コンビニのトイレで怖い目にあった話


ふと、バイト先で開店前に己の限界に挑戦したくなり、30秒間に尻を高速で何回両手で打ち鳴らせるかを試していると、毎回店のトイレットペーパーを奪っていく中年女性が店に入り込んできた。

私も驚いたが、中年女性も驚いていた。
しかし、尻を左右に振る事によって音の間隔の短縮に成功した事により自己記録を更新が見込めたので、見つめ合ったまま続ける他なかった。

やがて、終わりを告げるタイマーが鳴り響き、私は尻タイマーを止めた。
一度呼吸を落ち着けた後、中年女性に「何用ですか?」と丁寧に事情を伺おうとしたところ、長期による尻太鼓により疲労が出たのか
「何者ですか?」
と舌がもつれ無礼に素性を伺う形となった。
お前こそ何者だと思った事だろう。
尻を弾く音で賑わっていた店内に静寂が訪れた。

しばらくした後、中年女性が
「……アナタ、何してるの?」
と、訊いてきたので
「尻で拍子を整えています」
と、伝えると
「そう……」
と、だけ返事が返ってきた後、再び沈黙した。
興味がないのならば、訊かないで頂きたい。

やがていつもの手口通り「トイレを貸してくれ」と口を開いたが、まだ開店時間でない事は勿論の事、前科がある為、阻止するよう言われている。
角が立たぬようそれらしい理由を提示しなければならず、とりあえずトイレが故障していると伝えると
「何で壊れているんだ」と怒り出した。
便座がヒビ割れている事にしようとしたが
「今、尻が深く割れています」
と、こちらの尻のコンディションを謎に伝える結果となった。

私の尻の割れ具合によってはトイレを貸し出さぬという圧政が敷かれてしまった。
再び黙ったので、この隙に更なる正当な理由で畳み掛けたいところである。
そもそも水が流れなければ諦めると思い言葉を続けたが
「あと店長が詰まってて流れません」
と、訳の分からぬ追い討ちをかける事となった。

店長の身の安全が絶望的となった。
「紙が詰まって流れない」
「店長に貸出禁止と言われている」
という、二つの正当な理由が合成された結果、とんでもない言葉のキメラが誕生した。

しかし、中年女性は店長が詰まる事よりも、当店のトイレットペーパーへの唯ならぬ情熱を燃やしており、トイレへ強行しようとした。
慌てて止めると
「店員の癖になんなのよ!!」
と、声を荒げた。
まだ勤務時間ではないので
「店員じゃないですけど」
と、反射的に店員であることを否定してしまった為に、この瞬間私は店に忍び込み尻を打ち鳴らす不審者となった。

我々の間に今日一番の深い沈黙が訪れた。
恐らく、この時の中年女性の心境は空き巣に入った家に凶悪な強盗がいた時のような心境に近い。
瞳を見開き、もしかして本当にやばい奴に出会してしまったのでは…という顔をしていた。
そのうえ、「時間外なので今は店員としてではなく、一人の対等な人間としてだけ見てください」という意味だと説明しようとしたが
「今は私だけを見てください」
と、気持ちの悪い発言となった。

私が歩み寄ると、女性は後退した。
明らかに怯え始めているので、声をかけてから近寄った方がよいと思い、何度も確認したが
「いいですか?行きますよ?いいですね?」
と、若干圧が強くなってしまったうえ、足首が曲がりバランスを崩し、レジに盛大にぶつかった。
私がバランスを戻した頃には、店から出て行ってしまった。

ふと、ドアのガラスに反射した自分の姿が目に入った。
肌色のスキニーパンツを履き、短めのエプロンをしていた為、暗がりで見れば一見下を何も履いていないように見えるという恐ろしい事態になっている事に気がついた。

初めて自分の姿をみた化け物の心境を味わった。


【追記はこちらです】
その後についての追記があります。


この記事が参加している募集

新生活をたのしく

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?