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サマスペ!2 『アッコの夏』(25)<連載小説>

☆意外な救援と庄司の覚悟☆

一分で読めるここまでのあらすじ

大学一年生のアッコは高校時代の友人の由里に誘われて、ウォーキング同好会の名物イベント「サマスペ!」に参加します。由里は高校陸上部のエースでした。応援団の一員として由里を応援していたアッコは、なぜか退部して心を閉ざした由里を、このイベントで立ち直らせようとします。

しかしサマスペは、夏の炎天下に新潟から輪島まで350キロを歩き通すという過酷な合宿でした。一日の食費は300円。財布、ケータイは取り上げられて、その日の宿も決まっていない。しかも女子の参加は初めてです。

女子の参加を快く思わない二年生の大梅田は、二人を辞めさせようと、ことあるごとにアッコと由里に厳しくします。アッコは由里との距離を縮められず、ストレスばかりが溜まります。

食事当番になったアッコは、宿を借りる交渉に捨て身で成功。さらに夕食は得意のラタトゥイユを披露してメンバーに喜ばれます。
ところが同期の電車不正乗車をかばったために、アッコが電車に乗ったと疑われてしまいます。

 合宿は四日目、アッコは大梅田の伴走で先頭を走ることに。意外にも大梅田はアッコを手厚くサポートし、アッコはこの先輩に興味を持ちます。
 祭りの演芸大会に飛び入りすることになった由里を助け、観衆の前で大喝采を浴びたアッコは、初めて同期の繋がりを感じました。

 翌日、両足がつった大梅田を介抱したアッコと由里は、大梅田が女性恐怖症だということを知ります。
 そしてサマスペ最大の難所、親不知子不知ではゲリラ豪雨から避難。由里は自分が元気を失った理由を話し、アッコは自分のアイデンティティである応援に自信を失って……

<ここから本編です>

「大梅田さん」
「おう、ここにいたのか」
 続いて高見沢と斉藤が降りてくる。
「由里、アッコ、大丈夫か」
「うん、この車は何? バス? どうしたの」
「話は後にしよう。乗った、乗った」
 バスの中から大声がした。聞き覚えがある。素足にシューズを突っかけて車内に入ると、運転席から男がこちらを向いて笑っている。
「庄司さん」
「やあ、よかった。これで全員そろったわけだな」
 高見沢がドアを閉めると、雨音のボリュームが半分ほどになる。
「どうして庄司さんが」
「いいから座って。濡れても全然構わないからさ」
 アッコと由里は運転席の後ろのシートに座らせてもらった。

写真AC りっくん_さん

「庄司さん、助かりました。ありがとうございました」
 隣に立った大梅田が、深々と頭を下げる。
「いやいや。みんな無事でよかったよ。ひと安心だ」
 庄司が運転席で半身になってアッコたちを見回した。
「君ら、あの雲に気がつかなかったかな。去年もあの雲の後、ひどい雨が降ってね。被害も出たんだよ」
「はあ、変な雲だとは思ったんですが、こんなひどい雨が降る前触れだとは知らなくて」
 大梅田が答える。
「アーチ雲って言うんだ。この辺の人間なら痛い目に遭ってるから知ってるんだけどね」
 アッコは由里と顔を見合わせた。あの棒みたいな雲のことだ。
「ご面倒をかけましたけど、おかげで我々全員、命拾いしました」
 庄司が首を横に振った。
「昨日、平野さんに親不知子不知を歩くって聞いてね。日曜だから大丈夫だろうって言ったものの、朝から気になっていたんだ」
「あっ、でも庄司さんの言った通り、車は少なかったですよ」
 アッコは洞門を思い出して言った。
「うん。君らが狭い道には慣れてると思ったよ。新潟市から歩いてきたんだからね。だけどそこにあの雲だろ。胸騒ぎがしちゃってさ」
 水戸がアッコと由里の後ろに座った。
「庄司さんはな、俺らが泊まった事務センターからこのバスを運転して、国道8号を追いかけてきてくれたんだ」
「えっ、ほんとですか」
「いやいや、あっ、忘れないうちに言っとくけど、実は昨日の演芸大会が終ってから、君らに特別賞をあげようって話になったんだ。地元のお菓子なんだけどね。それを渡したいってのもあったんだ」
「えっ、お菓子?」
 甘いものはサマスペが始まってから、まったく口にしていない。飢餓状態だ。
「すごい、嬉しい。でもそれだけならこんな大きなバスじゃなくても良かったですよね」
「年なのかな。豪雨の中で困ってないかと心配しちゃって。それに大は小を兼ねるって言うだろ」
 由里がくすりと笑った。
「やった。若い人に受けた」
 庄司が笑った。水戸が「それでだな」と身を乗り出す。
「庄司さんは、親不知の近辺で雨に立ち往生してた俺たちを次々に拾ってくれたってわけさ」
「うわあ、庄司さん。ありがとうございますう」
「なんのなんの。正直、こんなバスを出すのは大げさだと思ってたんだ。手前の道の駅か親不知ホテルで様子を見ているだろうってね。あそこなら天気や道路の情報とかも調べられるから」
 大梅田は「すいません」とだけ言った。
「自分はそう主張したんですが」と言いたいだろう。

「とにかく来てよかった。さて、この近くに公民館があるんだ。そこで服を乾かさないか。そのままじゃ風邪を引いちまう」
「いいんですか。ありがたいです」
 リュックの中の着替えも濡れてるかもしれない。大梅田がバスの後ろに目をやった。後部座席に幹事長と石田が座っている。
「幹事長、いいですよね。昼食休憩もそこで取らせてもらいましょう」
「ああ、そうだな」
 幹事長は憮然としていた。石田も元気がない。服のままプールに飛び込んだようだ。相当激しく雨に打たれたのだろう。通路を挟んで逆側のシートに座った早川は、目をつむって黙りこくっている。
「庄司さん、お願いします」
 庄司が「あいよ」と答えて車を出した。雨は少し勢いが弱まったようだ。窓から『山野草・ひすい』と書いた看板が見える。アッコと由里が飛び込んだのは、閉店した店の駐車場だったらしい。アッコはあらためて車内を見回した。
「あれっ、旗持ちのクリスは? 鳥山さんも」
「ここにいマス」
 中ほどの席で白いタオルが動いて金髪が現れた。水に濡れてぼさぼさだ。
「ひどい目に遭ったよ」
 隣の茶髪も同じだ。唇が白っぽい。二人の下の床は水浸しになっていた。
「あたしたちよりもずぶ濡れですけど、この先の方がひどかったんですか」
 鳥山は頭をがしがしと拭く。
「この先で道が二股になってたんだよ。どっちに行けばいいのかわからなくてさ」
「ここだよ。鳥山君たちを拾ったのは」
 庄司がスピードを落として声を掛けた。
「あっ、ここ、ここ」
 鳥山が大声を出して、アッコは海側の窓に顔を寄せた。ほとんど同じ幅の道が左右に分かれている。
「ええっ。こんなのわからないですよ。標識も何もないじゃないですか」
 車は左に進んでいく。
「左が正解だったんですね」と由里。
「そう。でもさ、とにかく海岸沿いって言われてただろ。だから右に行ったんだよ。そしたら道は細くなるし、ほとんど砂浜に近くなって」
 鳥山の不機嫌そうな声にクリスが続く。
「そこにこの雨デス。水が膝近くまで流れてきたデス」とクリス。
「危ないじゃない、それ。雨水が低い所に流れ込んだんだよね」
「なんとか二股には戻ったけど、雨が激しいから息をするのも大変だし、死ぬかと思ったよ」
「鳥山君、屋根のある所を探そうと思わなかったのかい。あんな川みたいな道路に、旗持って突っ立ってるなんて」
 鳥山は「それはその」と言いつつタオルを絞った。水が床に滴り落ちる。
「後から誰かが歩いてきたら、俺たちと同じように道を間違えるでしょ。旗持ちと伴走は見えるところにいないと。逃げるわけにいかないんですよ」
 アッコはその言葉にちょっとやられた。疲れた顔の斉藤と高見沢の顔も引き締まった。
「これ、乾いてます。使ってください」
 由里が鳥山にタオルを差し出した。チャラ男を見直したのかもしれない。
「おっ、サンキュー」
「はい、クリスも」
「どうもデス」
「クリス、よく頑張ったね」
 由里の声は優しさに溢れている。
「海近きスコールに立つ濡れ鼠、デス」
「おっ、五七五じゃない。クリス、俳句も詠めるんだ」
 アッコはシートから乗り出した。
「お粗末デス」 
「クリスったら、そんなぼろぼろなのに余裕見せちゃって」
 由里が目に手をやる。
「偉いよ、お前らは」
 大梅田がきっぱりと言った。水戸が二人の金と茶の頭をぽんぽんとたたく。
「金メダルと銅メダル級の活躍だな」
「それを言うなら、俺は庄司さんに銀メダルを差し上げたいよ。庄司さん、それ、シルバーアッシュでしょ」
 鳥山が言うと、運転席の庄司が後頭部を撫でた。
「いやあ、気がついた? 年に一度の祭りの総合司会だからさ、白髪交じりじゃなんだろ。清水から飛び降りる覚悟で格好つけてみたんだ」
 アッコと由里は、目の前の庄司の髪をまじまじと見た。そして庄司の祭りに懸ける覚悟を感じた。
「シルバーってこれ、銀髪にしてるんだ。あたし、初めて近くで見た」
「私も普通に白髪かと思ってた」
「ああ……そう」
 ハンドルを握る庄司は、わかりやすく肩を落とした。
「あ、すいません。あたしら体育会系でおしゃれに関心ないもんで」
「似合ってます、庄司さん。ワックスですか。それともスプレー?」
 由里も焦ったようにフォローする。
「いやいや、あんまり見ないでくれよ」
「ねえ、庄司さん。ちょっと触ってもいい?」
「あっ、勘弁、勘弁。運転中なんだから」
「じゃあ後で。鳥山さんとクリスと一緒に写真撮らせてね。金銀銅のそろい踏み」
「参ったな、おじさんをいじっちゃいけないよ」

<続く>

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