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サマスペ!2 『アッコの夏』(26)<連載小説>

☆三年VS二年 下剋上?☆

一分で読めるここまでのあらすじ

大学一年生のアッコは高校時代の友人の由里に誘われて、ウォーキング同好会の名物イベント「サマスペ!」に参加します。由里は高校陸上部のエースでした。応援団の一員として由里を応援していたアッコは、なぜか退部して心を閉ざした由里を、このイベントで立ち直らせようとします。

しかしサマスペは、夏の炎天下に新潟から輪島まで350キロを歩き通すという過酷な合宿でした。一日の食費は300円。財布、ケータイは取り上げられて、その日の宿も決まっていない。しかも女子の参加は初めてです。

女子の参加を快く思わない二年生の大梅田は、二人を辞めさせようと、ことあるごとにアッコと由里に厳しくします。アッコは由里との距離を縮められず、ストレスばかりが溜まります。

食事当番になったアッコは、宿を借りる交渉に捨て身で成功。さらに夕食は得意のラタトゥイユを披露してメンバーに喜ばれます。
ところが同期の電車不正乗車をかばったために、アッコが電車に乗ったと疑われてしまいます。

 祭りの演芸大会に飛び入りすることになった由里を助け、観衆の前で大喝采を浴びたアッコは、初めて同期の繋がりを感じました。

 ゲリラ豪雨から避難した由里は自分が元気を失った理由を話し、アッコは自分のアイデンティティである応援に自信を失ないます。
そして市役所のバスで救助された一行は……

<ここから本編です>

「乾いた服に着替えただけで生き返った気分」
 由里がTシャツの襟を指でつまんだ。由里とアッコは調理実習室にあった洗濯機の前に座っている。濡れた服は公民館に着いてすぐに着替えた。ありがたいことに、アッコのチャチャも由里のリュックもあのひどい雨を寄せ付けずに、中の衣類はまったく濡れていなかった。
「公民館に洗濯機があるとは思わなかったね、由里」
「しかも乾燥までできるなんて信じられない」
 着ていた服はもちろん、ずっと手洗いだったシャツや短パンなど全部洗わせてもらった。大型洗濯機は、今は入れ替わりに男どもの大量の洗濯物を洗っている。フル稼働だ。
「助かったよね。さあ、お昼にしようか」

写真AC エンリケさん

 乾燥機から袋に移した洗濯物を持って廊下を歩いた。見た目は普通の民家のような地区公民館は、大きくはないけど新しい。突き当たりにある多目的ルームのドアを開けた。メンバーが思い思いの格好で休んでいる。みんな疲れていた。
 寝袋を敷いて横になっているのは斉藤だろう。アッコは壁際に置いたチャチャに衣類やタオルを押し込んだ。代わりにビッグりおにぎりを取り出してかぶりつく。
「アッコ、なんだか様子が変」
 隣に座った由里が小声で言う。
「うん? どこがよ」
 由里の目は部屋の隅で額を寄せ合っている水戸と鳥山を見ていた。口が動いてるから何か小声で話している。真面目な顔だ。いつも冗談を言って笑ってる二人らしくない。少し離れた所に大梅田が座っていた。いつものようにむすっとしている。その大梅田が立った。

「幹事長、話があるんですが」
 足首を回していた幹事長の前に正座する。
「どうした、梅」
「サマスペのコースのことです。今後はみんなで相談して決めませんか」
 幹事長はあぐらになって大梅田に向き直った。
「どういうことだ」
「幹事長のコースの決め方と指示は、はっきり言って適当ですよ」
 幹事長が細い目でにらむ。
「梅。三年に向かってその物言いはなんだ」
 石田が怒鳴った。水戸と鳥山が、大梅田の後ろに座る。それを見て早川も幹事長の近くに腰を下ろした。
「アッコ」
 由里の表情が硬くなる。アッコはおにぎりを食べる手を止めていた。頭の中でゴングが鳴った。
「始まっちゃったね」

 これまで二年生が幹事長に異を唱えるときは、場所を変えて一年には聞かせなかったのに、そんな気遣いはなかった。もうそれどころじゃないのはわかる。アッコも幹事長には文句を言ってやりたい。
 でもこの部屋には庄司もいる。身内の恥は見せたくない。
「僕は隣にいるから」
 庄司はそっと立ち上がり、ふすま戸を開けて出て行く。
 ありがたい。さすが大人だ。
「すいません、庄司さん」
 大梅田は庄司におじぎをして、幹事長に向き直った。
「今日は引き下がりません。なぜさっきの二股に注意しろと言わなかったんですか。事前に調べておけば、間違えやすいことがわかったはずです」
「そんな細かいこと、どうだっていいだろ」
「よくありません。クリスと鳥山が進んだ右の道は海岸沿いの低い所です。もう少し先まで行っていたら、溢れ出た水に流されていたかもしれない」
「大げさなんだよ、お前は」
 幹事長は薄く笑った。
「しばらく雨宿りしてれば、別に問題なかったんだ」
 開き直ったように聞こえた。
「幹事長は甘く考えすぎです。親不知にいた我々だって、あのまま雨の中にいたら危険でしたよ。今回は庄司さんのおかげで助かっただけじゃないですか」
「危ないことはサマスペには付きものだぞ。今回だって結果オーライじゃないか。お前が言うように慎重にやってたら、サマスペがつまんなくなっちまうだろ」
 大梅田が膝に乗せた拳を握りしめた。
「サマスペに予想もつかないことが起きるのは当然です。それがサマスペの醍醐味です。ただ、上に立つ者は、できる限り備えをするべきです。幹事長はそれを怠っています」
「平行線だな。俺はな、サマスペに冒険とロマンを求めているんだ。いちいち事前に下調べして進むなんてまっぴらだ」
 水戸が大梅田の隣ににじり出た。
「梅、話し合っても無駄だ。幹事長は事件が起きてもいいと思ってるんだ」
 幹事長の薄目が少し開いたように見えた。
「幹事長、僕は臨時の幹事長選挙を提議します」
「はあ、水戸。何を言ってるんだ」
 石田が目をむいた。
 幹事長選挙? アッコにもわけがわからない。
「水戸、どういうつもりだ」
 振り向いた大梅田の肩に手を置いて、水戸が話を続ける。
「僕は園部さんが幹事長のまま、サマスペを続けたくありません」
「俺以外を幹事長にしたいってことか」
「それが全員のためです。何かあってからじゃ遅いですから」
「お前もコースの決め方が不満なのか」
「それだけじゃないですよ。祭りの飛び入りを一年にだけやらせたことも、アッコにメシ抜きを言い渡したことも、僕は納得いかないんです」
「水戸、幹事長選挙は毎年十二月だぞ」
 早川が静かに口を挟んだ。
「会規約には、幹事に不正行為または職務の怠慢があった場合、任期途中でも臨時の幹事長選挙を実施できる。とあります」
 石田の顔が真っ赤になる。
「今は合宿中だぞ。投票する会員なんか、ここにいる俺たちだけじゃねえか」
「但し書きに、合宿中においては、その参加会員の過半数で決する、とあったはずです。夏合宿はうちの同好会の看板行事ですからね」
 サマスペって、そんな大事なものなんだ。頭のねじがおかしい男のための奇祭じゃなかったのか。
「俺は知らねえ。そんなふざけたことは認めん」
 あぐらをかいた石田の頭越しに、幹事長と早川が視線を合わせた。

「あの」
 アッコの隣で由里が手を上げた。
「以前にもサマスペで選挙をしたことがありました」
 由里にみんなの目が集まる。
 そう、どういうわけか突然、由里は大胆になるんだよ。
「昔の同好会の会報に書いてあったんです。その時の幹事長さんが急に盲腸になって、途中で入院したときのことです」
「馬鹿野郎、それとこれとは違うじゃねえか」
 怒鳴った石田を幹事長が手で制する。
「石田、もういい」
 幹事長は天井を見つめた。
「選挙をしよう。確かに規約は水戸の言う通りだ」
「園部……」
「俺はここまで俺のサマスペを実現しようとしてきた。俺にも信念がある。それをこんなふうに否定されるとは思わなかった。このまま反発されながら合宿を続けるのは、俺だって真っ平だ」
「僕は大梅田を推薦します」
 水戸が言い放った。大梅田が身じろぎする。
「おい、水戸」
「いいから。鳥山とは話してある。お前が一番ふさわしい。どうせお前は自分からは言い出さないからな」
「しかし……」
「わかった。早川、頼む」
「いいのか、園部」
 幹事長が頷くのを見て、早川はその場であぐらから正座になった。
「全員、集まってくれるか」

 アッコたちは夕食の時のように車座になった。斉藤も高見沢も突然の事態に、どうしていいかわかりません、という顔だ。クリスがアッコの隣に腰を下ろして「下剋上、デスネ」とささやいた。
「選挙は副幹事長の俺が進行する。いいかな、水戸」
「はい。お願いします」
「候補者は三年の園部、二年の大梅田。この二名だ」
 早川はきっぱりと言って全員を見回した。穏やかでお人好しな感じの早川とは、人が変わったみたいだ。
「いろいろ略式になるが、サマスペ中だから仕方ない。いいか。選挙は無記名投票だ。幹事長にふさわしいと思う者の名前を書いてくれ。白紙投票はなしだからな」
 早川がリュックからメモ帳を出して一枚ずつ破る。
「そんな急に言われても」
 斉藤が呟いた。アッコも同じ気持ちだった。メモ用紙が回ってくる。
 アッコはじっと白い紙を見つめた。

  みんな、どちらに入れるのだろう。幹事長のやり方がまずいからって、合宿の途中で解任してしまっていいのだろうか。足がつった一件で、大梅田がどんな人間かは理解できたつもりだけど、いきなり幹事長の役目が勤まるのだろうか。頭がぐるぐるしてきた。
「書き終わったら折りたたんで、ここに入れてくれ」
 早川が被っていたキャップをひっくり返して畳に置いた。胃が痛くなってきた。どちらに入れるかは決めた。でもサマスペの最中に、先輩たちの間にこんなに大きな亀裂ができてしまったことが悲しい。
「全員が投票したらこの場で読みあげる」
 早川はそう言って、自分の書いた紙を帽子に入れた。先輩も一年も立って、即席の投票用紙を提出していく。
 こんなにシュクシュクと進んでしまっていいのだろうか。
「アッコ、ボールペン」
 由里がぼうっとしていたアッコにペンを差し出した。
「あ、ありがと」
 由里は自分の紙を折りたたんで立ち上がる。アッコも急いで名前を書いて、早川の前に歩いた。
「早川さん、読みあげるときに誰かを立ち会わせてもらえませんか」
 水戸に早川が頷いた。
「ああ、そうだな。一年がいいだろう」
 早川が最後に帽子に紙を入れたアッコを見上げた。
「よし、アッコ、頼む」
「えっ、あたしですか」
「俺が正しく名前を読みあげるのを見てるだけでいい。ああ、ついでにホワイトボードに票数を書いてくれるとありがたいな」
 早川が立って、壁際のホワイトボードを引っ張ってくる。水性ペンを渡された。
「二人の名前を書いてくれるか」
 アッコは青のペンで園部、大梅田と並べて書いた。指が少し震えた。
「正の字でいいですか」
 早川は「それでいい」と答えて帽子を引き寄せた。

「投票数は十一だから、六票取った方が勝ちと言うことだ」
 胸の鼓動が早くなってきた。
 この選挙ってつまり、一年の票の取り合いなんだよ。
 三年の石田と早川は幹事長に、二年の水戸と鳥山は大梅田に投票するに決まってる。だから一年のアッコ、由里、斉藤、高見沢、クリスの五人がどちらに入れるかで勝負は決まる。
「それじゃあ、さっそく開票するぞ」
 部屋が静まりかえる。
「最初の紙は」
 早川は開いた紙をアッコに見せる。
「園部」
 アッコは園部と書いた名前の下に、横線を引いた。
「続けて、大梅田……園部……園部……大梅田……大梅田」
 早川は六枚のメモ用紙を次々に開いて読みあげた。誰かがふうっと息を吐いた。三対三、同数だ。二、三年の分の票で三対三になることはわかってる。だからここからは一年の分と言っていい。
「園部……園部」
 幹事長の名前の下に正の字が完成した。水戸の顔がゆがむ。鳥山が「マジかよ」と呟いた。あと一票で園部が幹事長に再任される。
「大梅田……大梅田」
「おおっ」と声が上がる。五対五。まったくの同点だ。
「最後の一票だ」
 早川が残った一枚を帽子からつまむ。アッコは息をのんだ。

<続く>

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