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  • 三島由紀夫「憂国」以後の短編感想

    三島由紀夫「憂国」以後の短編の感想をまとめています。読むときの参考になれば幸いです。ただ悪口が多いです。

最近の記事

フィリップ・ロス「プロット・アゲンスト・アメリカ」

あらすじ:第二次大戦時、元飛行士にして反ユダヤ主義者のリンドバーグが大統領になっていたら歴史はどうなっていたか、ユダヤ人一家の子どもの目線から語る小説。 全体では531ページあるが、様々な補足資料(または訳者の親切心)が加わるので本文は480ページほど。 全九章を使い、リンドバーグが大統領の座に就いてからアメリカに潜在的にあったユダヤ人への憎悪が露わになっていく過程を子どもの目から捉えていく。  この記事では、長い大河小説とも、現代風刺小説とも、または一種の私小説とも取れ

    • 面白かった短編小説+戯曲

      偶然面白い短編と戯曲を連続して読んだので紹介したい。 中島京子「パスティス」より―「ゴドーを待たっしゃれ」 「パスティス―大人のアリスと三月兎のお茶会―」と題された本作は、「もとを辿ると「ごたまぜ」というような意味に行きつく」パスティーシュ―古今東西さまざまの名作傑作をパロディにした短編集。 その中でも個人的に好きなのが戯曲「ゴドーを待たっしゃれ」。サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を、もし坪内逍遥が訳していたら? 坪内逍遥は元々シェイクスピア(沙翁)を訳して

      • ダシール・ハメット「マルタの鷹」

        マルタの鷹 1930年に発表されて以来、ハードボイルド小説の古典とみなされている本作をどうにか読み終えたので感想を書きたい。 本作はサム・スペードという冷血漢の私立探偵を主人公に据えたハメットの連作シリーズの一つに当たる。 表題「マルタの鷹」の正体は歴史的価値を持つ鷹の彫像(さる騎士団が教皇に贈り物として捧げたが海賊に略奪された後に人から人へと渡った)で、時価百万ドルは下らないらしい代物だ。 この鷹を巡って、怪しげな美女オショーネシー、レヴァント人(ギリシャ系民族)の

        • 三島由紀夫「英霊の声」(追記)

          【英霊の声】あらすじ:川崎という盲目の青年が、神を憑依させる。彼らはそれぞれ二・二六事件の将校たちと、神風特攻隊の青年たちと名乗る。 その彼らが、戦後日本と昭和天皇への恨みを川崎の口を借りて列席者に語る……というのが作品のあらましだが、あまりにも粗末な出来だ。 三島いわく能の形式を借りたらしいが、そんなことはいい。 とにかく何もかもだらしない。 まず、作者が神風特攻隊の人々の「声」を奪っているのは問題だ。 二次大戦下、不条理な死を強制された人々の声は、一作家ごときが作

        フィリップ・ロス「プロット・アゲンスト・アメリカ」

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        • 三島由紀夫「憂国」以後の短編感想
          20本

        記事

          筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」ほか

          【どうでもいい話】「作品を出すだけで嬉しい」とは、作家にとってある意味で辛い言葉ではなかろうか。 もちろん褒め言葉としても取れるが、自作の作品としての良し悪しを度外視されるのは優しい戦力外通告のようにも聞こえる。 それでも、筆者には二人「作品を出すだけで嬉しい」作家がいる。一人は筒井康隆、一人は萩尾望都だ。 もう筒井康隆は「ダンシング・ヴァニティ」も「聖痕」も「モナドの領域」も読んでいない。萩尾望都も新作のポーの一族は「春の夢」で止まっている、「王妃マルゴ」は今後もおそら

          筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」ほか

          三木卓「ほろびた国の旅」

          あらすじ:1954年、大学受験に失敗した「ぼく」(三木卓)は、子供の頃を過ごした1943年の満州・大連にタイムスリップしてしまった。満州国があと2年でなくなることを知っている「ぼく」は、怪しい人物として憲兵に追われ…… 三木氏は元々児童書の執筆やアーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズの翻訳などで名を知られているが、本作はその原点に当たる著者初の児童小説だった。 話の軸は、落第生の三木卓氏本人がひょんなことから昭和十八年―1943年の満州国(タイトルの「ほろ

          三木卓「ほろびた国の旅」

          雑文+三島のややマイナー長編

          かわいそうな作家といえば個人的にはヘミングウェイが思い浮かぶ。晩年二度も飛行機事故に会ったのだ。 中上健次もなかなかだ。バブル景気の軽薄で浮かれた空気は彼の土着の死と生を扱う文学をぶち壊した。 カート・ヴォネガットも作家人生の後半は親の介護に追われた。 女性作家も一々言葉にしないだけで、育児や介護に追われたケースは多かったはずだ。 たとえば、幻想小説家の山尾悠子氏は育児がきっかけでしばらく断筆していたはずだ。 「第七官界彷徨」の尾崎翠氏も、その若い才がみすみす埋もれてしまった

          雑文+三島のややマイナー長編

          阿部和重「大江健三郎追悼」

          非常に良い記事だった。ぜひ読んでほしい。

          阿部和重「大江健三郎追悼」

          最近読んだ本

          チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳「82年生まれ、キム・ジヨン」。 タイトルの通り、1982年生まれの韓国人女性キム・ジヨンの生涯を2016年―34歳になるまで追った長編。 すでに知っている方が多いとは思うが、本作はいわゆる「フェミニズム小説」に当たる―この言葉も十分適切ではないが。 女性が幼年期から母親として役割を果たすまでに受ける様々な社会的外圧と、自らの心に植えつけられた内圧の間でもがき苦しむ姿はあまりに痛ましい。 何しろ公園でコーヒーを飲んでいるだけで「ママ虫」―韓国語

          川野芽生「無垢なる花たちのためのユートピア」

          目元より上を、白と赤紫のまだらに混ざった花に覆われた中性的な未成年者。 白い布地の、上は肩の出た柔らかな服、下は同じ生地の、太ももの中ほどまでを覆う半ズボン。 目元の花びらは今しがたも散り続けている。 副題の「THE NOWHERE GARDEN FOR THE INNOCENT」の文字列は白い蔓の装飾に両端から挟まれている。 背景には水のような空のような青色。 本作「無垢なる花たちのためのユートピア」の表紙である。 実際本文を読むと単なる美しさではなく醜さが、美しさと対立

          川野芽生「無垢なる花たちのためのユートピア」

          三島由紀夫「朝倉」ほか

          昭和十九年―一九四四年、三島由紀夫十九歳の作品。 解説から引くと「平安後期の散佚物語「朝倉」を藍本(注:原典)としたもの。」 さて、散佚物語と聞くとついついロマンを感じてしまう。ロマン結構結構。 だが実際は物語に目新しさや個性が少なく単に自然淘汰された作が少なくないとか。  この「朝倉」も同様。朝倉君と中将の悲恋物語だが、この物語特有の個性は感じられず、三島の作品としても強い魅力は見当たらない。 ではなぜ紹介したか。最後に入水した朝倉君の描写を引用したかったのだ。 三島

          三島由紀夫「朝倉」ほか

          三島由紀夫「世々に残さん」

          三島由紀夫「世々に残さん」。昭和十八年―一九四三年、三島由紀夫十八歳の作品。 三島本人の言葉を借りるなら「平家没落哀史」―源平合戦のさなかに滅びゆく平家の若者の姿を描いた短編である。 まず本作で驚くのはその緊密な構成だ。 主旋律に今をときめく美青年の春家と山吹の儚い恋物語があり、副旋律に出家した秋経と遊女の珊瑚の当てもない流離譚がある。 擬古文の完成度も素晴らしい。擬古文は扱いの難しい表現だ、下手すると文章から自然な呼吸が失われる。 ところが本作は―やや怪しいところがあるの

          三島由紀夫「世々に残さん」

          森茉莉「恋人たちの森」

          森茉莉氏の「恋人たちの森」冒頭に置かれた詩篇。 筆者は男性同士の同性愛を扱う作品には疎いが、いわゆる抱く側がこの詩を創ったギドウ(義童)、抱かれる側がパウロ(巴羅)で当っているだろうか、本作は彼らの恋愛模様を豪奢な文体で描き出した短編である。  この二人の特徴について見ていきたい。 ギドウは、 「バスチィユ牢獄」―バスティーユ牢獄。ここへのパリ民衆の襲撃が一般にフランス革命の開始と言われる。 「マラアの半裸身」のマラアは聖母マリアのこと。 「洋袴」はズボン。「徽章のあるベ

          森茉莉「恋人たちの森」

          現代日本文学とかを読む③古井由吉「われもまた天に」ほか一冊

          古井由吉「われもまた天に」。三作の短編と遺稿からなる短編集だが、今回は三作の短編のみ扱いたい。理由は後述する。 〈春の雛〉 始まりの文章は「二月四日は立春にあたった。」二十四節気の一つで、暦の上では春ということになる。 ここから話は時間と空間を越え、自由に流れ出すいつもの古井氏の作風になる。一応大枠だけ拾うと、 1.入院→2.退院→3.救急車の音についての随想→4.とある老人の話→5.旅の話→6.無為の話→7.雛の話→8.能面の話→9.夜道を女性とすれ違う話→10.再び現

          現代日本文学とかを読む③古井由吉「われもまた天に」ほか一冊

          現代日本文学を読む②今村夏子「星の子」ほか一冊

          今村夏子氏の「星の子」。まず装画が美しい小説だ。植田真氏―絵本のイラストを数多く担当していらっしゃる方によるもの。 水彩の山々の上を流れ星が一つ流れ、その上に星空が広がっている。寒色でまとめられた奥行きのある風景画だ。 ただ、この美しい風景の印象に騙されてはいけない。というのは本作には「うっすらした気持ち悪さ」が常に広がっている。普通といえば普通の世界だが何かおかしい。この点、恐怖の対象が鮮明なホラーの方がまだ気楽だと思える。 以下あらすじなど紹介していく。 あらすじ:林

          現代日本文学を読む②今村夏子「星の子」ほか一冊

          現代日本文学を読む①中村文則「教団X」

          中村文則「教団X」。分厚い小説で計567ページもある。 ただ、これだけで読む気を失わないでほしい。実際読むと思ったより楽に読めるので、気楽に聞いてほしい。 まず本作は、古今東西繰り返されてきた善VS悪の構図を持つ小説だ。ハリウッドご用足しといってもいい。 善の代表格が松尾さん(松尾正太郎)。悪の代表格が沢渡。それぞれ宗教団体を持っている。ハリー・ポッターならダンブルドアとヴォルデモートである。 この二人さえ掴んでおけば覚えるのは男が二人と女が一人だけ。 まず最重要人物に当た

          現代日本文学を読む①中村文則「教団X」