《短編小説集》なにがしかの話

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にーちゃんみたいになりたくなかった話

にーちゃんみたいになりたくなかった話

 兄ちゃんが亡くなった。東京のマンション自室で。死因は病死、いわゆる「孤独死」。俺がまだ、中3の頃のことだ。 「……にーちゃんは、東京に行ったりしないよな?」  地元の葬儀でそう尋ねた俺に、彼はゆっくりと頷いた。 「行かないよ」  たぶん、と小さく付け加えたのを、俺の耳は聞き逃さなかったけれど。その自信なさげな面持ちを、見ないようにもしたのだけれど。それでも、俺はにーちゃんのことを信じようとしていたのに。 *** 「俺、ワセダに行きたいと思ってます」  高校最後

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失恋歌を聴くようになった12年間の話

失恋歌を聴くようになった12年間の話

 僕が幸せなラブソングを聴かなくなったのは、いつからだっけか。  確か、中3の12月。英語の授業で洋楽を紹介された頃のことだ。そこで教師が取り上げたのは、三つの曲だった。ワムの『Last Christmas』とカーペンターズの『I need to be in love』、それからもう一つ──。  飛び跳ねんばかりに陽気で、ポップな曲調。そのくせ、配られたプリントの和訳歌詞には「傷心」だの「別れ」だのと物哀しい単語が散りばめられている。若い女性と思しき声は、教室の古びたカセ

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好きになりそうな人と写真を撮った夜の話

好きになりそうな人と写真を撮った夜の話

 ES──エントリーシートなんてのは、自室でひとり粛々と書くに限る。大学のラウンジで、それもお喋りな女友達と一緒にやるべきことではないのだろう、たぶん。 「ところでさ、にっしーは今度の日曜って忙しい?」 「いちおう空いてるけど」 「了解、じゃあ『デート』の件はその日にしない?」  予想外の単語が耳に飛び込んできて、俺は危うくESの清書をミスりそうになった。「いやちょい待ち、どういうことなの」手を止めてそう問えば、イチカワは「飲み会での話、忘れたの?」と目を丸くした。瞬間、

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【HEAR公式シナリオ】《声を守りし宣教師》《声なき声の大罪人》《七色声音の芸達者》【蜂八憲】

【HEAR公式シナリオ】《声を守りし宣教師》《声なき声の大罪人》《七色声音の芸達者》【蜂八憲】

ひあひあ~! 「声で"好き"を発信したい人」のための音声投稿サイト、HEAR(ヒアー)公式です。 この記事は、音声投稿サイトHEAR内限定で使用できるシナリオ台本です。 HEAR公式シナリオって何?という人はこちら! このシナリオを使用するには使用規約(ルール)が決められています。 以下の使用規約(ルール)を確認したうえで使用してください。 HEAR公式シナリオ使用規約 ▷使用の原則 ・使用は原則としてHEARでの音声コンテンツとしてのみ。HEAR以外で使用することは

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音痴の人魚に歌を教える譚

音痴の人魚に歌を教える譚

 ある日の夕暮れ、とある国の北の果て。  大海原を望む断崖のふちに、一人の男が腰掛けておりました。豊かに蓄えられた白髪、顔に走る幾筋もの皺。薄汚れた粗末な衣服もあいまって、遠目に見れば崖縁に引っ掛かった雑巾といった風情です。  男は、眼下の岩場に散る波飛沫をじっと眺めておりましたが──やがて意を決したように、懐から笛を取り出しました。かつては都でも当代随一と謳われた吹き手として、奏でずにはいられなかったのです。  自身が布切れではなく、人間なのだと知らしめるために。まだ

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帰省の時だけ会う彼女との8年間の話

帰省の時だけ会う彼女との8年間の話

 ──いつの頃から、帰省が億劫になったのだろう。  大学受験を機に上京して、はや10年近く。俺の記憶が正しければ、就活が始まったあたりで一気に腰が重くなった覚えがある。  決して安くはない、東京・福岡間の往復運賃、そして移動時間。「せっかく帰ってきたっちゃけん」と強制的に催される親戚回り。行く先々で大量に供される、仕出し料理と親戚たちの近況報告。  去年は特に気疲れした。恋人を連れて帰省したからだ。そもそも両親だけに顔見せする予定だったのに、翌日には親戚たちが大挙してウ

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辺境魔女が旅巫女と別れるまでの譚

辺境魔女が旅巫女と別れるまでの譚

「冗談じゃねェや!!」  狭い一室に、男の絶叫がこだました。 「もうすぐ祭りなのに値上げだァ!? ただでさえ高っけえのに!!」  怒声とともに男は値札を指差す。  いわく、そこにはこうあった。 <防腐薬 銀10 改め 銀15>  椅子に座った老魔女は、あばた面を掻きながらうんざりしたように告げた。 「特別価格で5割増しだよ。雨季は気分が滅入るからね、薬の精製にも普段より労力がかかる──何度言ったら分かるんだい」 「去年は2割増しで済んでたじゃねェか!」 「去年は去年、

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好きな人とAVを鑑賞した夜の話

好きな人とAVを鑑賞した夜の話

 ──どうして、こうなってしまったんだろう。  6畳のワンルームに響く、女の甲高い喘ぎ声。肉と肉がぶつかりあう、重くて湿っぽい音。それらの合間を縫うようにして漏れ聞こえる、男の荒い呻き。  テレビ画面のなかで蛇のごとく絡み合う彼らは、「観られる側」としてこの状況をどう思うのだろう? そんな他愛もない問いが脳裏に浮かぶ程度には、室内は溢れんばかりの倦怠感で満ち満ちていた。  ちゃぶ台を囲んで画面を眺める、僕ら3名の男性陣。そして、傍らのベッドに腰掛けている紅一点──イガラ

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夜間限定彼女が願い事をした夜の話

夜間限定彼女が願い事をした夜の話

 屋上に続くドアの鍵を回すと、ほのかに温かい風が僕らの頬を撫でた。明日からは9月だというのに、まだまだ秋の気配とは程遠い。彼女──ハツカが「ぬるいね」と笑い、僕も「ほんとにね」と頷く。  大学4年生の、夏。  言い換えれば、僕らにとっては学生最後の夏休み。とはいえ、なにか特別なことが起きるわけでもない。もっとも、別に「起きてほしい」とも思っちゃいないのだけれど。   今日も今日とて、いつもどおりだった。  ハツカが昼頃に僕の部屋にやってきて、誕生日プレゼントとして最近

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肉団子の霊と同居した日々の話

肉団子の霊と同居した日々の話

「あの、センカワさん──来月末で、退職させて頂きたいです」  仕事終わりに誘われた酒の席で、部下に頭を下げられた。 「次は決まってるのかい?」 「はい、入社時期について先方と交渉中でして……」 「わかった、社長には俺から話を通しておくよ」  俺がそう言い終わると同時に、狙いすましたかのごとく料理が運ばれてきた。こぢんまりとしたテーブルが、瞬く間に賑やかになる。早速とばかりに箸をつけるこちらをよそに、目の前の部下は呆気にとられたように固まっていた。 「……どうかした?」

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