思い詰めた友人の悩みを最後まで聞いてやる事ができなかった話

友人が非常に深刻な声で、相談したい事があるので会えないかと電話をしてきたので、
なりふり構わず即待ち合わせ場所の駅前へ向かう事となった。

何かイベントでもあるのか、道は駅に向かう人々で大変混雑し思うように進めなかった。
前方の待ち合わせ場所を見ると、既に到着していた友人と目が合った。

私の目にはいつもと同じ友人が映ったが、友人の目にはいつもの私ではなく女装したオカッパのダウンタウンの浜田が映っていた。
散髪に失敗したのだ。
しかも、花粉症で目が充血していた為、唯ならぬ迫力が出ていた事だろう。

人混みから目を血走らせたオカッパが徐々に近づいてくる異様な光景に友人は

「うそ…やだ…こっちに近づいてくる…」

と、酷く狼狽えた顔をしていた。

友人は後に、この時の事を
「せめて手を振るなりして欲しかった。真顔で直視しながら近づいてくるので怖かった」
と、語る。

しかし、友人の所まであと数メートルの所で、突如前を歩いていた人が立ち止まった。
ぶつからないよう全力で横へ回避したが、人の流れは止まらず、友人は充血したオカッパが凄い形相で回転しながら横へ流されていく様を見せつけられる事となった。

そんな最中、何者かが救いの手を差し伸べてくれたかと思えば、空気の読めぬティッシュ配りが何故かティッシュを差し出してきた。
何故この状況下で受け取ってもらえると思ったのだろうか。
私の中で静かに怒りが花開くのを感じた。

「波にさらわれている花粉症の人間」を目撃したら、こちらとしては「波にさらわれている」に注目して頂きたいが、彼は「花粉症」の方に重きを置いたようだった。
救命隊にはいないで欲しいタイプである。

しかし、意外とティッシュは受け取れてしまった。
お陰でキャバクラのティッシュを振りかざし荒ぶる怒りのオカッパという、情報過多な何かが生まれてしまった。

何とか道の端に流れ着いた時には、足が震えて生まれたての子牛のようになっていた。
顔が人間な分、もはや「くだん」に近い。
今にもあのティッシュ配りの身に起こる不吉な出来事を予言して息絶えそうである。

待ち合わせ場所へ着くと、友人はうずくまっていた。
怒り、そして踊り狂う浜田が友人のツボを刺激してしまっていたようだ。

「何かごめん、…これ、お詫びに…」

と、ティッシュを差し出すと、友人は一度顔を上げたものの

「それ、さっきのやつ…」

と、再び丸まってしまった。
途中、うずくまる友人を心配した親切な人が声をかけてくれたが、
「河童の川流れを体現した変な髪型の私を見て苦しんでいます」とも言えず、かと言って私が他に上手く説明ができる訳もなく

「武者震いみたいな物なので、大丈夫です」

と、友人が勇み立つ武士であるかのような説明しかできなかった。

「ごめん、戦の前みたいにしちゃって…」

と、謝罪すると友人は更に苦しみ始めた。
もはや何を言っても苦しむだろう。
何故悩みを打ち明け苦しみから解放されたい友人を、私は別角度から苦しめているのだろうか。
全ては急停止した人のせいであるが、10%くらいは私にも責任がある気がする。

その後、私のオカッパが風にそよぐ度に気が散るのか、深刻な話は驚くほど進まなかった。
目が合えば沸々と声が震えだし、二語以上言葉が続かない様子であった。
おそらく、今なら幼児の方が饒舌だろう。
最後には全てがバカらしくなったのか

「ごめん、もう解決した」

と、言いきった。

未だに私はその深刻な話の内容を知らない。

友人は10年以上も前のこの話を持ち出しては、あの時は地上にいながら溺れる苦しさを思い知ったと話す。
目の前で必死の形相のオカッパの浜田が人波に流されていたら、確かにそうなるかもしれない。
しかし、その衝撃的な映像のおかげで悩みが消し飛んだという。

今も悩んだ時はあの時の光景を思い出していると言っているが、できれば違う記憶に差し替えて頂きたい。

私はこの話題が出る度に、ダウンタウンの浜田さんに心の中で感謝している。


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