見出し画像

ぬいぐるみを一緒に買った男の話


車を買い替えた。
納車の日に前の車から荷物を移動させているとき、ダッシュボードからぬいぐるみが出てきた。
タオル生地で出来たウーパールーパー。口を一文字に「むんっ」とさせていて、なんとも愛らしい表情をしている。

賞味期限の切れたボトルガムと一緒に収納されていた。お世辞にも大事に仕舞ってあったとは言えない感じだった。ごめん。

ていうか君、誰だ。

私はこの子を購入した時のことをどうしても思い出せず、とりあえず新車に連れて行くことにした。

お尻についたタグにはとある水族館のロゴが入っていたので、購入場所は分かる。アクアワールド茨城県大洗水族館。私が日本で一番大好きな水族館だ。
購入場所の水族館が分かれば自ずといつ購入したのか分かるだろう、と思うかもしれないが、私に限ってはそうもいかなくて。
自他ともに認める水族館オタクの私は、このアクアワールドには数え切れないくらい行ってしまっている。タグだけではどうしても購入した記憶を引っ張り出すことが出来ない。

とは言え、だ。

私はアクアワールドに、基本的には1人で行く。1人で行けば順路でまわることもしなくていいし、好きな水槽の前で好きな時間だけいることもできるから。
そうすると出口付近にあるお土産屋さんに立ち寄ることはごく稀で、立ち寄ったとしても何かを購入することはさらに少ない確率。
そして生まれてこの方ウーパールーパーを好きになった記憶はないので、私がこのぬいぐるみを1人で買っている可能性はまずない。はず。

そこまで考えてから、私は写真を遡ることにした。

高校の頃からクラウドとしてGoogle Photosを使用しているので、約11年分の写真がここには眠っている。最も古い日付が2012年10月9日だった。ちなみにその写真は、

鳩。

鳩だった。
通っていた高校の廊下からの景色っぽい。
思ったより至近距離の鳩がいたから撮ったのだろうか。なんでだよ。
トリ、苦手な人いたらすみません。

さて。

このGoogle Photosには写真の検索機能があって、「海」とか「自撮り」みたいなアバウトな文字でも検索をしてくれる。そしてその中には「位置情報」で検索ができる機能もある。
「大洗町」と打ち込んで検索。
そこから1人で行ったものは除いて探していく。

残ったのはこんな感じの写真たち。

鮮やかに飛ぶお姉さん

今年の7月に女子4人で訪れた際のお姉さん。


指についてくるの可愛い。

大学の卒業旅行で、ゼミのみんなで訪れた際のめちゃくちゃ可愛いエトピリカなど。

この当時、お互い今より10㌔近く太ってた。

友人とお揃いでマンタの指輪を買ったこともある。2017年10月の日付だ。
これは余談なんだけど、私はつい先週も1人でアクアワールドに行っていた。その際、まだこの指輪が売っていたのを見た。あの当時買った指輪は今もアクセサリー入れにしっかり眠っているし、何ならたまにつける。それが今もまだ新しく誰かの手に取られているかもしれないなんて、なんか、うん、良いなって思った。何の話?

ちなみに、マンタの指輪を付けている女はモテない。

そんなことを考えながら、写真をずんずん遡る。

ずんずん。

ずん。

あ。


いた!!!!!!

2017年7月!!!!!

見つけた!!!!!!

なんとも愛着のなさそうな持ち方をしている。シロクマの上に乗せんな、ウーパールーパーを。
後ろのネコちゃん、可愛いね。

で。

後ろのネコちゃんを見た瞬間に思い出した。
「うわぁ」って変な声すら出た。


このウーパールーパー、めちゃくちゃ男の人と一緒に買った子だった。


シロクマは相手の方が買ったやつ。
並んでて可愛いね。

ネコちゃんのティッシュケース、この車に乗せてもらう度に抱っこしてたから身体が勝手に覚えてる。
もこもこしてんだ、非常に。

ネコちゃんを見てから一気に脳内は6年前の世界に。
どんどん思い出される、お相手のことと、その思い出。

同じ大学の1個上の先輩。
彼氏でもないし、好きだった人でもないし、関係性で言えばただの先輩後輩。大学が同じなだけで、学部も違えばサークルもバイト先も何もかも違うし、共通点なんてどこにもなかった。

私が入学した年の大学祭がきっかけで、話すようになった。


大学祭実行委員会に、好みの顔の人がいる。


気付いたのは大学に入学して数か月経った、大学祭の準備が始まる夏の終わりごろだった。
その当時の私には彼氏がいて、その彼氏に別に何の不満もなくて、だからその人のことが好きとか一目惚れとかそう言うことではない。

純粋に、顔が好みの人を見つけたのだ。

大学祭で、私の所属していたサークルは毎年出店を出していた。私はその大学祭の企画担当に名乗り出ることで、顔が好みの人と接触を試みた。

結果として、私は彼とお知り合いになることに成功した。

私と同じくらいの背。
私より20%くらい少なそうな体重。
子犬みたいな顔をして内面は引くほど毒舌で、それは話すまで知らなかった。

彼と私は名字が一緒だった。

彼は水族館と動物園が大好きだった。

とある大人数の飲みの席で私が水族館のオタクだと知ると、近くに寄ってきて会話をしてくれるようになった。
実質、推しからの認知の瞬間である。

「顔いいですよね。その顔好きです。」
「なんだそれ(笑)」

出会った時から伝えていた。
顔だけ好きです。顔だけ。

名字の同じ私たちは、話すようになればそのうち周りから「兄妹」のようだと扱われるようになった。

彼に認知してもらってから半年くらいして、私は当時の彼氏と別れた。
嫉妬と束縛からくるDV気質のある彼氏だった。彼氏はよく、”お兄ちゃん”の存在を悪く言った。もちろんお互いに恋愛感情などなく、そう頻繁に会っているわけでもないし、2人きりで会ったことなど1度もなかったのに。
彼のことを悪く言われるのは悲しかった。

そんな彼氏と別れたという話をしても、彼は世間話の一つ程度の反応しか示さなかった。
と言っても、そもそも別れた報告だって全然しなかった気がする。彼と頻繁に会えるのはやっぱり大学祭が近づく夏ごろがメインだし、LINEは交換したものの毎日やり取りをしていたわけでもなかったし。

大学祭の準備期間。
昨年よりもさらに打ち解けた私たちは、会えば立ち止まって話すようになっていた。
大学3年生になった彼は、実行委員会では中間管理職のような代だった。忙しそうだった。毎日遅くまで委員会室の電気が点いていた。

「忙しそうですね」
「めちゃくちゃストレス溜まるよ」

社会人も5年目になった今振り返ってみればなんてことない学生のお遊びだけど、その時は真剣に疲れていたと思う。
私も2年生ながらに大学祭近辺は本当に午前様まで準備をしていたので、それを実行する彼らの忙しさはその倍以上だろう。

「大学祭終わったらさ、出かけようか。」

ストレスを発散したかった。
何か楽しみに出来るような予定が欲しかった。

大学祭が終わって、冗談だと思っていたその約束はその年の忘年会をした時に復活した。

2017年の1月半ば、私たちは上野動物園にいた。

シロクマを見た。
初めてじゃないと思うけど、「シロクマだ」と認識してちゃんと見たのは初めてだった。
彼はシロクマをとても気に入って、結構長い時間その前にいて眺めていた。

パンダも見た。

パンダの近くにはフォトスポットがあって、パンダの顔の帽子を被ってパンダの置物と一緒に写真を撮れるようになっていた。
なんとなくその列に並んで、2人でパンダの帽子をかぶってピースをした。

園内を走る電車にも乗った。
車内から撮った動画は、窓ガラスに楽しそうな私たちの様子が反射していた。

その足ですみだ水族館へ向かう。

光るクラゲが浮かぶソーダを飲みながら、館内の図書スペースでサメの図本を開いた。
最近物置から出てきた謎のクラゲの置物、お前だったのか。

こんなのも出てきた。仲良しかよ。

せっかくなのでスカイツリーにものぼった。
「2人でスカイツリーポーズしよ」って良く分からない写真も撮った。
床が透明になっているところは、2人とも平気で乗ることが出来るタイプだった。

アクアワールド茨城県大洗水族館に行ったのは、その後のことだった。

2017年7月ってことは彼はもう大学祭実行委員会の最後の年で、私は自分のサークルの中間管理職として動く年。その繁忙期が来る前に、パーッと遊びに行こうということになったのだ。

この頃にはもうだいぶ仲が良かったと思う。
LINEも頻繁にしていたし、ちょっとしたご飯ならそれなりの頻度で行っていた。
後輩には私たちをカップルだと勘違いしている人もいたけど、お互いに即座に否定するからほとんどの人は理解していた。
彼がたま~~~に彼女を作っては、「人に興味ないでしょ」とフラれた愚痴を聞いたりしていた。私はバイト先の大好きな男について相談していた。

「見る目がないやつ」「お兄もね」

そんなことを言いながら、いつものように彼の車に乗って、大好きな水族館に行ったのだ。

上野動物園に行ってからシロクマが好きだと言っていた。彼はシロクマのぬいぐるみを買った。
私もたまには何か買おうかな。そう思って、2人で「可愛いね」ってなったウーパールーパーを買うことにした。
その夏、お互いの車の中にはそのぬいぐるみが飾られていた。

「ハロウィンディズニー行く?」

秋も深くなってきた頃出かけたご飯でそんなことを言えば、翌週にはディズニーにいた。
私はプーさんの、彼はドナルドの仮装をしていて、それがちぐはぐで面白かった。

大学祭が終わって、忘年会。
また年明けに水族館に行こうと盛り上がり、2018年の1月は沼津に出かけた。
沼津港深海魚水族館。
凍ったシーラカンスを真ん中にスリーショットを撮った。

彼はその年の3月、卒業した。

卒業してからも、別に今まで通り連絡を取っていた。彼は大学のある市内の公務員になった。
2018年のゴールデンウィークには埼玉に出かけた。猫カフェで猫と戯れながらウトウトして、相変わらず好きなままの男の相談に乗ってもらった。

彼と2人で出かけたのは、なんだかんだそれが最後になった。
連絡はたまに取りつつも、多分彼に彼女が出来たり別れたりしていた。

その年の大学祭は寂しかった。
でも準備期間も当日も彼はOBとして実行委員会のブースに顔を出していたので、会えないわけではなかった。

あっという間に私は大学を卒業する時期になった。

卒業式は平日に行われた。
公務員の彼からは「卒業おめでとう」のLINEが来ていたけれど、併せて当日は行けないということも書かれていた。

少し寂しかった。

眠い式典を終えて会場を出て、たくさんの後輩から花束で卒業を祝福してもらった。
サークルの集まりやバイト先、ゼミの仲間と写真を撮っていた。

「もち子、お兄ちゃん来てるよ!」

友人に、そんな声をかけられて振り向いた。
いるはずのない彼がいた。

「仕事抜けてきちゃった」

1年前の卒業式より、少しだけスーツ姿がサマになっていた。

「卒業おめでとう。」


大学を卒業して、私と彼は別々の県に住んでいる。
ぬいぐるみを見つけなければ、こんなに出かけていたことすら思い出さなかっただろうな。そんな風に思う程度には、もう関りは少ない。

たまに来る水族館に行ったという報告と、つい最近はなぜかユニバに行った報告が来たくらい。
マリオワールドが楽しかったらしく、写真が送られてきていた。隣に映っているのは男性だった。

「相変わらず、見る目ないんだろうな」

妹はそんなことを思いながら、「お前もな」と言われるのを心待ちにしております。

この記事が参加している募集

スキしてみて

全額をセブンイレブンの冷凍クレープに充てます。