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エジプト旅行記(3)

 上下エジプトを移動しました。日本で言えば、東京から沖縄間を飛行機とバスでの移動です。ナイル川上流の遺跡群を見学するためですが、適切な時間帯に効率よく見学できるように早朝5時台の出立となり、やや強硬な移動であったような気がします。

 カイロから国内便でアスワンへ移動し、アスワン・ハイ・ダムを見学しました。エジプトでは最重要の軍事拠点でもあり、装甲車で武装した軍隊が駐留していました。ナイルの氾濫を抑え、漁業や農業振興、電力の供給、観光資源の確保など、図り知れない経済的発展をもたらした国家事業を為しえたサダト元大統領のことを、現地ガイドは珍しく褒めちぎっていました。

 アスワンからバスで3時間ほど移動し、アブ・シンベル神殿に向かいました。ラムセス2世(現地ガイドは「ラムちゃん」と呼んでいました)が建てた大小の神殿で、アスワン・ハイ・ダム建造により水中に沈む運命にありましたが、ユネスコの基金によって60mほど高台に移動させたという歴史の教科書に載っていた遺跡です。

 ほとんど砂漠の中の移動でしたが、ウクライナ戦争の影響がここでも見受けられました。それは砂漠の一部が灌漑され、小麦が作付けされてており、一部に緑が広がっていたのです。パンが主食のエジプトでは、小麦はウクライナから輸入しており、戦争の影響で価格が高騰しているために砂漠で小麦栽培を始めたようで、現地ガイドも2か月ほど前には見られなかった風景だと語っていました。

 一連の移動で、ミネラル・ウォーターの美味しさを感じた旅行でした。

 

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