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池袋駅C3出口

今日『子持ち様への配慮をどこまですべきか』というテーマがTwitterで話題になっている。

『子連れだから優先席を譲って貰うのは当然だと言われた』
『ベビーカーで突進してくる』
『電車の座席に泥だらけの靴を履いて暴れまわっている子どもを注意せず、スマホに夢中になっている親が散見される』

などなど沢山のつぶやきを見る。多くの場合は母親が叩かれる対象で、彼女達にはまとまった休みを取ってヒステリックを改善して欲しい。

例えば私は『優先席代わって』と言われたら、それ以上の雑音が耳に入らないようにyutubeの音量を上げる。二度と会わない人間に気を使う必要が感じられないので。

こんなクソみたいな人間性になる前、自分にも子どもができるかもと何となく考えていた大学生時代はもっとマシな人間性を持っていた。と思いたい。

過去の話になるが、聞いてほしい。


当時大学2年の私は1限に間に合わないと焦り、池袋の駅構内をダッシュで駆け抜けていた。ドイツ語の分厚い紙辞書・授業で使う聖書をブチ込んだ通学用バッグはサラリーマンのPC入りリュックよりも重たかった。運動神経が悪い人には分かってもらえるかもしれないが、重い物を持った状態で全力ダッシュすると左右に体幹がぶれて無様になるよね。肺活量も無ければ余計ゼーハーゼーハーしてキモい化物になる。

巨大な池袋駅構内の大学最短のC3出口にはエレベーター・エスカレーターもなく、ただただキツイ階段が待ち受けている。出口に向かって鬼の形相でフルマラソンのように駆け抜けた。おそらくイナズマイレブン風のケムリが足元を覆っていたはず。脳内でうまぴょい伝説を再生しながらコーナーを曲がり、出口の階段に足を掛けた瞬間だった。

『すみません!一緒にベビーカー上げてくれませんか?』と声を掛けられた。

ここここんな急いでる瞬間に?!まじかよ。と思う前に足は止まっていた。しっかりとお母さんと目が合って、懇願されているのが手に取るように分かった。腕時計を見ると遅刻は確定。オワタ。時間に厳しいドイツ人の先生は遅刻に厳しい。せっかく今まで皆勤賞できたのに勿体ない。
ここで急に前回のテストに出てきたドイツ語の諺が浮かんできた。
Auf Regen folgt Sonnenschein.
直訳すると、雨の後には太陽が輝く。
つまり、大変なことの後には良いことが待ってる。
ここは大変な作業(ベビーカーを階段の上まで持ちあげる)をしておけば、良いこと(遅刻も何とか許される)なんて考えていた。

ゼーハーゼーハー言いながら、「いいですよ。」と言い、母親の顔を見てグーで指さした。どうせ遅れるなら何かしら良いことをした方が気持ちも晴れると思い、ベビーカーをひょいと持ち上げた。随分軽く感じられて、自分の体力もまだまだ捨てたもんじゃないかな~と思いながら数十段の階段を駆けのぼった。C3出口の頂上にベビーカーを置いて額の汗をぬぐう。今日池袋に来たのはこの仕事をするためだったと言わんとするように額の汗を拭って、ベビーカーの中の嫌に軽い赤ちゃんを見た。

とっても軽く感じたのは私の体力しかり、体幹が良いからではなかった。ベビーカーの中の正体はちっちゃな人形だった。赤ちゃんのカタチをしたぬいぐるみチックな人形が2体こちらを見つめていた。お母さんと呼ぶべきであろう女性はゆっくりと階段を登ってきて
『ありがとうございます。助かりました。』と私にお礼の言葉をかけ、人形に向かって『ゆきちゃん、かなちゃん、良かったねえ』とハッキリと言った。

この女性、完全に人形を我が子だと思っている…‼

「学校なのでこれで!」と尻尾を撒いて必死に大学への道を走った。先ほどまでの全力疾走が嘘のように、怯えるがまま今までよりも早く走れた。恐らく今まで計測した50m走の自己更新記録を優に超えているんじゃなかろうか。

教室に着くと第一声『Verspatung‼』とドイツ人教師に叫ばれた。しかしあまりにも滝汗をかき、ゼーハー言っている私が異常に見えたのか、『ナニガアッタ?』とカタコトの日本語で聴いてくれた。

階段での出来事を話すと、静かにしていたクラスメイトの1人が「それサークルの友達も見たって言ってた!」と騒ぎ始めた。どうやらあの”お母さん”はC3に良く出没する不審者で、何人にも声を掛けてはベビーカーを階段の上まで運ぶお願いをしていたらしい。

不審者というにはあまりにも害がなさ過ぎて学校側も対処に困っている様子だった。あの”お母さん”は統合失調症なのかあるいは、堕ろしてしまった子供を幻想に抱いて人形に面影を刷り込んでいるのか分からない。

数か月たってそのうわさも”お母さん”もC3出口から消えて居なくなった。どこか他の場所に移ったのだろう。それはあなたの最寄り駅かもしれない。

このくだりがあってからベビーカーが少し苦手だ。街中で見かけてもサンシェードの中を覗かないように意識している。だから子連れ様とは関わりたくないし、ベビーカーの中身はもっと気にしたくない。意識が向いているうちはまだトラウマを払拭できていないのかもしれない。

皆も子持ち様には気を付けて。偽物が紛れ込んでいることも十分にあるから。

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