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プラクティスの積み重ねを位置づけるために ──自主ゼミ 「社会変革としての建築に向けて」レポート 平尾しえな

建築家・連勇太朗が、ゲスト講師を訪ね、執筆中のテキストを題材に議論する自主ゼミ 「社会変革としての建築に向けて」
2021年12月13日に行われた第6回は、公共政策や情報社会論が専門の社会学者であり、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介をゲスト講師に迎えた。
レポート執筆者は、同じく東京工業大学で博士後期課程に籍を置く平尾しえな。

自主ゼミ「社会変革としての建築に向けて」第6回のゲスト講師は、社会学者の西田亮介。東京工業大学にある西田の研究室は人が埋もれんばかりの本の山、安全を期して(?)議論の場は隣の学生室となった。連にとっては慶應SFC時代からの先輩であり、久々の再会に和気あいあいとした雰囲気のなか、終始インタラクティブにゼミが進められた。

理論の所在

まず、書籍というかたちで連が理論を発表する目的が、議論の軸になり、そこから連のテキストの各内容がその目的のためにどう説明されうるかが、テンポよく、時にふたりの経験も踏まえながら展開された。西田は、建築における理論は個々のデザインを正当化する意味合いが強いという点に言及した。理論からデザインが生まれるのではなく、デザインから理論が生まれるともいえるだろう。また、理論や建築家の役割・職能の変化は「制約条件」の変化、つまり時代が求めるものやトレンド、コンプライアンス、ビジネスの領域などに応じているものであると整理した。
連もこれに賛同したうえで、「社会変革としての建築」が個別の実践の共通基盤としての理論だと位置付けた。連のみならず、建築家たちはそれぞれグッドプラクティスを行っているが、それらが包括的に語られることはこれまでなかった。雑誌などに作品を発表し、コンペに入賞し、実績を積み重ねる建築家としての一般的なキャリアパスと照らし合わせるなかで、連自身にも迷いはあったが、共通基盤は必要かつ構築可能という確信のもと、これまでの、あるいはこれからのプラクティスのための理論を生み出そうとしている。
連は新著のなかで、建築と社会変革の関係を示したいという。クライアントワークも包含し、さらにはまちづくりや建築の延長で運営を行うだけでなく、よりラディカルに建築という知性や技術を使って社会変革のプレイヤーになるという確信のもと、その前提となる現代の社会の見取り図を示し、議論のフレームワークをつくろうというのである。

民主主義と社会変革

続いて、議論は連のテキストのなかで取り上げられているヴィクター・マーゴリンによるデザインと民主主義の可能な関係を示す3つのカテゴリー(Design of democracy・Design for democracy・Design as/in democracy)へと駒が進められた。
着目したいのは、そもそもマーゴリンの枠組みを今持ち出すには民主主義自体が前提になりすぎているのではないか、という西田の発言である。2021年12月9日・10日に米国バイデン大統領の呼びかけで開催された民主主義サミットでは、「腐敗との闘い」、「権威主義からの防衛」、「人権尊重の促進」がテーマとされた。西田はここで権威主義(国家)という命名があること自体が民主主義の自明性が揺らいでいるのではないかと指摘する。そもそも民主主義自体が時代で変わっていく可能性を孕んでいることや、それがなぜ重要なのかを議論すべきではないか。パンデミックを経て、感染対策として専制的な方法に良さを感じた人もいるのは無視できない事実だ。
とはいえマーゴリンのカテゴリーをもとに連が示す3つのカテゴリーではデザインは「建築(Architecture)」に、民主主義は「社会変革(Social innovation)」にそれぞれ置き換えられており、第4回のゲスト講師である乾久美子に次いで西田もこの置換がもたらす飛躍を指摘している。枠組みとしてof・for・as/inという言葉を通して自分達の活動を認識するのはそれだけでも重要なことだが、ただ言葉のうえでの書き換えと捉え、民主主義に触れないのではなく、それと向き合うことで社会変革のための建築が前提とする日本社会=民主主義社会をよりシビアにかつクリアに見渡すことができるのではないだろうか。

資本主義の繁栄と複層化の台頭

連がテキスト内で「社会変革のシナリオ」として「資本主義の趨勢は衰えない」、「複層的に社会システムを生成していく」、「既存からはじめる」の3つを挙げている。ふたりの議論はそのひとつ目「資本主義の趨勢は衰えない」へと矛先を向けた。
西田が資本主義に対してそれほど絶望する必要はないとする一方で、連は個の承認につながらない今の資本主義に絶望していると明言する。それぞれの生活者としての資本主義の捉え方はこのように対局をなすのだが、これを飲み込んだうえで(資本主義を前提としたうえで)どういった社会変革が必要かはふたりのあいだで概ね一致しているといえるだろう。
まずはセーフティネットの拡充である。西田からは住宅の現物を供給する政策の不足について話題提供がされた。家賃補助はあるが、そもそも住む場所がない。あるいは生活困窮者自立支援制度で手当される具体的な住環境が決していいものではない。そこには建築の知性や技術が介入する余地があるのは明確である。
また、ハードだけ提供すれば良い、というわけではない。ふたりは共通して、生活に苦しむ人へのソフトの支援が不足するシーンを目の当たりにしてきた。連の周りでこれまでソフト面に取り組んできた生活困窮者支援NPO経営者のなかに宅建業を取得する者が現れ出したという流れも、ベクトルは異なるが見ている先は同じであることを示唆している。
連は2021年11月に自身のNPO法人の社名を「Commons for Habitat and Architecture」の頭文字「CHAr」へと変更し、モクチン企画での活動を踏まえつつ住まいのセーフティネットを空き家を活用しつつ供給する事業を展開しようとしている。資本主義を否定するのではなく、それと併走するかたちでの社会の複層化である。
建築を学んだ者が理論を示すのは、こうした流れを建築分野外の人たちと共有し、協働を計るという点でも意義深い。「3. 社会変革としての建築(Architecture as/in Social innovation)」を担う建築家にはかなりの技量が求められる。社会の抱える問題を認知し、ハードとソフトを横断し社会変革としてのデザイン(建築)が可能になるには「2. 社会変革のための建築(Architecture for Social innovation)」を通した経験値も必要になるだろう。イノベーターや社会起業家にとっても建築分野との協働あるいは空間的なソリューションがより身近になるきっかけは必要だ。社会変革を志すあらゆる分野のキャリアパスとして「社会変革のための建築」にも可能性を見出せそうだ。

制度設計の課題

さて、ここまで社会を複層化させていくときの社会起業家たちの力や協働の可能性は徐々に明らかになってきたが、一方で国の制度設計にも限界があると連は問いかける。西田によれば、2010年代の終わりからNPO法人数は頭打ちとなり、現在は減少傾向にあるという。そして、その理由のひとつとしてふるさと納税による寄付市場の歪みを挙げた。本来寄付者は、寄付金の用途を寄付先の決定条件とすべきだが、多くの人が返礼品を見て決めてしまう。ふるさと納税制度はすでに10年以上が経過し、既得権益がはっきりしてしまった以上、その廃止は望めないが、NPO法人などへの寄付に対する控除率を上げるなど、返礼品を上回る優遇措置がなければ、寄附は地方自治体に偏り続けるだろう。さらには、対面での活動を基本とする法人、行政からの委託業務の多い法人はコロナ禍でその力を失わざるを得なかったという。続けて西田はNPO法人などが積み重ねる小さなグッドプラクティスがスケールしないために次の手がでない点や、東日本大震災から時間が経ち、若い人たちの社会貢献意識が低下しているといった本質的な問題も指摘した。

プレイヤーを探して

NPO法人や社会起業家が大切とはいえ、それが拡大していく道筋は今のところ見えない。では社会の複層化の他のプレイヤーはいるだろうか。
西田は移民との共生を考えるべきだと説いた。日本は公式には移民を認めていないものの実際には「移民大国」である。労働力人口、生産年齢人口ともに厳しい状況にあるのを移民が打開できる可能性は高いだろう。例えば埼玉県川口市の芝園団地はその半数以上が外国人、「芝園かけはしプロジェクト」では日本人住民との分断を乗り越えようと大学生が中心になって活動が続いているが、共生に向けたプラクティスはまだ少ない。
次に議論されたのは自立経済圏、いわゆるスモールビジネスあるいはローカルビジネスというモデルである。これについて西田の主張は一貫して、小さなスケールに閉じるのは脆弱であり、10年後には人がいない農村や漁村での生産物等をどうやって都市ないしはグローバルにスケールできるかを考えるべきというものだった。対する連は、地方での小さなプラクティスも社会を複層化していくものとして位置付けたいという。
今回、(意外にも)「地方」あるいは「農村」の扱いについて活発に議論がされた。それは主に「2. 社会変革のための建築」 と「3. 社会変革としての建築」の区分がどこにあるかを確認するためだったように思う。西田は自身が学生時代に関わった古民家改修プロジェクトでの苦い経験を取り上げ、それが2なのか3なのかを確認するなかで、このふたつのカテゴリーの差を明解にしようと試みた。結論はそもそも「社会変革のための建築」ですらない(どのカテゴリーでもない)のでは、というものだったが、実は筆者も自分が関わる千葉県鴨川市でのプロジェクトが2なのか3なのか、判断がつかずにいる。無論、大事なのは3つのカテゴリーにそれぞれの実践を落とし込むことではないので、今回は鴨川市でのプロジェクトにおける社会変革性について考えたいと思う。
千葉県鴨川市を含む南房総地域は2019年の台風被害の爪痕を今も残し、多くの集落が15年以内に消滅する危機にある。そのなかのひとつである釜沼北集落が我々のフィールドである。薪炭地としての山林に囲まれた棚田と茅葺の古民家の姿は荒れつつあるとはいえ美しい。
念を押しておくと、このプロジェクトの動力はノスタルジーではないし、もっといえばこの集落が生き長らえて満足ということでもない。古民家の改修、稲作、山林整備、電柵の管理、茅葺の葺き替え、日常の草刈りなどなど、地元のみならず日本中のプロを呼んで教えを受けながらの活動には明確なリアリズムを感じている。里山は先人たちが一度丁寧に手を入れているため、都会育ちの素人でもすぐに成果を得られる。自然災害、獣害、異常気象、パンデミックに資金不足と立ち向かうべき困難も多いが、私自身この1年あまりで習得したスキルは数知れず、それは確実に承認へとつながっている。そしてここに通う多くの都市生活者と少なからずその感覚を共有している。釜沼に23年前に移住した林良樹氏と1年前に移住した福岡達也氏、建築家の塚本由晴が立ち上げた一般社団法人「小さな地球」は、「売らない農業」つまりこの集落での経験を元手に、牛歩ではあるがそのビジネスモデルをつくろうとしている。

千葉県鴨川市釜沼の棚田と民家
写真提供:小さな地球
コミュニティスペース古民家「したさん」の前で田植えをする塚本研メンバー 
写真提供:東京工業大学塚本研究室

また、筆者が最も注目し、研究課題としているのはこの地域の移住者たちの家である。建築家が設計し、専門的に施工され、それを購入し、時間が経てば廃棄される、製品としての建築に限界を感じていた。都市部から南房総に移住してきた人々は、自らの手を動かし、友人たちの力を借り、その土地にある資源を活かして家を建てる。イヴァン・イリイチによれば、自分の家を建てるのは人間本来の能力なのだが、我々の多くがその能力を行使する権利を奪われているなかで、移住者たちは思う存分その能力を発揮している。自立共存の元で建てられる彼らの住まいを「移住者ヴァナキュラー建築」と呼び、過去5回の自主ゼミでも幾度となく議論されてきたネットワーク(あるいはアクターネットワーク理論)の議論にも接続しつつ、これからの設計の糸口としたいと考えている。

移住者が中心となって古民家「したさん」で開催しているマーケット「awanova」
写真提供:小さな地球

全体性を把握する

連はこの論考は都市でのサバイブ論、実践理論だといい、それ故にグランドデザインによる全体性の描写、特に日本全土という大きなスケール扱うスタンスには慎重である。西田からは、理論と称するからにはそれぞれの読者の生活環境に左右されない最大公約数としてのビジョンの提示は必要ではないかという指摘があった。
これまで丹下健三を筆頭にアーキテクトが示してきた「グランドデザイン」は、いわば政策提言、それを実際に遂行するのは国であるというのが前提であった。「グランドデザイン」を明示するかどうかは別として、これからの遂行者が生活者であるというのがふたりの共通認識である。例えば西田は、現在一般的である週40時間労働に対し、同じ給料のまま1時間遅い出勤と1時間早い退勤をする「週30時間労働」を提唱しているが、この実現には生活者たる我々の政治的な意思表示が必要不可欠なのだ。
個人的にもあらゆる立場の人が共有できる大きなビジョンが提示され、生活者が実現するというイメージには強く共感する。例えばそれが都市における建築実践理論であったとしても、都市のつくられ方が地方のつくられ方に影響する以上、あるいは地方のあり方が都市を変えていく可能性を感じている以上、地方(と地方の生活者)と切り離した理論は存在できないと考えるからだ。全体性の把握は、日本全体の問題に責任を持つためではなく、我々がどんな状況で「社会変革のための建築」を実践しているかという共通認識を描き出すために必要なのではないだろうか。


平尾しえな(ひらお・しえな)
1992年埼玉県生まれ。2017年東京工業大学工学部建築学科卒業。2018-19年スウェーデン王立工科大学KTHに交換留学。2021年東京工業大学環境社会理工学院建築学系修了(塚本由晴研究室)。現在は同大学院博士後期課程に在籍し、移住者ヴァナキュラー建築について研究する二拠点研究者。専門は建築意匠・都市農村計画。


自主ゼミ「社会変革としての建築に向けて」は、ゲスト講師やレポート執筆者へ対価をお支払いしています。サポートをいただけるとありがたいです。 メッセージも是非!