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みんなどんな壁にむかっているのか

「期待があるから感情が生まれる」という言葉を聞いて、
一瞬ぐるぐる想像が駆け回った。

他人に期待することをやめた私としては、
その意味では自分のフラットさを納得できても
日々生まれる感情というものは、
なんに対してなのかと考えあぐねた。

物や現象にたいしての期待。

たとえば、美味しければいいなと思う食事。

たとえば、綺麗な夕焼けに目にして思う明日。

期待を探すのはなんだか難しい。

可愛いなぁとか素敵だなあとか思うその前に、
どんな期待があるんだろうか。

そばに置きたいとか撫でたいとか
もう一度見たいとかそんな期待。

いつでも何かと向き合って暮らしているのかな。

自分の手が届く期待や届きそうな期待。

届かないかも知れないけれどの期待。

その先にいいことがあればいいなという期待。

いいことってなんだろう。


拒絶する壁。

自分を見下す壁。

そびえたつ壁。

囲い込む壁。

想像の遠く及ばない壁。

足元にかがみこむしかない壁。 

期待の何ものも見つけられない壁。

壁と言うのはただ呼吸を取り去るような。

胸を締め付けるような。

立ちはだかる高い壁に無造作にぶつけていた。

壁は大小、四方八方にあって、

力任せに壊して突き進んでも、無くなることがない。

こぶしを突き上げ、声を枯らし、空に届くように、

誰かに聞かせるように、粗野をまとって歌う1976年。

筋肉が気持ちよく反応して、体中をリズムにゆだねる

壁のもろさを知るように、壁のその先を知るように、

包み込むように、芯のある太い響きで歌う2022年。

もう誰かが聞いてくれなくてもいいのかも知れない。
ライブでなければ、ただ歌いたい気持ちだけで歌に向き合ってるのかも。

ひとりで歌っても、歌の登場人物と向き合うし、
静かに本を読んでも、作中の登場人物と向き合うし、
決してあなたはひとりではないとか、
あなたのことは大好きだとか、
いっしょに幸せになろうよ、とか行間から語りかける。

その反対であれば、自分の足元を見つめさせて、
明日への行いや生活の反省をうながしてくれる。

期待と言う不安はむしろ厄介なものだ。

だけど小さな期待の塊のひとつが私だと思うと、
毎日知らず知らずのうちに、
期待を集め続けてるのかなと思って、笑いたくなる。

なにものでもないバカな自分の嘲笑の嵐。

何にこだわっているのだろうと思う。

明日はもっとちゃんと笑ってみよう。

私の目の前の壁をこわすのを、きっと誰かが手伝ってくれる。

向き合ってきたのは、無機質な壁なんかじゃなかったかもしれない。

いつもみんな通り過ぎるのをただ見て、それで楽しんでる。

世界には傍観者も必要だから、それは仕方のないこと。

傍観者がいない私一人の世界に住んでみたい。


花の種じゃなくて、苗を買ってもいいですか?あなたのサポートで世界を美しくすることに頑張ります♡どうぞお楽しみに♡