連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』三章 キャバ嬢(一)
しづえママのひとことから、思いがけない自身の混乱状態を経験した順平だった。店を飛び出してからどこをどう歩いたか、西本もいない。ふと気づくと児童公園が目にはいった。
順平は頭を冷やそうと公園のベンチにすわって、しづえママのひとこと「順ちゃんが好みなの」の意味を落ち着いて考えなおしてみた。そうすると、自分があまりにひとりよがりの妄想をしていたのだと気づくにいたった。
ママはあれだけの美形だ。世の男が打ち捨てておくはずがない。きっといい人がいるだろう。してみれば、オレがなんと思おうと手の届く人ではない。俺に気があるなんていうのは考えすぎの曲論だ。ましてや告白されたらどうしよう、なんて考えること自体ナンセンスなのだ。
万一告白されたとて、動じる必要はない。若見え以外何の取り柄もないオレだが、開きなおったオレの意気地を認められたということに自信を持てばいい。その際は今までおのが心中に秘めてきた、ママへの憧憬をありのまま告白してもいい。その上で毅然として和美への貞淑を盾に丁重にママへお断りをすればいい。何を迷うことがあろうか。このようにいったん決めた心はゆるがないと、このときは順平は確信していたのだが……。
二三日たって、西本がやって来ていきなり部屋の前から入るでぇ、と声を掛けてきた。順平は前夜、しづえママのひとことをまた思い出してよく眠れなかったので、うとうとしていたのを起こされた。
「かずちゃん買物へ行ってくるそうやで」と西本がいま来た時に出会いざま和美から聞いたことを伝えた。
「そうか。ほんで、今日はなにや」と順平が問う。
「おまえの肩やがなぁ。心配してるんやで、これでも」と西本が言えば、「おかげさまで、このあいだ無事に抜糸が終わったわ。来週からリハビリらしいで」と順平が他人事めかして言う。おたがい相手の気持ちは察してはいるが、改まって言うのは気恥ずかしい。メンドクサイ奴らだ。
「おぉそうか、よかったな。リハビリ、辛そうやけど。ガンバレ!」西本が順平を激励して続ける。「それと、このあいだしづえママの店からお前が急に店飛び出して、オレをおいてきぼりにしたやろ。ひどい奴っちゃ。あの時の落とし前つけてもらお思うてきたんや」笑いながら言う。
「このあいだやて?……」と言いかけた順平は、しずえママの店での一件を思い出しざま、また強い動揺を感じた。
「おまえ、どうしたんや?赤い顔して」と西本が聞く。「オレの目は節穴とちゃうで。ママへの気持ちがお前を悩ますんやろ」
「ママへの気持ち?そんなもんあれへんで」順平が西本の言を否定して、話題を逸らそうと続ける。「ああ、ごめんごめん。あのときはそうそう、急に用を思い出しただけやで。このあいだっちゅうたら、おまえキャバクラのことを話したそうにしてたな。また蒸し返すんか」
あせる様子の順平の、いつになく早口で話す様子を観て西本は「やっぱり、そうやったんやな。こいつとは長い付き合いやから考えてることはわかるわ」と納得した。
西本は、しづえママに対する順平の余情についてはしばらく措いて、様子を見ることにした。
もりやみほ さんの画像をお借りしました。
最後までお読みいただきありがとうございました。記事が気に入っていただけましたら、「スキ」を押してくだされば幸いです。