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誕生日

歳を重ねるって呆気ないな。あれだけ注意深く今日のことを意識していたのに、時間は瞬く間に過ぎてしまって、何の実感もない。何か違うものに気を取られて、はっと気付いたときには床に落としてしまっていたボールペンみたいに、この一日は出し抜けに目の前に現れた。毎年のようにそう思っている気がするけれど、今年は格別にそんな感じがする。

消し忘れたベッドサイドのランプがほんのりと照らす暗い部屋の中で、一人取り残されたようにスマートフォンに淡々と言葉を打ち込んでいる。自分以外のすべてのものが息を止めて動かなくなってしまったかのように、あたりは静寂に沈んでいた。耳に届くのはかすかな息遣いだけ。部屋の入口の方を向いて眠る背中が、心地良さそうな寝息を立てはじめている(肝心なときにいつも寝ている)。

ぽっかりと空いたひとときを過ごすつもりはなかったのに、余白の時間はいつも唐突に訪れる。言葉が溢れるのはどうしてこんな時ばかりなんだろうと、溜息をついた。

無為に時間だけが滑り落ちていく中、ぼんやりと柔らかい枕に頭をもたげていると「人は一人で生まれて一人で死に向かう」そんな言葉が頭に浮かんだ。人間は孤独だ。どれだけ心の底から分かり合える人に出会えたとしても、最終的には一人で死ぬ。誰かに執拗に依存しても、溺れるような恋をしても、他者とは永久に隔てられたままだ。現に今親しい相手は我関せずといった態度で眠り、そろそろいびきを掻き始めそうな勢いでいる。当然のことではあるけれど、わざわざ祝福の日に思い出さなくてもよかった。

今のように、この先も、こんなふうにがらんどうを見つめながら孤独を嘆く瞬間が来るんだろう。妙に冴えた意識の中、脳裏をかすめた予感がうっすらと確信に変わっていく。

エアコンの冷気が音もなくゆっくりと肌に落ちる。なんて寂しく、現実的な誕生日だろうと、力無く笑った。

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眠れない夜に

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