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夢と志の違いってなんだろう

そもそも日本語の夢という言葉に、何か将来や未来に対して思い描くものという意味合いはなかったようです。それは人の夢と書いて儚いと読むことからも分かると思いますが、夜寝る時に見るものとか現実かどうかわからないふわふわしたものというのが本来の意味合いでした。

では自分の将来を思い描くものを、どう表現していたのかと言えば「志」という言葉だったのです。

世界語となっている「KOKOROZASHI」

今世界中で志っていう言葉が「KOKOROZASHI」として拡がってきています。「富士山-Fujiyama」「芸者-geisya」と同じように、そのままの音で伝えられています。何故かと言うと志を的確にあらわせる英語がないからです。

夢と志の違い

夢と志って何が違うのか。

志というのは世のため人のためにという想いと自分がやりたいことがマッチしているものを指しています。

自分が思い描くものを夢と表現した場合、自分が思い描く将来の夢の中で社会性を持ったものを志と言います。

それで社会はどうなるの?

例えば「将来はお城みたいな家に住んで、王子様みたいなイケメンと結婚したい。これが私の夢です。」という方がおられたとして、別に悪くはないんですけれど、じゃああなたがそのように自分の思い描いた通りの未来を叶えたとき、社会はどんなふうに良くなりますかということなんです。

単に、私がうれしいんです。楽しいです。幸せなんです。別にいいんですけれど社会にとって何の影響もありません。

例えば、「私が願ったことを叶えることによって世の中の全ての子供達に、口に出したことは現実化するんだよ。だからそのために何するか考えて動いていこうねっていうメッセージを伝えたいんだ」という想いを伝えるためにという動機であれば、それは志に変わるんです。

動機が違い

何を目指すかより何が動機でするのかっていう目的の部分が、夢なのか志なのかを変えるんじゃないかなと思っています。

あなたの夢は何でしょうか?そしてその夢を志に変えるためにはどんな動機が必要でしょうか?

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