄せて「御諚であるぞ。これもまた仕れ」と云ひければ、与一今度は中差取つて番ひ、よつ引いて舞ひ澄ましたる男の真只中をひやうつばと射て、舟底に射倒す。「ああ射たり」と云ふ人もあり、「嫌々情なし」と云ふ者も多かりけり。

「日本古典文学摘集」(https://www.koten.net/heike/)をもとに作成。


以上は、中学2年の教科書(大手2社)でも扱われている部分である。平家側の「年の齢五十ばかりなる男」が舞を舞った理由、その男を与一が「舟底に射倒」した理由などは、現代の「常識」で考えることは難しく、前後の文脈(論理)を踏まえる必要があるのではないだろうか。

古典の授業というとよく、「昔の人も現代の私たちと同じような感覚を持っていたのですね」といった、エモさを前面に押し出した授業が行われがちだが、このように考えると、むしろ「自分の常識とは異なる部分」にこそ教材としての価値があると言える。

現代文においても、「エーミール」は謝っても許してくれないし、罪を償い続けた「ごん」は報われることなく銃殺される。「謝ったら許してくれる」「罪を償ったら報われる」というのを一般的な「常識」と捉えるのであれば、これらの展開は「常識」に反している。

よく「国語で読む文章は胸糞が悪くなる」と言われることがあるが、それは安易に「常識」を使った読みに陥らないような題材が選ばれているのかもしれない。

というわけで、国語の「読むこと」とはどういうものなのか、ということから出発し、最後には「なぜ国語教育に古典が用いられるのか」についても少し述べることができた。なお、古典に関して述べたことは、あくまで「国語教育において古典を利用するメリット」に過ぎず、アカデミックの世界で古典文学を研究する意義についてまた別である、ということを(言うまでもないが)最後に言い添えておく。

補足①
高木まさき「教育改革の中の古典教育」(1999)でも「現代では、異文化の感覚は地域の隔たりではなく、世代の隔たりにおいてこそ実感される。自国の古典は、たんに伝統だとか現在に通じる普遍性などと言って安心してはいられないのである。むしろ古典のもつ異質性を認識し、その理解をいかに学習活動の中に組織できるかというところにこそ、古典教育の現代的な価値の中心が見出されるように思われる。」と述べている。同じ言語系の教科に英語科があるが、英語は「国際語」としての側面が強く、また現代日本語との文法的な差異も大きい。そもそも日本語は孤立語(日流語族)のため、「異質性を認識」するのに「古典」はちょうどよいポジションにあるとも言える。

補足②
よく勘違いされるが、国語は道徳ではない。実際に教科書を編纂している人がどのように考えて題材を選んでいるかは別として、少なくとも「少年の日の思い出」で「一度犯した過ちは取り返しがつかない」ということを学んだり、「走れメロス」で「人を信じる心は素晴らしい」ということを学んだりするのはあくまで副次的なものであって、第一義ではないはずだ。どの題材にするかは極論、数学の文章題で「太郎くん」が買うものを「りんご」にするか「みかん」にするか、に過ぎないと個人的には思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?