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親愛なる隣人にはいつも10秒しか会えない。


何故だろう。

だいたい、お風呂に入っているとき。

もしくは脱衣所に上がって、まだ下着でフラフラと部屋の中を徘徊しているときに限ってインターホンが鳴る。





佐川さんだ……



なんでいつもこちらが完全に油断しまくっているタイミングなのだろう。

逆に狙ってやって来てるのではないかと、一瞬脳裏によぎる。(絶対にない)



居留守は使いたくはないし、これを逃すとまた再配達も指定も面倒なので、たとえ風呂場で頭を洗っていようが是が非でも荷物を受け取りゆく。



これは自分にセブンルールを設定するとしたら是非とも追加を検討したい。



濡れた長い髪を爆速でタオルでグルグル巻きあげ、ダッシュしてインターホン越しに「ちょっとお待ちくださーーい!!!!」と叫ぶ。


焦っていることはどうにか伝わって欲しいので、なるたけ大きめの声で。



えー、こちらヨドガワ、ほぼ裸です。


ああーやばい!やばい!!!


適当にベッドに投げ脱ぎ散らかされていた、しわっしわのパジャマのような類の召し物を着て(表裏逆の場合も有る)、玄関までバタバタ走る。





こういうタイミングの時こそ、大地震がきたら一巻の終わりだよなぁと、ほんと常々思う。



「お待たせしました……」


蚊の鳴くような声を発しながら、どうにか荷物がギリギリ受け取れるくらいの隙間だけ扉を開ける。



と言うより、開けれない。



だって、こんな濡れボロ雑巾みたいな姿、
断固として知らない人に見られたくない。


しかも配達員さんは大体男の人だし。




イケメンだったら尚更に嫌だ!




そしてわたしの統計上、佐川男子は裏で顔採用もしてるんじゃないか?けしからん!と勘繰ってしまうほど、世間一般的なイケメンが多い。(気がする)


扉が開いた途端にお化けみたいなボサボサの女出てきた!!とイケメン(仮)佐川男子に蔑まれてドン引きだけはさせたくない…


だから扉はガッツリ開けたくない。


どうか目が合いません事を願い、うつむきながら、アリガトウゴザイマス、アリガトウゴザイマスとブツブツと唱え、恐る恐る荷物を受け取り、片手がギリギリ入るくらいの隙間のなかで受け取り印を押した。


ともあれ完全にこの一連の流れで、わたしが佐川男子から気色の悪い女と思われてしまったには違いない。





「ありがとうございましたー!」

ああ、こんな気持ちの悪い女に、この人はなんとハツラツとした明るい声で対応してくれるんだろう…


閉じかけの扉の隙間からチラ見してみる。



ほれみろ、案の定イケメンじゃねぇか…


青いボーダーの制服が爽やかで、よくお似合いです。




独断と偏見で、趣味はサーフィンですって言ってそうな色黒の佐川のお兄さん。
普段わたしの生きている世界線では絶対に関わることがないタイプだった。

出会い系アプリを駆使してもきっと中々マッチングしないだろうな。




佐川男子の足音が遠ざかることをドアに耳をつけて確認し、鍵をゆっくりと閉めて、ほっと一息つく。


ふと玄関の鏡の目の前で突っ立っている自分のその姿を見ると、
いまの自分の顔も着ている服もやっぱりめちゃくちゃ不細工だしダサくて滑稽で、わらった。

顔は白くて唇には色が無い。外には絶対に着ていけないような、首元がヨレヨレの、昔好きだったバンドのTシャツに、高校のときのダサい緑色した体操ズボン。




本当に気が抜けてる時の自分ってこんななのね。




家族や恋人、家に泊まりに来たことのある親友くらいにしか見せることのない、近くのコンビニに行くにしてもギリアウトであろう、このだらしのない姿。


でもそれは、お互い気が知れていて安心できると思える関係だからこそ、オフどころではない油断しまくってダルダルに緩みまくった姿を《みる/みられる》の構図がゆるせちゃうんだろうなぁ。


それをまさか、



名前もしらない、どこの誰とか分からないような佐川のお兄さんに見られてしまうとは。




家にも上がって茶も飲んで帰りもしないくせに、
問答無用でわたしのだだっ広いパーソナルスペースに土足で踏み込んで来た。






…これは何かに似ている。




これは、友だちや恋人の



「ほい、たまたま近くに来たから差し入れ!」って冷えた缶ビールやどこぞのお土産を持ってきてくれただけの、あの感じに似ている。




…なんだか、悪くないんじゃない?








その日を境にわたしは、インターホンが鳴ると、適当に脱ぎ散らかした服を着てダサい姿のまま玄関に行くのは変わらないが、
以前とはうってかわって、扉は全オープンで佐川男子と目を合わし、にこやかに荷物の受け取りに出るようになった。



もちろん顔見知りになった訳ではない。




毎度、名前もどこの誰だかも知らない。






そう、あれから、わたしと佐川男子の関係は。




10秒ちょっとの間だけ、「親愛なる隣人」として佐川男子に心をゆるす関係になった。




「なった」というか、「した」が正しい。



勝手に。

あくまで一方的に、ごっこ遊びのような関係を勝手に築き上げたのだった。


驚くべきことは、かつては吐きそうなくらい憂鬱アクシデント、風呂×宅急便の組み合わせが、
突如訪れた逆転の発想により、今ではまさか、少々(と思いたい)変態的ではあるけれど、ちょっと楽しみなラッキーイベントへと変化してしまったのだった。


佐川男子からしたらとんだ迷惑な話だろうが、
声もかけないし、指一本も触れないので、どうか何卒これからも、「親愛なる隣人」として10秒だけ、わたしに頂けないでしょうか。


29歳独身OL、これからの人生も更に豊かにする為に、誰に笑われアホやと言われても、こういうくだらないひとり遊びはまだまだ増やしていきたいものです。


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