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【旅掌編】急行の停まらない駅のカフェ

それはジャズがちょうどいい音量で流れている素敵なカフェだ。

急行の止まらない駅から歩いて5分ほどの場所にあり、素敵すぎて周りの風景からは浮いている笑。

私は日本に帰国すると、必ず数回は、家人と一緒にこのカフェで美味しいラテとケーキをいただく。

いつ行っても、これ以上でもこれ以下でもダメという、絶妙に調整されたちょうどいい音量でジャズが流れている。

若い男性バリスタはいつもカウンターの下に隠れるように座っていて、客が来ると「こんにちは〜」と腰を上げる。

接客、会計は年配の女性がすべて仕切っている。

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ラテがおいしい。

ケーキもおいしい。

おいしいラテが、おいしいケーキをさらにおいしくするという理想の好循環がめずらしく機能している店だ。

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店内はコーヒー好きの男の趣味が全面に出ているが、いい塩梅に抑えが効いている。

トイレはより女性的な雰囲気で美しく気持ちがいい。

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「コミュ症の息子とケーキ作りが趣味のお母さんとの究極の親子コラボ・ビジネスだな」

と私は家人にささやいた。

「勝手に決めないでよ。聞こえちゃうよ」

と家人にたしなめられた。

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ある日、会計をしたあと、女性が玄関まで見送ってくれて、

「また来て下さいね。息子とやってるんですよ」
と言った。

「ほらね」

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親子でやってるからという理由であのカフェに行くわけではない。

いい感じのジャズが、ちょうどいい音量で流れているから行くんだ。

いいコーヒー豆を使ったいいエスプレッソで作るラテがおいしいから行くのだ。

甘さを抑えすぎていないキャロットケーキの甘さとラテの苦味のバランスがいいから行くのだ。

トイレが美しくて、あのハンドソープで手を洗いたくなるから行くんだ。

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でも本当は、

カウンターの中で座っている息子を「こんにちは〜」と起き上がらせるために行くんだ。

息子においしいコーヒーを淹れる腕をふるわせるために行くのだ。

息子が作ったコーヒーを美味しそうに飲んでる客のことを目を細めて眺めているお母さんを見に行くんだ。

「また来てくださいね」という言葉の裏に「また息子のおいしいコーヒー飲みに来て下さいね」という言葉を隠しきれていないことを感じるために行くんだ。

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また日本に帰って来たら、普通電車で3駅乗ってあのカフェに行こう。

二人を応援しに。

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