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こちらでは、過去10年間かけて訪問してきた近代建築について、Facebookに書いたも…

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こちらでは、過去10年間かけて訪問してきた近代建築について、Facebookに書いたものをベースに、関東を中心として、とことん、徹底的紹介していきます。 こちらでは政治などの話には触れませんが、歴史的背景などについて触れる時は極力、山川出版の概説日本史をもとに話します。

最近の記事

わが心の近代建築Vol.14 豊郷小学校旧校舎群/滋賀県豊郷

こんにちわ! 今回は滋賀県豊郷より、様々なドラマのロケ地や、アニメ「けいおん!」の校舎のモデルになった、豊郷小学校旧校舎群について記載します。 まず、豊郷という街は。江州音頭発祥の地としても知られる一方、滋賀県で最も面積の小さい街になります。 豊郷という名前でありながら、この界隈はは水利に乏しく、町の名前は五穀豊穣を願って付けられたもので、水利に関して幾多の水争いを興し、特に1909年の大干ばつでは大きな被害をもたらせました。 明治期以降、干ばつなどによる生活苦のため大阪や京

    • わが心の近代建築Vol.13 町屋物語館館(旧川本楼)/奈良県大和郡山

      こんにちは。 今回は昨年度に訪問した、奈良県大和郡山にある「町屋物語館(旧川本楼)」について記載します。 まず、奈良県には日本最古の遊郭地と言われる奈良市の木辻遊郭、そして大和郡山市の東岡遊郭と洞泉寺遊郭、3つの遊郭があったといわれています。今回紹介する町屋物語館は、洞泉寺遊郭に所属した建物で、かつては「川本楼」として営業しまhしたが、1958年の売春禁止法により廃業。 以降は学生たちの下宿先などに使用。 1999年に大和郡山市が約8000万円で買い取り、7600万円かけて

      • わが心の近代建築Vol.12 山本有三記念館/東京都三鷹

        みなさん、こんにちわ‼ 今回は、東京都三鷹市下連雀にある山本有三記念館について記載しますが、ここは小説家・山本有三氏(1887~1972)が戦時中前後、約10年間住んだ邸宅で、山本有三氏は小説家としての側面以外にも政治家として日本の国語文化に尽力。特に「日本国憲法」制定においては、その口語化に深く関わった人物でもあります。 この邸宅は、もともと貿易商を営む清田龍之介氏の邸宅として1926年ころに建てられましたが、清田氏は事業の失敗などから手放し、競売にかけられていたところ、

        • わが心の近代建築Vol.11 桐生倶楽部会館/群馬県桐生

          皆さん、こんにちわ!! 今回は群馬県桐生から、大正期から現在に至るまで、現役の社交クラブに使用されている桐生倶楽部会館について記載したいと思います。 まず桐生という街は、古くは奈良時代から朝廷に絹織物を収めていた街で、京都の西陣に倣い、「東の西陣」などと呼ばれていました。 絹織物に関しては江戸幕府も注目し、江戸幕府成立とともに天領とし、近隣の農村部では、養蚕が広く行われ、日光/熊谷/川越/八王子と結び、全国にも広く綿織物を広げました。 天保年間には、全国に先駆け、マニュファク

        わが心の近代建築Vol.14 豊郷小学校旧校舎群/滋賀県豊郷

        • わが心の近代建築Vol.13 町屋物語館館(旧川本楼)/奈良県大和郡山

        • わが心の近代建築Vol.12 山本有三記念館/東京都三鷹

        • わが心の近代建築Vol.11 桐生倶楽部会館/群馬県桐生

          わが心の近代建築Vol.10 旧朝倉家住宅/東京都代官山

          旧朝倉家住宅界隈にある「目黒新富士」【安藤広重作】 この絵は、朝倉家住宅がある付近(現在の中目黒2丁目付近)を描いたもので、通常、上水や用水は、尾根筋を選んで掘削されますが、この付近の三田用水は土地の形状柄、崖の上を縫って流れるような形で作成されました。 余談ですが、旧朝倉家住宅は西渋谷丘陵にあり、邸宅からは、かつて富士山を臨めました. みなさん、こんんちわ。 今回は、代官山ヒルサイドテラスに建つ、旧朝倉家住宅について記載します。 現在の代官山は、1967年から建築家の槇文

          わが心の近代建築Vol.10 旧朝倉家住宅/東京都代官山

          わが心の近代建築Vol.9 べーリックホール/神奈川県山手

          こんにちわ。 FB投稿をnoteに移行していますが、今回は、何度訪れたか、10回より先は数えないことにした建物より、横浜市の山手町に保存されたべーリックホールについて記載します。 この建物は、イギリス貿易商バートラム・ロバート・べリック氏の邸宅として1930年にアメリカ人建築家のJHモーガン氏設計で建てられたもので、山手111番館、モーガン自邸(火災により焼失後、現在復元活動中)などと同じく、彼の代表作の一つになっています。 なお、べリック氏亡き後、遺族によりカトリック・マ

          わが心の近代建築Vol.9 べーリックホール/神奈川県山手

          わが心の近代建築Vol.8 斜陽館(太宰治生家)/青森県金木

          昨日から一気に記載している、このブログ。 今回は、2022年の6月に訪問した青森県金木にある、斜陽館について記載します。 この邸宅も、先述の福島県にある旧亀岡家住宅と同じく、地方都市にある疑洋風建築として代表的な建物になります。 まず、斜陽館は1907年に太宰治の父で衆議院議員の津島源右衛門によって、青森県の金木に建てられたものになります。 源右衛門は県内有数の大地主である一方、「金木銀行」や「金木電燈株式会社などを設立した人物で、金融業なども営んでいました。 文豪・太宰治

          わが心の近代建築Vol.8 斜陽館(太宰治生家)/青森県金木

          わが心の近代建築Vol.7 天鏡閣(有栖川宮威仁別邸)/福島県猪苗代

          今回も、先述の旧亀岡家住宅に引き続き、昨年の5月、福島県の建物を幾つか探訪してきたなかから、日本最北端の宮廷建築でもある天鏡閣の写真を記載します。 こちらの建物は、明治40年に有栖川宮威仁親王が猪苗代湖に旅行に行った際、その風光明媚な光景をいたく気に入り、1908年に竣工した邸宅になります。 天鏡閣の名前は、漢詩を好まれた大正天皇が、皇太子時代に李白の詩句「明湖落天鏡」から命名したものになります。 竣工当時、この邸宅は、現在のように、周囲に樹木は生い茂っておらず、建物内から猪

          わが心の近代建築Vol.7 天鏡閣(有栖川宮威仁別邸)/福島県猪苗代

          わが心の近代建築Vol6 伊達市保原歴史文化資料館(旧亀岡家住宅)/福島県大泉

          みなさん、おはこんばんちわ。 今回は、昨年の夏、福島遠征で訪問した所より、福島県伊達市に移築保存された、旧亀岡家住宅について記載します。 この建物は、もともとは1904年に、地元の豪農、亀岡正元氏の邸宅として福島県桑折町に建立されたものですが、1985年に老朽化のため解体。同年、保原町(現在の伊達氏)に寄贈ののち、1995年、保原市総合公園内に移築復原されます。 もともとは、約4600㎡の敷地に土蔵などが並ぶ広大な建物でしたが、当初の予定はそれらも五地区の予定だったものの、諸

          わが心の近代建築Vol6 伊達市保原歴史文化資料館(旧亀岡家住宅)/福島県大泉

          わが心の近代建築Vol.5 清閑亭(黒田長成別邸)/神奈川県小田原

          みなさん、おはこんばんちわ!! 今回は、新たに料亭/文化発信所として生まれ変わった近代和風建築、小田原にあ小田原料理別邸・清閑亭さんについて記載します。 一部、店舗などとして利用されている個所や、写真を撮り忘れた部分もあり、その際には写真説明に記載します。 まず、小田原の地は、江戸期より江戸の奥座敷として人気のある土地で、明治期には、伊藤博文別邸、1890年竣工の「滄浪閣」など、多くの政財界人の別邸建築が建てられ、1901年には小田原城内に、小田原御用邸が建てられますが、1

          わが心の近代建築Vol.5 清閑亭(黒田長成別邸)/神奈川県小田原

          わが心の近代建築Vol.4:成瀬記念館分館(成瀬仁蔵邸)/東京目白台

          皆さん、こんにちわ。 今回は、日本の女子教育に大きな足跡を残した巨星、成瀬仁蔵先生の邸宅を記載します。 成瀬仁蔵先生においては、広岡浅子を扱ったNHKの朝ドラ「あさが来た」でも扱われた人物で、牧師として女子教育に尽力、目白の地に日本女子大学校(現在の日本女子大学)を設立したほか、日本にバスケットボールを広めた人物でもあります。 施主:成瀬仁蔵先生(1858~1919): まず、邸宅を紹介する前に、施主の成瀬仁蔵先生を紹介しますと、成瀬先生は1858年に山口県の吉敷に生まれ

          わが心の近代建築Vol.4:成瀬記念館分館(成瀬仁蔵邸)/東京目白台

          わが心の近代建築Vol.3 旧土岐家住宅洋館/群馬県沼田

          みなさん、こんにちは。 開始以降、ずっと近代和風建築が続いていたblog。 今回は4月に群馬県沼田に訪れた際に見てきた、旧土岐家住宅洋館について記載します。 まず、最初に、施主・土岐章氏について記載すると、最後の沼田藩主・土岐頼知に7男に生まれ、明治30年に家は破綻。赤坂の本邸つ沼田の別邸を売り払い、庶民として再出発。東京帝国大学理科大学では酵母学を学び、パンの製造販売を行うも商売はうまくいかないものの、木村屋などの製パン業界の人脈を得て、自らパン製造に励み、周囲からは「パ

          わが心の近代建築Vol.3 旧土岐家住宅洋館/群馬県沼田

          わが心の近代建築Vol.2 豊門公園(旧和田豊治向島邸宅)/静岡県駿河小山

          皆さん、こんにちわ! 今回は第2弾として、先日訪問しました、静岡県駿河小山にある、豊門公園のなかの豊門会館(旧和田豊治邸)を中心に記載します。 とくに公園内の豊門会館は、駿河小山にあった富士紡績の専務取締役を務めた和田豊治氏の邸宅で、1909年に東京都墨田区向島に建立。 和田豊治氏亡き後、氏の遺言から、小山町に移築。町民や町の協力を得て、移築復元され、公園として整備されます。 以降、富士紡績社員の福利厚生施設や市域住民の修養、教育、保健、慰安の場として用いられますが、2004

          わが心の近代建築Vol.2 豊門公園(旧和田豊治向島邸宅)/静岡県駿河小山

          わが心の近代建築Vol.1:旧安田楠雄邸

          こんにちは!! 今回は初の投稿として、東京の千駄木界隈にある東京都指定名勝の旧安田楠雄邸庭園について記載しますが、この邸宅… 実は、東京メトロのポスター、最近だとNHKで放映されている朝ドラマ、「虎に翼」のロケ地にも使用されています。 まず、この邸宅のある団子坂上界隈は、江戸期は寛永寺の薪場で、1日に千本くらいの薪が採れたことから「千駄木」と呼ばれるに至り、明治期からは、数多くの学識者や銀行関係者の邸宅が立ち並んだことから、「銀行通り」と呼ばれ、発展しました。 今は解体されま

          わが心の近代建築Vol.1:旧安田楠雄邸

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          まだ登録で苦戦中です。 GW明けには完全に、終わらせたい状況ですね!

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