見出し画像

アイライン、下から引くか?横から引くか?



化粧を覚えたての頃からわたしは今でも毎朝欠かさず仕上げにアイラインを引く。


昔から強そうで性格がキツそうな顔の女の人がタイプで、恐らくわたしは自分の描く理想の「綺麗」や「かっこいい」に無意識に近付こうとしてアイラインを引き始めたのだと思う。


しかし数年前のある日、いつものように化粧をしていて、アイラインを引く様子を横目で見ていた当時の恋人から突然


「顔がキツそうに見えるからやめた方がいい」「似合ってないしむしろダサい」
「俺の好きなメイクじゃない」


と言われたことがあった。


あ、なるほどそうなのかぁ、とその時は素直に受け止めた。

わたしの中のアイラインの位置付けは、冒頭での理由に加えて、もはや習慣というか、儀式と言いますか。
最後にアイラインを跳ね上げさせることによって「よっしゃ化粧したぜ!!!」感があったのだけれど、
わたしを近くで見てる彼がそう言うなら&彼の好みのわたしになった方がいいかもと思い、しばしアイラインとお別れをした時期があった。


アイラインと別れてからの生活は、最初はなんだか新鮮に感じて「これもいいかも」「イメチェンできた」と確かに思ったけれど、
何日か経ってみて、居酒屋や駅のトイレの鏡で自分の顔をパッと見る度に、違和感と喪失感が尋常じゃなかった。(本当に失恋したあとみたい)


不思議なもので、アイシャドウやチークは気分によって色を変えたり付けなかったりする事はあるのに、アイラインが不在のわたしの顔は全然好きな顔じゃなかった。
弱い、弱過ぎる。もっと強い顔が好きだ。むしろめちゃくちゃ気持ち悪かった。
若干一秒で終わるあのラインを引く行為がないだけでこんなに違うのか、わたしは。


あーこれは絶対に違う、わたしじゃねー。


わたしにとっては、たかがアイラインされどアイラインなのだ。正直なところ誰にも気付かれないし、「化粧変えた?」程度でしか思われない。
でもきっと誰にでもわたしのアイラインに代わるどうしても譲れないものだったり、拘りみたいなものはあるはず。


髪はロングの方が似合うだの、もっと露出のある服を着た方がいいだの、もっと痩せた方がいい、もっとこうして、ああしてとか。

わたしの意志での「変わりたい」ではなく、誰かの理想のわたしにならないといけないと思うと窮屈で堪らなかった。
誰かに求められる「わたし像」はご主人に勝手にデコりまくられたビカビカのラジコンみたい。そしてリモコンで動かされてる。意志もなく。

わたしはわたしが好きなわたしになりたいのに!!!!と暫くもやもやしていた時期があった。


そしてまた丁度不思議なタイミングで、さらにひと昔前の元恋人に酒場でばったり出会った。(大阪は本当に狭くて嫌な場合もあるけど、時々面白い)


少しばかり、「久しぶり〜」みたいな世間話をして喋っているとまじまじと顔を見てきたので、なんだと思っていたら、


「なんか変な顔やなと思ったらアイラインが無い!違う人みたい。アレあった方がきつい顔でかっこいいよ!」



ズッコけた。

わたしの本体アイラインかい。


とか一瞬しょうもない事が頭によぎったのはさておき、わたしが勝手に拘り続けていたアイラインをこの人は付き合っていた当時から今の今までわたしのアイデンティティとしてそっと黙って見ていてくれていたのだ。

なんだかその言葉がジンワリと嬉しかった。

誰かの理想のおまえじゃなくて、おまえがなりたいおまえを貫けよと言ってくれたのだと思って(勝手な解釈)、ビシッと「変な顔」と言ってもらったことをありがたく真摯に受け止める事にした。

そしてそのすぐ翌日に、わたしはアイラインとの復縁に成功した。
これからはもう絶対離さないぜと言わんばかりに、今日もアイラインを仕上げに跳ね上げる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?