10月

写真と文章

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56. 言語の話

 仕事で中国語を話すと、相手から「あなたは何人ですか?」としばしば訝しがられる。「さっきの人はどっちなの?」と、私が離席してからわざわざ同僚に質問してくれた人もいた。日本人の名前で同僚と日本語を話し、日本人にしては流暢な発音で、やや語彙の足りない中国語を早口で話すからだろう。自分の意識としては「どちら」でもない。夢は日本語で見るし、九九は中国語。「反日」にも「反中」にも辟易する。食べ物は韓国料理が一番好き。  「言語が我々の考えを形成する」。文系学生ならきっと一度は聞いたこ

    • 145. 売りものみたいな恋をした

       『花束みたいな恋をした』を観た時、正直に言って、私は自分や大学の友人たちは随分と幸福だったんだ、と思った。例に違わず追い立てられるように大人になり、趣味嗜好の完全な一致(そもそもそんなものがあるとも思えないが)を運命と思うには素直さを失い、しかし、「変わっているね」と言われて喜ぶほどには自信に欠けていなかった。  夏休みに花火、水族館、夏祭り、BBQ、海、山、と予定をこなしていたことがあった。文字通り「こなして」いた。これではまるでスタンプラリーだ、と思い3年目にはやめた。

      • 144. 血より濃い

         「友情とは二つの体に宿れる一つの魂である」とアリストテレスは言ったそうだが、私は逆だと思う。それぞれの体に宿る二つの魂なんじゃないかと。    久々に会った友人と『駈込み訴え』の話をしながら、「クソデカ感情」は良いよねぇ、と言い合った。性愛にも血縁にも由らない人と人との強い結びつき。時々揺らぐ、だけどめっちゃ強いやつ。2次創作でBLやらGLやらに仕立て上げられてしまうと違うだろ、という気持ちになってしまう。何てことするんだッ、と頭を抱えたくなる。現実の人間関係ではなかなかお

        • 143. 文句しか言わない

           百均のサボテンが、夜中にひっそりと花を咲かせてくれた。キンセイマルという品種。上京した年の初夏あたりに買ったので、3年半ほど世話をしていたことになる。一番好きな季節の、心穏やかな休日の夜に一日で萎む真白い花を眺めることができて幸運だった。自分の手でどうにかできることの成果。何という心地良さ。  ムーミンの原作コミックスを読んでいて、ムーミンの母親が「悲しい時には掃除をする」と言っていた場面を時々思い出す。めちゃくちゃ共感する。悲しい時、虚しい時には家事をする。掃除をして、

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        56. 言語の話

          142. 軋轢の多い家

           「『注文の多い料理店』のあの二人みたいに、一度くしゃくしゃになった紙は戻らない。私たちもそんな感じ。もう元の通りには絶対に戻らない。あの男とはもうまともに接することはできないから」  実家で宮沢賢治の引用を聞くとは思わなかった。たまげたなぁ。  あとで調べてみたら、たしかにそんな一節がある。  もう自分が両親を「お湯に」入れても、美味しいものを食べさせても、遊びに連れ出したりしても、マジで元には戻らないらしい。それはそれで荷が降りるような思いも、するわけあるか。  二人

          142. 軋轢の多い家

          141. 物語は終わる、生活は続く

           今年もつつがなく10月を迎えることができて本当にうれしく思う。日本にはもう二季しかないような気配もするが、やはり10月は幸福な季節。特に何かあるわけではない。ただ金木犀が香り、梨や葡萄が熟し、親しい友人が誕生日を迎え、ビートルズの歌が、この風の中ではとびきり伸びやかに響く気がする。  生活は続く。何巡も、何巡も、幸も不幸も、それはそれとして見送っていく他ない。間違いなく生活は続く。もし生活は続く、が下の句だとすれば上の句はきっと「物語は終わる」だろう。  フィクションの

          141. 物語は終わる、生活は続く

          140. スープになる覚悟はあるか

           「子どもを置いてはなかなか遊びに行けない。だから子どもがいる同士で遊びに行く。そうするとどうしても子ども中心になる。それで独身の友達は誘いづらくて、そのうち疎遠になるんだよね」  上司の言葉を聞いて、先輩と私はウワワーと慌てた。まあ慌てたところでどうしようもない。本質は「家庭を持てるかどうか」ではない。  家庭を持ったところでバスタブで一人、ドロドロのスープになる人はなるだろう。結婚しなくても一人暮らしでも、スープにならない人はならない。馬鹿げた話かもしれないが、この2種類

          140. スープになる覚悟はあるか

          139. 衝撃に備える姿勢

           安全のしおりを熟読する。ホームの端を歩かない。スクランブル交差点は最短距離を小走りで。夜道はイヤホンを外して。密封の確認できない飲食物には手をつけない。2回右折しても着いてきたら110番。非常口はそことあそこ。スカートではなくパンツスーツで。ハイヒールではなく革靴かスニーカーで。いつでもすぐ走れるように。逃げられるように。  いつも死に筋を考える。電車の吊り革に破傷風になる黴菌はどのくらい?何だってまるで意味はない。意味がないことを知りながら死に筋を避けることに意味がある。

          139. 衝撃に備える姿勢

          138. 北の方へ(4)

          前回の続き。今回の旅の主目的、白神山地です。  人生に疲れた社畜OLが一人で白神山地に行ってきた!などと銘打って書けばいいのだろうが、そんなのは日々のキンロウと自然へのボウトクなので、正直にいきましょう。タグ付けによって摩耗するものを考えないことの危うさ。最近はそればかり考えてしまう。  以前、仕事関係の本で資料のまとめ方見せ方云々を説明したものを読んだ。各観光地への期待の高さと、実際に訪れた時の満足度の高さの関係をどう見せるかという一節。白神山地が双方ともに高く、総合点が

          138. 北の方へ(4)

          137. 北の方へ(3)

           怒涛の12連勤のため、ついに更新を途絶えさせてしまった。誠に無念。しぶとく生きております。  前回の続き。  旅先では早寝早起きに限る。というわけで開店 早々、のっけ丼に押しかけ「私の考える最強の海鮮丼」を作ることにした。2000円分の食券を買って、ご飯をもらい、色んなお店から海鮮丼のパーツを買い集めて乗せまくり、オリジナルの海鮮丼を作るというシステムである。人間様の欲を大変よく理解されている。好きなものだけをもりもり食べたいもんね。鯛、デカい甘えび、ほたて、甲いか、たこ

          137. 北の方へ(3)

          136. 北の方へ(2)

           先週の続き。人のはけた頃合いを見計らって大きなおばさんの手に浮き上がる精緻な血管を観察したり、オノヨーコの念願の木にカラスが止まって林檎をつつくのを眺めたりした。動物たちに忖度はない。 栗林隆の『ザンプラント』はこの季節に心地良い作品だった。忖度のある方のアザラシと見つめ合う。お盆の少し前だったため、後ろからせっつかれることもなく、湿地帯を堪能することができた。  レアンドロの作品は離れで展示されていた。21世紀美術館のあのプール同様、単身者の撮影ハードルはやや高い。一

          136. 北の方へ(2)

          135. 北の方へ(1)

           人付き合いを避けるために都会に住み、人ごみを避けるために田舎へ繰り出す。これ地味に一番お金と時間がかかる。人間から受けたストレスは人間の少ないところで洗い流すしかない。  一人旅もこれで3回目だった。日帰りで遠出することは多々あったが、泊まりはまだ数える程度しかない。軽井沢へスキーとスノボをしに行った時と、八丈島へサイクリングと山登りをしに行った時、そして今回は青森へ海と山を見に行く。東京より若干涼しくて海と山があって人が少なければどこだっていい。アートがあればなお良し。

          135. 北の方へ(1)

          134. 賑やかな地獄

           その中で行われるエゲツない椅子取りゲームを別として、東京の街は本当に美しいなと感じる瞬間が多い。猥雑さと緻密さ、一部の隙のない不均衡。欧米系の人々がカメラを持って目抜通りに裏通り、あらゆる路を撮っていく気持ちも分かる気がする。  大陸の都市には見られない、計算高く積み上げられた混沌があるように思う。渋谷や池袋の活気と澱み。上野や日暮里の柔らかい翳り。代官山や六本木のヒリつくような直線、曲線、管理し尽くされた緑。丸の内や新橋の死んで冷たい奇妙な明るさ。小岩や浅草のうねるよう

          134. 賑やかな地獄

          133. 居眠りがやめられなかった時の話

           10代後半から20代前半にかけて、とにかく眠った。いつでもどこでも。  電車の中や授業中はもとい、毎月複数回あった模試でもまるまる起きていたことが本当にないくらい眠り、自動車学校でもしょっちゅう起こされた。アルバイト中にもうつらうつらし、1万円近く自腹を切って受ける資格試験中にも幾度も眠った。展覧会を見て回りながら立ったまま眠り、友人との海外旅行中には博物館で寝落ちた。勉強を教えに来てくれた人の目の前で船を漕いでは平謝りした。ゼミでは当然教授に呆れられ、カフェイン飲料を流し

          133. 居眠りがやめられなかった時の話

          132.飢え

           『ドライブ・マイ・カー』で、主人公の妻が不倫しながらクラシックをかけている場面があって、面食らった。男の上で腰をくねらせながらバッハやショパンが聴けるのか。ゲイジュツとジンリンへのボウトクだ〜、と憤ったが、実際大したことはないのかもしれない。人を欺きながら絵を見ることはあるし、ものを食べて生理的欲求を満たしながら音楽を聴いたり映画を観ることもある。人倫には悖るかもしれないが、きっと元気の良いことこの上ないんだ。  朝から晩まで働いて、パズドラはできるのに漫画や小説は読めな

          132.飢え

          131. トレードオフ

           長時間労働で健康寿命を削るのと、闇バイトで社会的信用を吹き飛ばすのと、大差ない気がしてならない。悪い大人たち、もっと言えばおそらくリ⚫︎ルートの皆さんのかけた「自己実現の呪い」でしかない。  誰に何を言われなくとも「俺は名を残して死ぬんだ」「人のためになる仕事をするんだ」と心底思えていた人のみ私に石を投げなさい。数えきれない大人たちに吹き込まれる遅効性の毒。  何者かになる、認められる、社会と他人の役に立つ。富と名声より、何ならおそらく愛より得難い。  志を語る。通過儀

          131. トレードオフ