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薄暗い下町のゲームセンターで、小学生が2万円を使い果たした話①

先日、小学生を四人連れてゲームセンターに行くこととになった。

今やゲームセンターは明るく開放的だ。前向きで楽しげなゲーム機がたくさん並び、プリクラ機はきらびやかに装飾され、なんなら隣に女優ライトが付いた化粧直し台まである。私の中でのゲーセンと言えば、薄暗く、たばこの煙が充満し、ちょっと怖い人たちが集まる場所。そんな過去とは決別したようだ。

クレーンゲームには、ご丁寧に攻略法やアドバイスまで書いてある。それを見ると、今まで自分のやり方がいかに間違っていたか分かる。クレーンはただ掴むだけではないのだ。押したり、引いたり、弾いたりといろいろな使い方があるらしい。どうりで取れるはずがないわけだ。しかし、残念ながら。やり方が分かったとて、取れないことに変わりはないのだが。

子どもたちは到着するや否や、財布を手に握りしめ、クレーンゲームへと向かう。最近導入されたという10円クレーン。取れるのは飴玉とか、おやつカルパスとか、そういう些末なものなのだが、気軽にできるからか、子どもたちが殺到している。私が連れて来たのは少し大きめの小学生たちだったが、小さな子ども達に交じって、クレーンにいそしむ。しかし、数回やったところで、ふらふらと違うエリアに旅立ってしまった。

「もういいの?」と聞けば、10円で取れるものはしょぼいし、毎回取れるわけでもないし、それなら手堅く駄菓子屋で買った方がいい、と言う。おお、堅実な小学生よ、と感心しつつ、ふらふらする彼らについていくと、通常の一回100円のクレーンゲームを物色し始めた。彼ら曰く、大袋のお菓子とか、パーティー仕様のお菓子は、魅力的なのだという。そういって、100円をいろんなクレーンに注ぎ込む。ドンキとかに行けば買えるけれども、と思ったものの、口にはしなかった。若人の夢をつぶしてはいけない。彼らは湯水のごとくお金を使っていたが(10円クレーンの10倍の速度だ)、もちろん、景品はひとつも取ることはできなかった。

「俺は分かったぞ。これが社会の闇だ!」と中学生に差し掛かりつつある彼らは声高に言った。そうだそうだ、と仲間内で同調しながら、これ以上使っても景品を獲得できないだろうと判断し、みんなでクレーンの周りを徘徊しはじめた。闇であると理解はしつつも、透明のケースの中に置かれた景品に羨望の眼差しを向けているのが、愛らしい彼らだ。

私はといえば、遠くのベンチから、その物欲しげな姿をぼんやりと眺めていた。私は彼らがお金を使うことを止めもしなかったし、むしろその姿を見てえらいとさえ思った。彼らは、まだお金が残っているのに、強い自制心で財布のひもを締め、ただ徘徊している。それで満足しようとしているのだ。えらい。えらすぎる。

ゲームセンターでそんなにお金を使って!とか、無駄なことに使わずに役に立つものを買いなさい!とか、そのように指導される親御さんもいるだろう。その気持ちも分かる。でも、私にはそんなことをする資格がない。なぜなら私は、彼らのような自制心を持ち合わせておらず、お年玉でもらった2万円をその日のうちに一銭も残さずに使い切った、元小学生だからだ。

下町の薄暗いゲームセンター。メダルゲームの前に置いてある、しっとりした肌触りの赤い生地が貼られた、少し高い椅子。うつろな目でジャラジャラと落ちていくメダルを見つめている大人に混ざって、小学の私もその椅子に座っていた。そして、階段状になった動く板にめがけてタイミングよくメダルを投入し続けていた。その時、私のポケットには、さっきもらったばかりの2万円(厳密に言うと、すでに少し減っていたが)が、両替された状態で入っていたのだった。

つづく

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