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アラサー女の友人との距離感

私の数少ない友人のうち、一番付き合いが長いのは高校の同級生であるPちゃんである。
Pちゃんとは知り合って15年以上にもなるため、人生の半分くらいはPちゃんと「友人」の状態でいることになる。
今日はそのPちゃんについて、感じていることを書いてみたい。

私と同じようにアラサーである読者の方には共感していただけるかもしれないが、アラサー女というと、同い年の友人間でも「未婚か既婚か」「恋人はいるかいないか」「子供はいるかいないか」「働いているのかいないのか」という部分での環境の差がとても大きいことが多い。
学生時代は同じ教室で同じ授業を受けてくだらない話で馬鹿みたいに笑っていられたが、アラサーともなると生活水準やそれに伴う価値観で、はっきりと差異を感じるようになってしまうのだ。

かくいう私とPちゃんも、上記のようなカテゴリーにおいて、共通項がかなり少ない間柄であった。
生活について、労働について、恋愛について、時間について、あらゆる分野で異なる価値観を持っていると言っても過言ではない。
そしてアラサーともなると、物理的にも、学生時代のように頻繁に会って遊んだりご飯を食べたりすることもできない。
ましてや私とPちゃんは他県在住であり、会うためには電車で往復2時間程度の移動が必要であった。

そんなこともあり、高校生、大学生の頃に比べると、会って一緒に遊ぶ、ご飯を食べるという頻度が格段に少なくなった。
具体的に言うと、年に1回会うか会わないか、といった感じだ。たまに通話することもあるし、Skypeを繋ぎながら何時間も一緒にマイクラをプレイしていたこともある。けれど、それも、本当に「ごくたまに」だ。

私は元来、友人付き合いは「狭く深く」がモットーであり、冒頭で述べたように友人と呼べる人の数はかなり少ない。
その代わりとでもいうか、私は今いる友人のことをとても大切に思っており、頻度が高くなくても定期的には連絡を取りたいし、何か大きな出来事があれば一緒に喜んだり悲しんだりしたいと思うタイプだ。
会ったり通話したりするのも、基本的にはほぼ100%自分から誘うタイプであるし、縁が切れたくない相手に対しては積極的に行動を起こす方なのだ。

そんな私なのだが、最近はPちゃんに思うように連絡をとれていない。
向こうから連絡が来ないのであれば、私から「最近どう?」「私は最近こんなことがあったよ」とメッセージを送ることも必要ないだろう、と億劫になってしまっているのだ。

何故こんなふうになってしまったんだろう、と思う。
私は元より他人との価値観の違いは気にしない方だし(違っていて当たり前なので)、生活のタイプが大きく異なるからといって、それを理由にその人を好きになったり嫌いになったりすることは基本的にない。
自分と考えが異なっていようとも、「あ、この人好きだな」と感じた場合はもう好きであるし、逆に自分と全く同じ意見を持っていても「なんかやだな」と感じた場合は仲良くするのは難しい。

もちろん、Pちゃんの性格や人格に問題があるわけではないと思う。
知り合った頃と比べて、「もう無理だ」と思うくらいPちゃんの性格や人格が変わり果ててしまったというわけでもないし、私自身も、15年前から何もかもが変わってしまったということはない。
ただ、最近は、ほんの少しだけ。
「ああ、嫌だな」と感じることが増えてしまったのだ。

自分も相手も大きくは変わっていないのに、どうして「ああ、嫌だな」と思うようになってしまったのか。
多分1年くらい考えていたのだけど、最近ようやく納得のいく答えが出た。
変わったものは、「2人の間の距離感」そして「私が心地いいと感じる距離感」だったのだ。

◆2人の間の距離感

当然だが、高校生の頃は平日の毎日で顔を合わせていたし、1日中同じ教室の中で過ごしていた。休みの日は待ち合わせてご飯に行ったり、カラオケに行ったり、ウインドウショッピングに行ったりすることが多かった。
学生の頃は学校以外の選択肢もなかったし、それは「当たり前」の日常であったし距離感であった。
私はそれを不快に感じたことはなかったし、Pちゃんとしても(推測だが)その距離を「嫌だ!」と感じることはほとんどなかったのではないだろうか。

そして、違う大学に進み、平日に顔を合わせることはほとんどなくなる。
会うとしても週末の休日、そして毎週毎週遊ぶわけでもない。
お互いに自身の大学で友人ができたり、勉強に打ち込んだり、アルバイトをしたり、高校の頃に比べると距離は離れてしまったが、それはそれで不快じゃない距離感であったと思う。

更に、社会人になり、距離は遠のく。
私が就職とともに転居したこともあり、物理的な距離も開いた。異なる職場で働いていたため休みを合わせることも難しく、平日は仕事でへとへとになる生活の中で、休日に時間をかけて会いに行こうという体力がなかったのだ。
そして、お互いに様々な理由から、退職したり、無職になったり、転職活動をしたり、転居したりということをそれぞれ別のタイミングで行った。

このあたりから、主に「働いているかいないか」「恋人がいるかいないか」「健康か否か」というあたりで生活に大きな違いが出始めた。
学生の頃のように間近の距離感で過ごす時期は過ぎてしまったが、その後の時期のように「お互いが他の取り組むべきことに夢中になっている」わけではないという微妙な距離感が生まれてしまったのだ。

生活に大きな差が出ると、身体的・精神的な余裕にも差が出始める。
それは純粋にコミュニケーションの時間をとれるかどうかということでもあるし、相手の愚痴や、なんでもないような話を穏やかに聞くことができるかということにも直結する。
私とPちゃんの距離感は、おそらくいわゆる「社会人同士の知り合いの普通の距離感」へと変貌したのだと思う。
けれども、何年も大切な友人であった私たちの心の距離感は、その現実の距離感に即座に対応することができなかったのだろうと今になって思う。

◆私が心地いいと感じる距離感

ごくごく一般的な社会人であった私にとって、最優先事項は仕事であった。
仕事でものすごく忙しかったり、ブラック企業でパワハラを受けて心をやられてしまったり、そういった出来事があれば私は自身を癒すことに時間を費やすだけで精一杯であった。
仕事に余裕があって初めて、恋の話をしたり、趣味の話をしたりすることができるといった具合であった。

一方でPちゃんの生活は、おそらくだが、仕事が最優先というわけではなかったように思う。
Pちゃんは仕事や、恋愛や、健康や、その他の身の回りの出来事を全てひっくるめて、「自分の生活、自分のこれから」についての関心が一番強かったのではないだろうか。
つまり、多くの物事は並列であり、それぞれが深く絡み合っており、「これが上手くいけばこっちも上手くいく」というふうに連続した要素について思いを馳せていたのだ。

私が仕事に疲れていて「誰とも話したくない、本当にしんどい」と感じているときも、仕事に余裕ができて「最近いいなと思う人がいるんだ~!」って誰かに話したいときも、Pちゃんは変わらず自身の仕事や恋愛や健康の話題を私に振った。
そして、Pちゃんのことが好きで仲良くしたいと思っている私は、「今その話はしたくない」などと言うことなく、Pちゃんの話題に片っ端から乗っかってしまっていた。

それが、私がしんどくなってしまったすべての原因だと思う。

Pちゃんに関して、「それはいかがなものか」と思うことは正直たくさんあった。
「自分の生活(老後)が心配だから早く結婚したい、でも誰でもいいわけじゃない」という恋愛観もそうだし、一緒に行った居酒屋さんで、お酒に弱いのに(止めたのに)たくさん飲んで、帰り道の電車で隣の乗客にもたれかかって眠り、避けられて、やんわり「起きな~」って注意すると「私は病気で薬を飲んでいるから、眠くなるのは仕方ない」「社会は精神疾患持ちにきびしい」と子供のように駄々をこねていたこと。
漢字の読み間違いなどを「黙って聞き流すのもな・・・」と思い指摘すると、「お母さんはこう読んでいた!お母さんが悪いんだ」と他責で自己防衛を図るたちであること。

私が仕事のストレスで帯状疱疹になり、服を着るのも痛い状態だったが約束を反古にするわけにはいかないと家に招待した際。泊まった翌日に「朝ご飯なんでもいい?(つくるよ)」と言った私に「そこのカフェでいいよ!」と前日の予約が必要なカフェを希望したこと。
(これは帯状疱疹であることを伝えていなかった私が悪いけど、着替えるのも本当につらくて、平然と自分の要望を推してきたところがめちゃくちゃしんどかった。)
一緒に私の家を出る際、家を出る30分前くらいに無断で暖房を消され、「寒いって言ってなかったっけ?なんで消したの?」と聞くと、「うちでは30分前に消すから!節約しなきゃだよ!」と言われたり。

なんか具体的に嫌なところがいっぱい出てきたな。
決定的に嫌だと思ったのは、以前の記事でも書いたことがあるが、私が結婚するかもというタイミングで発せられた言葉だ。

私は育った家庭にやや問題があり、両家顔合わせや、結婚式について本当にずっと悩んでいた。そもそもそれ以前に、母子家庭であり、父親がいないコンプレックスや母と過ごす苦しみについて、Pちゃんには学生時代から打ち明けていたのだが。

「あなたは母子家庭だから、結婚式のときは私が父親の代わりにバージンロードを歩いてあげるからね!高いヒール履くから!」「うちは父親に彼氏との同棲を反対されててさあ、しんどいんだよね・・・」
「え、フォトウエディングにするの?じゃあ私その写真に一緒に写っていい?写らなくてもいいからさ、当日横で見てていい?」
「あなたに子供が生まれたら会いに行くね~!私がお姉ちゃんみたいなものでしょ?」「あなたの家の近くに引っ越そうかなあ、それであなたの家のご飯を分けてもらってタッパーとかに入れるの!」
これらが、Pちゃんから言われた言葉の数々である(原文ママではない)。

私は実家が本当に嫌で、だからこそ大好きな人と新しい家庭を築けることが本当に嬉しかったし楽しみだった。
けれど、自身の親や義両親についての悩みや不安がつきることはなく、自身の子育ても相当に不安だった。今でも不安で仕方がない。
でも、新しい生活へ向かうのだから、自分で選んだ幸福への道だから、不安だけど頑張ろう。もう誰にも踏み荒らされたくない。自分や自分の家族を大切にして、頑張って生きていくんだ。
本気でそう思っていた。

だから、そこに土足で踏み入られたことが本当に不快だったし、許容できなかった。我慢できなかった。

そのことを、その場で「嫌だからやめて」と言うことができればよかった。学生の頃のように、思ったままを口にしていればよかった。
私は何も言わなかったから、Pちゃんは私の怒りや悲しみについぞ気付くことがなかったように思う。
言わなかった私が悪い。それは本当に、そう思う。

けれど、もう、学生の頃とは違うのだ。
私が私の考えを述べたところで、「それは今のあなたの生活がこうだから」と言われてしまえば、私は黙らざるを得ない。私だってPちゃんの怒りや悲しみを理解できていなかったし、Pちゃんと同じ立場にならないことには、同じ視点で物事を語ることはできない。
ましてや、「私には精神疾患があるから」と言われてしまっては、どうにもならない。私の言葉が「責められている」「馬鹿にされている」というふうに受け取られるのは時間の問題だと思ったし、私の言葉が既にPちゃんを傷つけている可能性も十分にあった。私がPちゃんの言葉で傷ついたのと同じように。

だから、私が心地いいと感じる距離感は、もっと、随分離れた距離になってしまったのだ。
傷つけたり傷ついたりしない距離で、お互いに話したいことがあれば話すけれど、無理には聞き出さないし、相手の生活には踏み込まない。
本気で欲しいタイミング以外ではアドバイスを求めたりしないし、相談されてもないのに「こうすればいいんじゃない?」みたいなことも言わない。
楽しいことやしんどいことを、たまに共有して、一緒に喜んだり落ち込んだりして、年に1回、美味しいものでも食べに行ければよかった。
今更、「鎧を脱いでぶつかり合って、傷つけ合ううちに徐々にわかりあっていく」みたいな距離感になりたくはなかったのだ。

Pちゃんにとっての心地いいと感じる距離感がどんなものだったのか、私にはわからない。
私が思うよりももっとべたべたしていたかったのかもしれないし、適当な相槌や踏み込まない思いやりみたいなものが嫌いだったのかもしれない。そんな表面上だけの付き合いは嫌だ、と思っていたのかもしれない。

だから、私もPちゃんも、15年間で性格や人格が全く変わってしまったわけではないのだけれど。
私たちの間の距離感は変わってしまって、そしてその距離感をお互いに心地よいと思うことができなくなってしまった。
それが、今の私たちの関係なのである。

色々と(主に悪い感情を)書いてしまったが、私はPちゃんのことが嫌いなわけでは一切ない。嫌いだと思ったこともないし、今でも大切な友人だと思っている。
ただ、一緒にいるとしんどくなってしまうことが増えた、というだけであって、それはおそらく私の問題でもPちゃんの問題でもないように思う。
時間が、年齢が、成長が、そうさせてしまったのだと、思う。
お互いに心地いいと感じる距離感になりたいな、どうしたらいいかなと考えることもある。けれどそこに関してはまだ、良い解決方法は思い浮かばない。

高校時代の別の友人(Pちゃんと共通の友人)にちらっと相談したところ、「ええ~しんどいならもう会わなきゃいいじゃん!」と言われた。
それはそうだ。
それが一番(私の)精神の安寧に繋がるのかもしれないな、と思うこともある。

けれど同時に、私はPちゃんとの絆を、とても断ち切りがたく思っている。
私には明確に、Pちゃんを好きだと思う理由があるのだ。

Pちゃんは勘が鈍いし不思議ちゃんに見えてメンタルが激重だし読めない漢字や知らない単語も少なくないし「ばかだなあ」と思うことも少なくないのだけれど。
でも、私はPちゃんの言葉選びやそのセンスがとても好きなのだ。
私は趣味で小説を書くのだが、一度、「同じテーマで短編小説を書いて見せ合いっこしよう」という遊びをしたことがあった。
Pちゃんは別に執筆が趣味と言うわけではなかったのに、私のしたい遊びに付き合ってくれて、そしてPちゃんの作品を読んだ私は驚いた。

めちゃくちゃ、面白かったのだ。
短い話なのに読み手を物語に引き込む魅力があり、私はPちゃんとは価値観が異なる部分が多いと思っていたのに、実際多いはずなのに、物語の雰囲気やその内容が、流れ方が、ものすごく私の好みのものだったのである。
しかも、それが、初めての執筆だと言うではないか!

正直天才だと思った。
いや、評論家みたいな人にしてみれば、私の書いたものもPちゃんが書いたものも、とても素人臭くてつまらない小説なのだと思う。
それでも、初めてでこの世界観を描ける人は、これは「書く人」だと思った。間違いなく、この人は書く人だ、と。

少し前の記事で、私に「余白の美を楽しもう」と言ってくれた友人がいたと書いた。この記事だ。

その言葉を言ってくれたのも、Pちゃんだ。
Pちゃんの言葉選びや、Pちゃんの世界の見方は、私にはとても、魅力的で素敵に思えた。
私がPちゃんを好きだと思う理由は、それだけで十分なのだ。

めちゃくちゃ長い記事になってしまった。
大切だと思っている友人でも、時が経てば距離感は変わっていくし、関係性も変化するよねと言う話でした。
そして、流れるだけ流れてもう元には戻らない時間の中で、それでもどこかで繋がっていたいなと思う友人のお話でした。

ではでは、今回はこのへんで。


↓続編


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