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【企画参加】 花吹雪 〜 #シロクマ文芸部

 花吹雪は舞った。あれはちょうど二年前の同じ頃だった。俺はまるで自分の人生までもが解体されて行くかのように、その作業の始まりを見守っていた。この大都会のド真ん中にあるあの建物が崩されてゆくのを。

 あの日俺は、このメタボリックな腹を撫でながら、いよいよメタボリズム建築にも刃が入るのかと興奮に血圧を気にしながらその様子をを眺めていた。日本を代表する巨匠の傑作である。それをいとも簡単に壊す。新卒で入社したばかりの頃は駅前の安酒場で飲んだ後、コンコースを抜けて反対側へ出ればまだ潮の香りがふわりと感じられた。首都高の向う側にそのカプセルは顔を覗かせていたような気がする。

 高度成長期の1972年に完成し、当時はサラリーマンの「憧れのセカンドハウス」と崇められたこの建物は、箱状のカプセル140個を組み合わせた集合住宅で、老朽化を理由に解体が決まった。

 当時美術系の大学へ通っていた俺は、その巨匠のメタボリズム思想とやらを目の当たりにした。建築も新陳代謝を繰返し一定期間で変化していくのだと言う。「建築のシンチンタイシャ」か。どちらかと言えば「俺はチンチン大蛇」だな、とやや勝ち誇りながらミミズの背比べにもならないようなセリフを口走っていた。

 画一量産化でコストパフォーマンスに期待できると謳っていたこの思想だったが、実際には量産化多様性へとよじれながら話は進み、25年後には改築すべしとしながら、結果分譲の形を取って家主はバラバラであった。カプセルは下から順に積み上げられたことに加え、新鋭美術さながらの配管システムが災いし、巨匠の目指した新陳代謝は行われることがなかった。通常建築家は施工後、主体性を持ち続けられない。その状況はまさに花吹雪がよく似合う。散り際は美しくあれ。

 ついでに言えば、1979年大阪梅田に登場したカプセルホテル。サラリーマンなら一度はお世話になったことがあるであろうこの近未来的空間も巨匠の「作品」である。巨匠が巨匠である理由でもある。更に俺の予想では巨匠は乗り鉄だ。何故ならこれは、寝台車両の形相そのままだからだ。きっと寝台で揺られながら構想を練ったに違いない。競馬の予想は当たらなくても、こういう予想はいつも当たる。人生の大穴か。

 俺もかつては建築家になる夢を抱いたこともあったが、そこまでの器量はないとわかっていた。平穏な地元の美術館で働くようになった。それだけでも俺は幸せだ。今はこのメタボリックな腹を撫でながら、レストアという木の下で花吹雪を愛でることができる。巨匠のあのカプセルを毎日目の前にしながら。




〈約1000字〉




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今回こちらの企画に参加させていただきました。





〈参考資料〉












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