この街に、君がいるなら。


僕は、変わったみたいだ。



たくさんの音や匂いや、人が行き交うこの街。


以前の僕だったら…。

前の日から緊張。向かう電車で頭痛薬を飲み込んで、肩をすくめて下を向く。聞き慣れた音で両耳を塞いで、変わっていく景色と騒ぎ立てる心を誤魔化して。

目的地に着く頃には、身も心も疲れ果てていた。



それでも、「だいじょうぶ」だった。

目的地で待ってくれている、あの子の笑顔で。

それまでの不安も焦りも、頭の痛さだって。
「どこかにお散歩にでも出掛けたの?」ってふざけて言えてしまうくらいに、どこかへ居なくなってしまうから。



その日は、僕の知らない誰かさんのライブがあるって、あの子が言っていた。

綺麗な尾ひれをなびかせて、水槽の中を舞う金魚みたいな。そんな、たくさんの人が白と灰色の縞模様の上を足早に歩いていく。

縞模様を渡る途中、迫りくる人の壁を前にして、僕は自分の小ささを実感する。



でも、「だいじょうぶ」。

あの子が、隣に居てくれるから。



普段感じないような強い光を、足元と頭の上から浴びながら、あの子とおしゃれなカフェまで向かう。

幸いにもテラス席は空いている。暑かったけど、あの子を信じてテラス席に座ることにした。

いくつかあるテラス席の中、ちょうど良い日陰になっていそうな真ん中の席を選んだのは、僕だ。

以前の僕だったら「あのすみっこの席がいい。」と平坦な声で即答しただろう。



僕は、変わったのかも。



テラス席は程よく風が流れて、汗をかいた身体をゆっくりと冷ましてくれる。普段飲まない冷たい飲み物も、美味しく感じられた。

途中、あの子が席を外した。

僕はこの時、たくさんの人が溢れているこの街で「ひとり」になった。


目の前には、誰かが座る準備を整えて、順番待ちをしている緑色の椅子が並ぶ。

その光景が、何故か分からないけど、心地よかった。僕だけが椅子に座っているのに、「ひとり」じゃないような、不思議な感覚。



遠くに聴こえる、車の走る音。どこからか鳴り響く電車の音。

僕がただ、黙って座っていても。たくさんの人がどこかに居る音が、風に乗って運ばれてくる。



そんなことを想いながら、写真を何枚か撮る。

最後のひとくち分、美味しいけど持て余していたふわふわのシフォンケーキは、僕より遥かに小さい虫さんに味見されてしまった。

「こんなおしゃれな場所にも、虫さんは来るんだな。」

そんな、のんきなことを考えていた。



シフォンケーキに「ごめんなさい」を伝えて、戻ってきたあの子と他愛のない話をする。

僕が僕で居られる、僅かな時間。

お互いの「すきなもの」を話す時間。

「これから」を描く時間。


楽しい時間は、文字通り「あっという間」だ。



あの子と「またね」を交わす。

寂しさはあるけど、それはふたりで過ごしたひとときが楽しかった証拠。僕たちはそれぞれ「向かう場所」がある。

だから、「だいじょうぶ」。




僕は、変わった。



この街に、あの子がいる。

この街に、僕の憧れるあの人も居る。
もしかしたら、楽しそうに笑うあの子も、いるかもしれない。

「すき」と想えるものが、そこら中に転がっているかもしれないこの街を「すき」だと想える。




またきっと。


この街で、君に逢いたい。





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