鴨居カモネ

3匹の猫を愛する本好きの躁うつです🦆🔗https://sizu.me/kamone

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    これまでに書いたエッセイを全てまとめました🦆

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沼るためにマッチングアプリでイケメンに会った話をする

「沼る」って何だろう。 ここ何年かよく耳にする。ハマって抜け出せない状態をあらわすらしい。 好きな人やキャラクター、アイドルに対してよく使われる表現だが、実世界の人間に対してその状態になるのはよくわからない。 好きな人に沼る? あまりピンとこない。 批判や否定をしたいわけではなく、ただシンプルに疑問なのだ。 だからわたしは「沼る」を体験してみようと思った。ちょうど離婚したばかりだったので、時間を持て余していたし、気を紛らわしたいというのもあった。また「沼る」には、イケメンが必

    • 母のフルーチェの真相

      みなさんはフルーチェを食べたことがあるだろうか。 私は子供の頃からフルーチェが大好きだ。 知らない人に説明をしておくと、フルーチェとはハウス食品が販売する即席で作ることができるデザートである。 家ではいつもフルーチェが棚に常備されており、子供の頃の定番のおやつだった。お昼でなくとも、小腹が空いている時に母にお願いすれば、フルーチェなら作ってもらうことができる。だから私にとってフルーチェは夜のデザートという印象がある。 だが、いつも使ってくれるわけではない。母はよく「フルー

      • 正月にトイレに閉じ込められた話

        正月の1月3日にトイレに閉じ込められた。 全ては私の怠慢がもたらした出来事だった。 トイレの前に20数キロはあるであろう家具が入ったダンボールを壁際に置いておいた。それはちょうどトイレの正面だ。 こんなに重いものを猫がどうにかできるわけがない。この怠慢こそが私を苦しめることになる。猫は時に驚くことをする。 私はいつもトイレを使う際、ドアを開けっぱなしにしている。なぜならドアを閉めると猫がニャーニャー悲しげに鳴いて可哀想だからだ。 その日はたしか少しだけドアを開けていた

        • 毎食意味のある食事をしたいマンVSチベットスナギツネ

          食べることが好きだ。 でも目的のない食事を楽しみたいと思わない。 目的のない食事とは、例えば仕事の昼休憩でとらなければいけない食事のことだ。 家にいれば家にある食材で食事を楽しむことができるが、仕事で外に出てしまったばっかりに摂らなければいけない惰性の食事。 人によってはそこに楽しみを見出すのかもしれないが、外食は高いし、いつもそんなことをやっていられない。その日を過ごすためだけに、食べる。目的のない食事だ。 食事は、“〇〇を食べたい”という動機で食べるのは楽しいが、上記の

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          ウーパールーパーの秘密

          ウーパールーパーが嫌いだ。 私は生き物はわりと何でも好きで触れない生きものがいない。そんな私において唯一、ウーパールーパーだけが例外だ。 ウーパールーパーは白いむにゅっとした体つきをしていて、その体は透けている。両生類に属す、とぼけた顔をした何とも憎めない感じの生き物だ。正式名称をメキシコサラマンダーという。 一見かわいいこいつが私はなぜ嫌いなのか。それはハッキリとした理由がある。 遡ること12年前。私は中学2年生だった。私にとってウーパールーパーは理科室のイメージと直

          ウーパールーパーの秘密

          脳死という言葉は使わない

          ぽちゃんーー。 クルトンが洗い桶の中に落ちた。サラダを調理している最中だったから気に留めなかった。あとで掬おうと思った。食事が終わり、洗い物をしようと洗い桶を見た。ブヨブヨに膨らんだクルトン。私はそれを見て、クルトンの水死体だと思った。 人は水中で亡くなると水を含み、膨らむ。子供の頃に誰かから水死体について聞いたことがあった。その人は発見者も遺族も可哀想だと言っていたことを覚えている。でも誰がそう言っていたのかを思い出せない。 私は膨らんだブヨブヨのクルトンを見て、瞬発

          脳死という言葉は使わない

          日が沈むのが見たくて河川敷に行って気が済むまで泣いた日

          布団の中でどうしようもない辛さを感じていた。このまま布団の中にいては駄目だ、歩こうーー私は外に出ることにした。 歩くだけじゃなく、できたら1人でカラオケをしよう。ヒトカラで定期的に利用する店に行くと、1人なのに巨大スクリーン2画面の大部屋に通された。アゲである。世界、機嫌とりにきてるじゃんって思ったね。思う存分歌って、私は河川敷を目指すことに決めた。日が沈むのを見たいと思ったからだ。 河川敷は近くもないけれど、そう遠くもない。 河川敷の途中にあるカフェの前を通ると、「ご自

          日が沈むのが見たくて河川敷に行って気が済むまで泣いた日

          双極性障害を生きていく

          なかなか起きることができなかった。憂鬱な気分の中でいつ死にに行くんだろうと思った。生きると考えていても、私の心の奥底に眠っている希死念慮は目覚めに活動する。終わらせたいという気持ちを押し付けてくる。疲れる。 私は病気の基本的なことは理解しているが、全てのことを把握はできていない。例えば1日の気分の波や転換期の鬱に切り替わる時の衝撃。慣れることができない。 ふつうの人は何かがあって、気分が落ち込む。漠然としたモヤモヤに悩まされることもあるだろうが、それは基本的に言語化や認識

          双極性障害を生きていく

          幸せを願うことなかれ

          「幸せになってね」 もう会うことはないであろう人から最近、言われた言葉だ。おそらく相手は澱みない心で、私の幸せを願ってこの言葉を言ってくれた感じだった。 この言葉をもらって私は、困惑した。第一の感想は、“は?”である。正直なところ、意味がわからない。 だからその人には、「私の幸せは願わなくていいよ」と言ってしまった。本当に願わないでほしい。余計なお世話この上ない。 私がここまで拒否反応を示すのがなぜかというと、幸せってなんじゃらほいという感じだからだ。 まずは「幸せ」の意

          幸せを願うことなかれ

          掃除ができない自分のことを許そうと思った

          最近になって変化があった。苦しむことなく、掃除や片付けができるようになった。とてもいい変化だ。 そもそもどちらかと言えば掃除や片付けは得意だった。部屋はいつ人を呼んでも恥ずかしくないくらい整っていたし、インテリアにもこだわっていた。それなのに、離婚が視野に入ってからというもの、途端に手がつかなくなってしまった。期間にして1年と4カ月ほどだろうか。 去年の4月に離婚が成立し、夏に今の家に引っ越してきた。引っ越しの片付けも相当大変だったが、母に手伝ってもらい、何とか生活できる状

          掃除ができない自分のことを許そうと思った

          noteは自分を映す鏡なのかもしれない

          noteとの向き合い方に悩んでる。 悩んでるというか、自分の中でスイッチがなかなか入らなくて困っている。noteはできる限り、読んでもらった方に「面白かった」と思ってもらいたいから、自分なりに構成を考えて書いている。だから多少なりとも気合いを入れないと書けない。いざ書いてしまえば、“あ、難なく書けたわ”と思うこともあるのだけれど、書くことのハードルがそれなりにある。それは私がnoteという媒体を大事に思っている証でもある。 エッセイという性質上、過去の記憶を掴み取って解剖す

          noteは自分を映す鏡なのかもしれない

          雨の日の新宿御苑で君と桜を見た

          最近は天気の良い日が続いてる…と書こうとしたが、昨日は通り雨によって干していたシーツがびしゃびしゃになったことを思い出した。ほんとに一瞬だけ、私のシーツを濡らすためなのか?と思うほど、一瞬だけ雨が降った。ムカついたが、天気に怒ることほど不毛なこともないから現実を受け止めて、再度洗濯機を回した。 前回の記事で、「土砂降りの中で桜を見る乙なイベント」をすると書いていたが、実際にした。大雨警報が出る中、新宿御苑で桜を見た。 なぜわざわざそんな日に?と思うだろう。 これには理由があ

          雨の日の新宿御苑で君と桜を見た

          桜の思い出に殺される

          なんだか調子がよくないです。 本来この時期は元気なはずなのに、心がザワザワしてしょうがない。最近は少しだけ落ち着いたけれど、長らく動悸もひどかった。 なんでこんなに苦しい感じがするのだろうと考えたところ、桜が原因だと気づいた。 わたしは多くの人と同じように桜がとても好き。お花見もしたいタイプ。けれど、桜には思い出が詰まりすぎていて、桜をトリガーに過去のつらい記憶が膿むのだと気づいた。 元夫と別れたのも7年付き合った交際相手と別れたのも4月だった。毎年見ていた桜。もう一緒に見

          桜の思い出に殺される

          エイプリルフールの嘘とさよなら

          「俺、鴨居のこと好きなんだよね。付き合わない?」 告白のメールは突然、届いた。 中学3年生の最後の春休み。高校の入学式を数日後に控えた4月1日。 そのメールの差出人は同じクラスのムードメーカー的存在のWくんからだった。 その子から好意を持ってもらっていることはわたしも薄々気づいていた。中学3年の秋の合唱祭の打ち上げの後に、クラスメイトの女子から「Wくんがカモネちゃんのこと、かわいいって言ってたよ」と言われていたから、わたしも少しだけ意識していた。 制服姿と私服では印象が違

          エイプリルフールの嘘とさよなら

          飼育小屋で赤い瞳が見つめていた

          通っていた小学校でうさぎが消えた。 子うさぎが忽然と姿を消したのだ。 小学校で飼われている飼育小屋の番のうさぎが産んだ子供だった。まだほわほわのちいさな命。 校内放送が流れて、先生たちが「みんなでうさぎを探しましょう」と言っていた。その様子は冷静だった。 わたしは真剣に子うさぎを探したが、見つかる気配はなかった。 産まれてしばらくは「そっとしてあげましょう」という話だった。だが、そっとしてあげた後に、子うさぎは消えてしまい、触れ合う機会は一度も訪れなかった。 わたしが小

          飼育小屋で赤い瞳が見つめていた

          めげないしょげない、でも泣かせて

          たった2日で仕事を辞めた。 前回【やめる気持ちよさ】についての記事を書いたばかりだったから、何とも言えない気持ちだ。今回は何も積み重ねてもいないし、がんばってもいないので気持ちよくもなんともない。何もない。ただただ情けない。 そもそもフルタイム募集のところに、これまでの経験を買われて週3、4時短での勤務という、希望をかなえてもらっての雇用だった。 そこそこ時間をかけての採用だったし、業務を私の勤務日数に合わせて調整するとのことで待つ時間もあった。 だが、蓋を開けてみれば“フ

          めげないしょげない、でも泣かせて