ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』を読んだ
誰の人生にでも起こりうる、その後の人生を変えてしまうような、大きな選択。ストーナーは自分がしたその選択の理由を事細かに説明することはできないかもしれないけど、それでもきっと、無意識の領域で自分が直感的に下した判断がきっと自分にとって正しく最良だと信じている。わたしも。
第5章を読み終わって、一旦本を閉じた。
ベッドの上でぼんやりわたしの在り方を想っていると、急に涙が出て止まらなくなった。
人と長い時間いると疲れ切ってしまうし、誰かと話すと自分が間違っているような気がして、それがばれないように取り繕うのも苦しい。疲れきった次の休日は、体が動かなくて朝も昼も夜もいもむしのように眠って終わる。そんな欠陥品が誰かの一番になるなんてできるはずがないことは分かっているので、求めてもいない。彼女にも妻にも母にも、なれない。だからその通り生きてるけど、孫がほしいはずの両親を想うと、どうしたらいいか分からなくなる。自分の直感で生きて、思いもよらない、それをきれいに表現する言葉もないような不幸が待っている可能性があるなら、周りの幸福を願って生きるのも正しい選択なのかもしれない。
本の中でただ淡々と語られる一人の人間の生活に、自分を引きずり出されると思わなくて驚いている。
体なのか心なのか、分からないところがただ重苦しくて、脚はじんわり痺れている。
涙はまだ止まらないし、半分も読み終わっていない。
本当に、お願いだから、誰かもっと前向きで快活な精神の持ち主が、私の代わりに私を動かしてくれないだろうかと、どうしようもないことを、泣きながらいつも思う。
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