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彼の家には、テレビがない。

彼の家には、テレビがない。


最近のデートと言えば、昼間に近場へ出かけてから夜は彼の家に行くことが増えた。
疚しさはゼロ。お互いの連休が被って2日間とも一緒にいることになっても、泊まらずにちゃんと家に帰っているけれども。

安心感が強くて、刺激は弱いせいか、もう何年も一緒にいる気がしてくる。実際にはまだ1ヶ月も経過してなくて笑えてくる。
これが良い傾向なのか、悪い傾向なのかは分からない。私は恋愛弱者ではないけれど、恐ろしく恋愛下手だから。恋愛の自己分析なんて、するだけ時間の無駄になると知っている。

彼の家に初めて入れてもらう、となる前に、雑談の中で伝えられていたことがあった。
「僕の部屋、テレビないんですよね。」
である。

「あ、そうなんだ。」と答えた。

心の中でも、「あ、そうなんだ。」としか思わなかった。
日頃生活していてテレビ番組を観る機会はほとんどなくなってしまったし、なければないで不便しない気持ちも分かるな~と。場所も取るし。

「僕の家、来てもつまらないかも。」

どうだろう。
彼氏と彼女がアパートでお家デートをする場合、テレビがないと暇なのだろうか。

テレビ番組は見ないとはいえ、テレビ自体はモニターとして使うことが出来る。
インターネットの環境さえ整えば、その使い方は大幅に広がる。YouTubeやサブスク各位の動画配信サービスをテレビ画面で見ることは、確かに一番令和っぽい暇つぶしなのかもしれないと思った。
テレビがないワンルームで、男と女は暇になるのだろうか。


結果として、暇にはならなかった。


彼の家での主な過ごし方まとめ。(誰が興味あんねんこれ。)

まず温かい飲み物を作ってくれる。
私が「紅茶」としか答えないのを分かっているのに、彼は毎回「どれにする?」と複数の飲み物を提案してきてくれる。
お湯を沸かしながら、彼はスマホで音楽を選ぶ。
BARのBGMくらいの静かな音量で音楽を流し始めるうちに、お湯が沸く。
私は彼が今まで使っていたタンブラーに、彼は私があげたタンブラーに飲み物を入れる。

飲み物を飲みながらのんびりお喋りをして、たまにBGMに合わせて歌を歌う。

基本は離れた椅子に座って会話をしているけれど、寂しくなれば手を広げてハグを求める。ハグを求められたりもする。

しばらくして部屋が暖かくなったころ、ようやくやる気を出してキッチンに行く。
キッチンは狭くはないけれど無条件に広いわけでもないので、並んで料理はちょっと不便。その日に作るメニューを考えつつ、大体は彼が先にキッチンに立つ。私はキッチンの入り口のドアに寄りかかりながら自分の番を待つ。

「キャベツの千切り、もち子さんやる?」「やらない。切るの苦手なの知ってるくせに。」

そんな会話をしながら、いつも細かく切るのは彼の仕事。ちなみに朝ドラのお母さんくらい手際の良いスピードで千切りができる男です。

夜ご飯を作りながら、彼の1週間のお弁当用に作り置きをしたりする。
キャベツの千切りをしながら卵焼きを作っていたりする彼を眺めていると、「私が稼いでくるから家にいてくれないかな」って軽率に思ってしまう。私は料理がそんなに得意ではない上、効率も悪いから。

出来上がった卵焼きを切りながら、「一切れ食べる?」と聞かれれば、もちろん頷く。甘い派もしょっぱい派も美味しく食べられそうな彼の卵焼きに、私は胃袋を掴まれている。
出来立ての卵焼きは熱い。
一切れに切られたものを皿に乗せ、さらに箸で半分にカットしたものを私の口元に運びながら「自分でふーふーしてね」と言われる。あーんはしてくれるんだ、年下とは思えない甘やかし力に脱帽する。


彼の料理が少し落ち着いてから、今度は私がキッチンに立つ。彼はさっきまで私がいた同じところに凭れかかって、鼻唄。

調味料の場所も少しずつ覚えてきた。

私の料理が完成すれば、私が先に味見をして、それから彼の口に運ぶ。今のところはなんでも「美味しい」って言ってくれている。

夜ご飯の完成に合わせて炊ける米も、お茶も箸も、料理全般も、すべて彼が机まで運んでくれる。その間に洗い物をして、向かい合わせでご飯を食べる。


この前、部屋の外から花火が上がる音がした。


「見えるかな」って出窓のカーテンの内側に入り込む私と、部屋の電気を暗くしてから隣に来る彼。
目の前のアパートが邪魔で半分しか見えなかったけれど、少しだけ見えた。
真っ暗になった部屋で横に立つ彼に、少しだけドキドキした。


6月に行く予定の旅行先のホテルを予約した。


「これで6月までは別れないでもらえるだろうか」
そんな物騒なことを考えてしまってから、頭を振って消した。


彼の家にはテレビがない。


テレビがない彼の家が、私は好きだ。

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