会社の飲み会で見失っていた自我をやっと見つけた話
こんにちは、わたしです。
GWいかがお過ごしですか?
わたしは、GW後半戦初日に会社の人と会っていました。
それだけ聞くと「えー、だるー」ってなると思うんですが、会うの自体は楽しみでした。
しかし、その中で悩んだことと、そこから見つけたことがあったので記事にしていきたいと思います。
どんな人と会ったか
わたしの仕事は在宅ワークで、同じ業務をチームに分かれておこなっており、別のチームの人とはほとんど話したことがありません。
たまに合同で作業があった時に、チャットアプリでやりとりがあるかなくらいです。
ただ、たまたま縁があって、別の班の女の子とたまに合うようになっていました。
今日はその子と、その班のリーダーと、わたしの3人で出かけることになりました。
会社の話は当然出る
在宅ワークで関係性が希薄とはいえ、多少関わることはあるので、共通の人の話をしました。
その中で、わたしのチームにいる先輩についての話になりました。
わたしはすごく優しくて、お世話になっていたのですが、2人からすると引っかかるところがあったようです。
2人の「あの時こうで、あの人の発言にこう思った」という会話を聞きながら、わたしの知らない一面があったんだなと感じました。
でも、わたしはピンときておらず、いつも優しくしてくれる先輩が浮かび、2人に共感できずにいました。
おんなじ気持ちじゃない時、どうしたらいいんだろう?
その場では「そうなんですねー」とか「知らなかったぁ」とか言って聞いていましたが、段々辛くなってきました。
先輩を悪く言われていることよりも、それを聞いたら次の出勤の時に「実はこの人悪い人なのかも」と思ってしまいそうだからです。
過去にも同じように会社の人とご飯に行って、先輩の悪口を聞いたら「そんな嫌な人と働きたくない、辞めたい」と思うようになったことがありました。
ただ、そこで悩んでいたら「別にわたしまで同じ気持ちにならなくていい」という事に気が付きました。
先輩は、2人の前では〇〇と発言した
それを聞いて、2人はこう思った
これは別に事実としてあっていいのです。
そこに対してわたしが、わたしの思いを歪ませる必要はないのです。
これが自分軸
わたしは相手に合わせて、相手を不快にさせないことがいいことなんだと思っていました。
そのためには、自分を歪ませないといけないとすら思っていました。
しかし、それをするとなんか苦しいのです。
そんな中で最近流行りの「自分軸・他人軸」のことを思い出しました。
自分軸を持つことと、相手を不快にさせることはイコールではありません。
その場で、相手の発言を否定する必要はありませんが「あなたはこう思うのね」「わたしはこう思うわよ」が両立するのが自分軸なのではないかと思いました。
相手に合わせすぎるあまり消えていた自分軸を見つけはじめることができました。
この小さくて細い軸を大切に育てていきたいと思います。
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