電車で変な臭いがして危なかった話

少し変な臭いがするくらいなら問題ないと思っていたら間違いでした。


電車で変なオヤジに絡まれているとカメムシが私の周囲を飛び始め、オヤジだけでなくカメムシにまで絡まれる事態となった。

オヤジは私を中心に飛び交うカメムシを睨んだ後に、こちらに向かい
「お前邪魔なんだよ、ぶっ潰すぞ!」
などと言葉を発したので、カメムシが潰されては可哀想だと思い
「そんな事したら身体から臭い液体を出しますよ?」
と、炎症を担う液体である事も添えて警告すると何故か車両に妙な緊張が漂った。

何事であろうかと思っていたところ、数秒の沈黙ののちにオヤジが
「いや、邪魔なのはお前なんだよ……」
と、若干気まずそうに呟いた事により、最初からカメムシではなく私に言葉を発していた事が発覚し、先の会話の流れから乗客達の中で私が何らかの液体を分泌しようとしている危険人物となっている事に気がついた。

逃げ場のない車両内に「臭い液体を出す」などと奇妙な脅しをかける者が現れれば、緊張が走る事も無理はない。
オヤジの勢いは失速したが、私の平常心も失速している。
途中からオヤジとどこか会話が噛み合っていないような気がしていたが、謎が解けるタイミングが金田一と類似していた為、若干手遅れであった。

流石に恥ずかしさを覚え
「ちょっとお待ち頂けます?」
と声を掛け、一旦精神を落ち着かせたのちに、念の為にあくまで液を出すのはカメムシの話であると伝えたが
「あくまでカメムシではなく私が出します」
と、順序を間違えた為、わざわざオヤジを待たせ、謎の液体を放つコンディションを整えているようになってしまった。
コイツは待たせてはならぬと思った事だろう。
この時ばかりは乗客達もオヤジの肩を持つ。

何人かの乗客がスマホを握りしめるようにして何かに耐えている中、近くにいた二人組の学生が
「電車の速度は110kmくらいだから、あのカメムシは今110kmで飛んでる事になる」
などと話していた。
博識なところ申し訳ないが、出来ればその頭脳をこの状況を打破する事に費やしてほしい。

その時、カメムシが私に着地した。
合体した事により異臭を放つ準備が整ったかのように見えた事だろう。
しかも肩付近にとまっている為、仲間感が演出されている。

このまま次の駅まで過ごし、カメムシを外に出せば平和に事が済むと思い、一瞬ホームに降りる事にした。その際、オヤジが
「……おい」
と、こちらに声をかけてきたので、カメムシの為に一瞬降りるだけであると伝えようとしたところ「カメムシ!降ります!」
などと、えらく短縮された為、自分の事をカメムシだと認識し降車を宣言しているようになってしまった。

私はカメムシをホームに接する草むらに放ち、急いで車両内に戻った。
降りたと思った不審者が再び戻ってきた事により乗客達は束の間の安息を手放す事となった。
完全に油断しきっていた扉付近に座っていた乗客の一人が再び乗り込んだ私を目にし、喉から変な声を発した。
人科カメムシの再乗車である。

しかも、野に帰す際に若干カメムシの威嚇を受けたため、先の発言通り私から独特の香りが立ち込める事となった。
私の有言実行ぶりに、扉付近のものは半泣きで咽せ続け危機的状況に陥っている。

オヤジはもう何も言わなかった。

【追記】
カメムシ解放後に発覚したことだが、オヤジは扉付近に置かれた大荷物が私の荷物であると誤解し、邪魔だと申したようであった。
しかし、実際は端に寄せられていた為、そんなに邪魔ではなく、しかもその荷物は私のものではなかった。

だからと言って
「あいつの荷物です。潰すならあいつを」
などと言える訳もない。
そもそもカメムシが飛び交っていてそれでどころでもなかった。

その後、カメムシの速度について話していた学生達は
「俺に彼女ができる確率を出してみたんだけど…」
と、悲しい計算を行い、その絶望的な数字に我々を震撼させた。


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